第38話

 4月28日、土曜日、11時50分。


「今度のゴールデンウィーク、何かご予定ありますか?」


家を訪れた南さん達にハーブティーをお出ししながら、そう尋ねる。


「別にないわ。

5月6日までの9連休ね」


「百合さんと何処かに行かれないのですか?」


「予約が面倒だしね。

何処も混んでいるし、和馬とダンジョンで励んで、あとは家でゆっくりしようと考えてるの」


「ダンジョンでの探索時間を伸ばせそうですか?」


「ええ。

連休中は1日9時間くらいは入りたいわね」


「分りました。

それから、僕からのお願いなのですが、百合さんとお二人で、僕のパーティーメンバーとして正式登録していただけませんか?

遺言状の提出までは必要ありませんから」


「え?

・・私達と結婚してくれるの?」


「一体何時から、パーティーメンバーの正式登録が、婚姻届けの代わりになったんです?」


「似たようなものじゃない。

正式登録してる人達は、ほとんどがそういう関係よ?」


「南さんには百合さんがいるでしょ」


「和馬も欲しい」


「じゃあ僕も百合さん相手に、あんな事やこんな事までしちゃいますよ?

グへへ」


「・・・和馬だけになら、許すわ」


「私も、良いですよ」


「冗談ですよ。

本気にしないでくださいね」


「あなたこそ、いつまでもそうやって逃げられるとは思わないでね。

美冬が高校を卒業したら、容赦しないわよ?」


「ええと、話は変わりますが、南さん達の家は賃貸ですか?

それとも持ち家でしょうか?」


「・・自己所有よ。

7000万くらいだから、大したマンションじゃないけどね」


「実は僕、この度マンションを1棟丸ごと購入しまして、今そこにお仲間の皆さんをお呼びしている最中なのですが、宜しかったら南さん達も如何いかがです?

場所は目黒で、最上階の8階部分は僕のために空けておき、7階には理沙さん達が入居するので、現在、6階までなら空いております」


「どうして7階は理沙さん達だけなの?

マンションなら、少なくとも1フロアーに4、5部屋はあるでしょう?」


「1フロアーに、2部屋しかないんですよ」


「え?

それってもしかして、億ションなの?

しかも目黒なら・・」


「1部屋の広さは約50坪、評価額は20億円くらいですね。

ご希望なら、1フロアーを丸ごとお二人に差し上げます。

形式上は賃貸ですが、家賃も共益費も要りませんので」


「・・和馬の稼ぎを忘れていたわ。

でも本当に良いの?

2部屋で40億よ?」


「今の僕には、そのくらい大した額ではないので・・。

お二人に住んでいただければ嬉しいです」


「・・この子、私達の仲間内できちんと保護しないと駄目ね」


「ええ。

このままでは、世界中の女性達から食べられてしまいます」


「いや、さすがに僕もそこまで馬鹿ではないので、本当に大切な人達にしか、こんな事しませんよ」


「・・有り難う。

じゃあ遠慮なく、6階部分を2人で使わせて貰うわね」


「はい。

この連休中にでも、こちらで引っ越し業者を手配しておきます。

大事な物以外は、全て女性スタッフに荷造りして貰いますので、ほぼ何もなさらなくて結構です。

理沙さん達も、この連休中に越してくるので、先程業者に確認したら、直ぐにでも準備してくれると言ってました」


「そんなに簡単に予約が取れるものなの?

ピークは過ぎたでしょうが、ゴールデンウィーク中なのよ?」


「相場の30倍支払うと言ったら、一発で了承してくれました。

さすが大手企業ですね」


「「・・・」」


「連休中は、引っ越し日の当日以外、この家に泊まりませんか?

移動時間の短縮にもなりますし、お部屋は僕の部屋を空けますから。

空き部屋が1つありますが、8畳で狭いし、何もない部屋なので。

ダブルベッドだから、お二人で寝られますよ?」


「あなたは何処で寝るの?」


「僕は寝ません。

連休中は21時から毎日4時間、美冬とダンジョンに入りますし、その後は南さん達と入るまで、1人でロシアを攻略していますので。

あ、理沙さん達も、1回くらいは入りたいと言ってましたので、その時は、申し訳ありませんが時間調整をお願いします」


「「・・・」」


「さ、準備ができ次第、ダンジョンに入りましょう。

この連休中に、大阪の魔物を完全に狩ってしまいましょうね」



 5月9日、水曜日。


「プレゼントが遅くなって済みません、美保さん」


4月30日が彼女の誕生日だったのだが、連休中はかなり忙しくて、当日に時間が取れなかったのだ。


彼女達も引っ越しやら新居の片付けやらで忙しく、やっと今日、探索の序でにプレゼントを渡せた。


「気にしなくて良いのに。

既にあんな素敵なお部屋を貰っているんだから」


「そういう訳にはいきません。

大切なお仲間のお誕生日ですから」


「何だろう?

開けても良い?」


「どうぞ」


浴槽に湯を溜めている間、彼女がプレゼントの箱を開け始める。


理沙さんは今日は都合がつかなくて、別の日に探索する事になっていたので、今は美保さん1人だ。


「あら、かわいいお菓子ね。

もしかしてこれ、アイテム?」


「はい、そうです。

生命力、筋力、肉体強度、素早さを300上げる品が、1つずつ入っています」


「・・またこんなに高価な物を。

私、君の誕生日に一体何をあげようかしら?」


「僕は何も要りませんよ」


「そういう訳にはいかないでしょう。

それでは、私の気持ちが伝わらないわ」


「十分に伝わっています」


「じゃあ私が今、何を考えているか分る?」


潤んだ瞳を向けられる。


「・・分りません」


「そろそろお湯が溜まった頃ね。

さ、入りましょ」


手を引かれて、浴室まで連れて行かれる。


衣服を脱いで、2人で並んでシャワーを浴びる。


シャワーヘッドは、勿論2つある。


互いが向かい合って浴槽に入ると、彼女が間隔を詰めてくる。


その両腕が、其々角度を変えながら、俺の後頭部と首筋に絡まってくる。


いつもの美保さんとは違う、艶やかな瞳の色。


「ここからは、うぶませな、高校生カップルとしての時間。

・・早く大人になりたいわね」


湯が冷めるのも気にせず、『もう直ぐ夕食の支度ができるわよ』と美冬の声が掛かるまで、美保さんは、ずっと俺を放さなかった。



 5月15日、火曜日、10時30分。


お店の定休日を利用して、吉永さんが、俺の所有するマンションの5階に引っ越してきた。


そのお祝いに彼女の部屋を訪れ、『生命力を僅かに上げる品』が6個入った箱をプレゼントする。


室内に招かれ、珈琲を出される間に眺めた部屋は、机と椅子、本棚、テーブル、パソコン以外、ほとんど何もなかった。


テレビはおろか、ベッドすらない。


まあ、他の部屋にあるのだろうが。


本棚には、英語やイタリア語、中国語の参考書と辞書、マッサージやエステに関する専門書が多数並んでいる。


「お待たせして済みません。

・・何もない部屋でしょう?」


珈琲と焼き菓子を運んでくれながら、恥ずかし気にそう告げてくる。


「自室と寝室を分けるかたなんですね。

僕なんか、面倒なので全部自室に置いてます」


「・・いえ、家具はこれで全部です」


「え?

でもベッドもないですよ?

布団で寝られているのですか?」


「・・ベッドだけは新しい物を購入しようと思いまして、今までの物は業者さんに引き取っていただきました。

これまで使っていた物は、シングルでしたので・・」


俺の顔をじっと見ながら、そう口にする。


「僕が持参した物ですが、箱の中には、生命力を300上げる品が6個入っています。

次から吉永さんもダンジョンに入って貰いますので、全部食べておいてくださいね」


「え?

あのお饅頭がそうなのですか!?」


「ええ」


「随分高価な物だと聞いていますが、そんなに沢山頂いて宜しいのですか?

理沙さん達や南さん達に贈られた方が・・」


「彼女達にもお渡ししているので、お気になさらず」


「・・有り難うございます。

早く和馬様のお役に立てるよう、精一杯励みますので」


「探索者登録はもうお済みですね?」


「はい」


「では今日この後、僕のパーティーメンバーとして正式登録をしに行きませんか?

ベッドなどの家具も、幾つかご覧になりたいでしょう?

・・念のためにお尋ねしますが、もしかして、以前僕がお渡ししたお金に手を付けていらっしゃらないのですか?」


「・・はい。

あのお金は、和馬様から頂いた大切なお金ですから、もしもの時以外には使いたくなくて・・」


溜息を吐きたくなった。


じゃあ今まで、自分の預金を切り崩していた訳か。


俺が生活にも気を配るように言ったから、それなりの出費だったろうに・。


「吉永さんにお店をプレゼントする時、僕が言った条件を変更しますね。

今後は、僕やそのお仲間がお店を利用する際、無料ではなく、きちんと料金をお支払いします。

ただ、彼女達に支払わせるつもりはないので、毎月一定額をあなたの口座に入金致します。

吉永さんのお店の基本的な施術料金は、90分2万5000円ですから、毎月1000万円入金すれば、彼女達がどれだけ使用しても大丈夫でしょう。

今月は、今までの迷惑料も兼ねて、3000万入金しておきます。

今日一緒に銀行にも行きましょう」


「いえ、そんな。

私が勝手に手を付けなかっただけですし、迷惑だなんてとんでもないです。

そこまでしていただくのは、何だか他人行儀で嫌です」


彼女が弱々しく首を振る。


「吉永さん、確かに僕は資産家の両親の下に生まれ、お金に苦労した事は一度もありません。

でもね、想像ならできるんです。

ご両親を失った後、あなたがどんなに苦労してきたのかを。

生活費を稼ぐだけでも大変だったでしょう。

それなのに、夢のために更に預金まで作ろうとなされば、一体どれだけ頑張らねばならなかったのかを。

・・僕が普段、考える事なく口にする料理も、値段すら見ないで買う服も、あなたにとっては高級品で、食べたくても食べられない、買いたくても買えない物かもしれない。

一生懸命働いて、夢のために努力して、その上自分に対する細やかなご褒美まで我慢するような暮らしの中で蓄えてきたあなたの大切な預金を、僕の考えなしの言葉で減らしていたのだと思うと、僕はもう耐えられない。

もしお受け取りいただけないのであれば、これ以上あなたにご迷惑をお掛けする前に、僕はあなたの前から消えます。

もう二度とあなたにお会いしません」


「それは嫌!!

それだけは絶対に嫌です!!!」


大声で叫んだ吉永さんが、俺に飛び掛かって来る。


俺の膝の上に馬乗りになり、両腕を首に巻き付けて、強引に唇を重ねてくる。


荒々しく舌をこじ入れてきて、吐息と唾液を送り込んでくる。


自らが息苦しくなるまでそれを続けていた彼女が、やっと唇を離すと、一言呟いた。


「嫌です」


涙に濡れた瞳で、じっと俺の眼を見つめる。


「吉永さん、あなたはもっと、ご自分に対して我儘になって良いと思います。

日々の暮らしくらい、もう少し楽しんでください。

あなたはこれまでに、既に十分我慢してきた。

今後は僕が側に居ます。

友人として、大切な仲間として、あなたをお護りしていきます。

ですから、どうか僕の贈り物を拒まないでください」


「・・拒んでなんかいません。

ただ、そこまでされると仕事上の関係だけのような気がして、嫌だったんです。

あなたのためにできる事が、無くなってしまいそうで・・」


再び唇を重ねてくる。


「ご提案を受け入れる代わりに、私の我儘も聴いていただけますか?」


「どんなものでしょう?」


「私とも、一緒にお風呂に入ってください。

他の皆さんとは、既にそうされていらっしゃるのですよね?」


「・・分りました」


「では、早速今からお願いします。

出かける前に、色々さっぱりしていきたいので」


彼女が俺の耳元に唇を寄せる。


「それから、今後和馬様が私の施術を受ける場合には、お店ではなく、このお部屋でお願い致します。

あなたにしかしない、特別な施術を致しますので」


ささやきから漏れる吐息が、耳をくすぐる。


「僕はまだ童貞ですので、できるだけ健全なサービスをお願いしますね」


「まあ!

・・ウフフッ」


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