第37話

 4月27日、金曜日、15時ちょうど。


理沙さんの探索者デビューの日。


「・・随分身体のラインが出るのね。

美保はいつもこれを着て戦っているの?」


「ええ。

様々な機能が付いているので、十分に身体が強化されるまでは必要なんです」


「私の身体、変じゃなかった?

最近、それ程運動していないから」


俺の目の前で着替えていたので、そう尋ねる。


「十分にお美しかったですよ」


「フフッ、そう?

探索が済んだらお風呂でちゃんと見せてあげる」


「・・別に無理にとは言いませんが」


「駄目よ。

私ばかりが見せては不公平だわ」


いや、ここで着替えを始めたのは理沙さんなんですが・・。


「今日は初日ですから、東京のダンジョンに入りましょう。

武器は槍で良いですか?」


「ええ。

・・それから、あなた、ダンジョン内で転移ができるって本当なの?」


混乱しないように、美保さんから大体の事は伝えて貰っている。


「本当です。

くれぐれも秘密厳守でお願いします」


「それは十分に理解しているけど、何処へでも行けるの?」


「一度行った事のある場所なら。

ご旅行の際は、近くの入り口までお送りしますよ?」


「・・あんな桁外れの金額を、短期間で稼ぐだけはあるのね。

依頼されていた物件、また1つ入手できたわよ?」


「有り難うございます。

何処の物件ですか?」


「北海道。

60億で、客室数20の超高級リゾートホテルと、その周辺の土地20万坪が丸々買えたの。

そこの自治体が財政難で破綻寸前だったから、少し交渉したら、30年以上売却しない事を条件に、その間の固定資産税を半分以下に負けてくれたのよ」


「ホテルの従業員はどうなっているのですか?」


「外資系が経営していたらしいけど、既に破産処理が済んで、従業員は全て解雇されているわ」


「成程。

そのホテル周辺には、まだ土地が余ってますか?」


「え?

・・ええ。

自然以外はほとんど何もない場所だから、買おうと思えば買えるけど。

あの自治体なら喜んで売ってくれるわ。

でも、宅地でない場所がほとんどよ?」


「では同じ条件で、全てが一筆の土地となるように、あと80万坪買って貰えますか?」


「構わないけど、大規模農業でもやるつもりなの?」


「まあ、そんな所です。

幾らくらいで買えそうですか?」


「交渉次第では数億ね」


「宜しくお願いします。

今回の理沙さんへの報酬5000万と、成功報酬1億は、直ぐに振り込んでおきます。

それから、目黒への転居もなるべく早くお願いしますね。

本当に最上階でなくて宜しいのですか?」


「8階の最上階は、あなたが使うべきよ。

私達は7階で十分。

・・本当に只で良いの?

1フロアで40億はする物件よ?」


「形式上は賃貸ですが、実質は理沙さん達に差し上げた物件ですから、構いません」


「・・あなたさ、国籍を移したら?」


「は?」


「一夫多妻が認められた国なら、堂々とハーレムを作れるわよ?

妄想ではなく、現実で」


「・・いえ、僕にそんなつもりはありませんから」


「興味がない訳ないわよね?

色んな女性とお風呂に入っているのだから」


「・・否定はできません。

でも、僕の中には家庭というものに対しての理想像があるのです。

逞しく、頼りになる父親と、美しく、穏やかで優しい母親。

そんな両親に、光の下で育てられる子供。

まるで御伽噺のようですが、そんな家庭に憧れるんです」


「それって、あなたのご両親・・」


「・・・」


「でもね、たとえ形はいびつでも、当人達が幸せならそれで良いと私は思うの。

今の制度は、人類史上では極最近になって生み出された、形式上のものだもの。

それまでは、より強い雄の周りに多くの雌が集まる社会がずっと続いていた。

一夫一婦制は、特定の宗教色の現れでもあるから。

重婚を認めなくなった社会では、現に様々な矛盾や弊害が出ている。

女性が男性に依存するだけの一夫多妻は推奨しないけど、自立した者同士が作る互助組織のようなものなら寧ろ有効に作用するでしょう。

勿論、その逆の形でもね。

子供というのは、無理に作らせるものじゃない。

作りたいから作るものなの。

本当に愛する人の子供なら、たとえどんな事をしても育てる。

形にばかり拘って、大して好きでもない相手と子を作るから、後の育児放棄や虐待、捨て子に繋がるのよ。

私のような仕事をしてると、本当にそれを実感する。

本妻の子供にではなく、妾の子に財産を遺したいと願う男性。

夫を愛せず、妻子ある男性にのめり込む主婦。

財産を消費するだけで、自分の世話を一切しない後妻よりも、甲斐甲斐しく世話をしてくれる、家政婦にお金を残したい老人、とかね。

和馬君ほどの財産と能力、容姿があって、それだけ自分達の事を考えてくれる思い遣りや包容力を見せられたら、大抵の女性は安心して子をせる。

あなたとの子供を産みたいと願うわ。

・・私達や、南さん達のようにね」


「・・・」


「まあ、国籍の話は半分冗談だけど、事実婚なら問題ないでしょ?

探索者にはパートナーの正式登録制度があるんだし、あれって、実質的な人数制限はないはずよね?

『パーティーを組むのは3人まで』というのは、飽く迄推奨なんだしさ、要はより強い魔物が出ても、それを倒せれば問題ないんでしょ?」


「!!!」


それは盲点だった。


当然のように日本の基準を当てはめていたから、パーティーメンバーとパートナーを切り離して考えていたのだ。


確かに、協会の規定には、パートナーが夫や妻でなければならないとは記載されていない。


それがあれば、同性同士の事実婚には使えない。


そうすると、1人の人間が多数の人とパートナーの正式登録をしても、形式上は何の問題もない事になる。


協会の規定は、各国の憲法や民法とは異なった、独立の規則だ。


言わば国家間の条約に近い。


それに、多くの人と正式登録をしても、ダンジョンでパーティーを組む際には3人以内で入れば良いのだ。


何でこんな簡単な事に気付かなかったのか。


頭の中に、公正証書的なイメージがあったからかもしれない。


探索者とは、夢と希望、自己責任に裏打ちされた自由に溢れた職業だ。


よくよく考えてみれば、つまらない固定観念に縛られる職業ではない事くらい、直ぐに分るだろうに。


習慣とは、恐ろしいものだな。


「有り難うございます、理沙さん。

『目から鱗が落ちる』とはこの事です。

何かお礼します。

何が宜しいですか?」


「え?

別に大した事を言った訳じゃないし、何も要らないわよ」


「いえ、今のお言葉は、僕には非常に大きな意味を持ちました。

何かで報いたいのです。

欲しい物はありませんか?」


「・・それなら、もし美保が2人目を欲しがったら、その時は私に仕込んで」


「・・・」


「今は約束してくれるだけで良いわ。

そういう状況になった時は、お願い」


「・・善処します」


「有り難う。

・・さ、そろそろ探索に行きましょ」



 「理沙さんのステータスを見せて貰っても良いですか?」


「ええ、どうぞ。

美保とどのくらい違うのかしらね」


ダンジョンに入り、直ぐに彼女のステータスを確認する。


______________________________________


氏名:片瀬 理沙


生命力:1110


筋力:28


肉体強度:29


精神力:264


素早さ:20


______________________________________


「う~ん、精神力が相当高い以外は、ほぼ一般的ですね。

美保さんにまさっていたのは精神力だけです。

彼女は高校テニスの名選手でしたからね」


生命力を900底上げしてこの数字だから、本当に精神力以外は凡庸だ。


まあ、精神力だけは、一般人でもトップクラスだろうが。


「うっ、やはりそうなのね。

運動はそんなに得意ではなかったし」


「でも大丈夫です。

僕のパーティーに入れば、直ぐに能力値が上がっていきますから」


申請を送ってパーティーに加入して貰う。


「それから、後で僕とも探索者の正式登録をしてください。

美保さんにもお願いしますが、そちらの遺言状は必要ありません。

何かあった時、僕の財産の処理方法だけが分れば良いので、僕だけが書きます」


「え?

・・私達と事実婚をするってこと?」


「違います。

そういった使い方は、この制度の本来の目的ではありません。

単に僕の正式なパーティーメンバーとして登録するだけです」


「あらそうなの?

別にあなたなら事実婚で良いわよ?

美保に子供を作ってくれるんだし・・」


「その件につきましては、美冬が高校を卒業するまで保留中であります」


「でも確定なんでしょ?

美保はそのつもりでいるわよ?」


「・・・。

ええと、理沙さんはどの能力を重点的に伸ばしたいですか?

1つだけなら、僕の能力でそうできます」


「先送りしても自分の首を絞めるだけなのに・・。

まあ良いわ。

こちらの遺言状は、美保と相談して書いておくから。

私の能力値は、生命力を重点的にお願い」


「分りました。

念のため、今これを食べて貰えますか」


アイテムボックスから、『生命力を僅かに上げる品』を3つ出す。


「これってもしかして、1つ3000万するというアレ?」


「そうです。

お帰りの際、美保さんの分もお渡ししますから」


「そんなに沢山持ってるの!?」


「最近、とある場所で大量に手に入っているので・・」


ロシアの宝箱、片っ端から取っているしな。


元々数十持っていたのに、今では生命力の上昇分だけで400個以上ある。


「・・じゃあ遠慮なく」


食べ終えた理沙さんに水を渡した所で、近くにゴブリンが2体涌く。


「いけそうですか?」


「ええ。

槍で刺すだけなら」


「そのランクCの槍なら一撃です。

向こうの攻撃は当たらないようにしますので、頑張ってください」


それから約3時間、彼女と東京ダンジョンを回った。

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