第34話

 3月14日、水曜日。


午前7時までロシアに居て、その後帰宅して美冬を送り出した俺は、それからまたロシアに戻って探索を続け、午後2時に再び家に戻って来る。


美保さんからの予約に対応するためだ。


時間通りに家を訪れた彼女をリビングに通し、ハーブティーと共に、ホワイトデーのお返しを差し出す。


「こちらは、先日頂いたチョコレートのお返しです。

これとは別に、理沙さんの分もあるので、これは今この場でお食べになると良いでしょう」


「有り難う。

何味のお饅頭?」


「饅頭の姿をしてますが、それ、生命力を上げるアイテムです。

1つで300上がるので、3つで900上昇します。

小さいですから、一度に3つ食べられますよね?」


「え!?

・・これがアイテムなの?」


「ええ。

ダンジョン内の金色の宝箱から出るんです」


「でも1つで300って、一般の成人男性以上じゃないの?」


「そうですね。

鍛えていなければ、彼らは250くらいですから」


「これ、1つでも相当高いんじゃない?」


「オークションに出すと、1個3000万円くらいです。

探索者以外でも、医療用として需要があるんです。

体力を消耗する大きな手術をする前に食べる人や、高齢の方が、弱った身体を回復させるのに用います。

勿論、それが可能なのは富裕層のみですが」


「3つで9000万・・」


「美保さんて、外見上はお嬢様のように見えますが、意外と庶民的ですよね」


「私と理沙は、れっきとした庶民だもの。

女子高だって、漫画やアニメに出て来るような、お嬢様学校じゃないしね」


「あんな所、世界中の何処にもありませんよ。

ああいうのは、全部コメディでしょう?」


「まあね。

『ごきげんよう』の挨拶は存在しても、日本人にあそこまでのお金持ちは然ういないもの。

学校を保てるなんて、とても無理」


「まあ、とりあえずそれをどうぞ。

それからダンジョンに行きましょう」


「理沙の分もあるのよね?」


「ええ。

同じ数をご用意しています」


「2人分で、1億8000万・・」


「食べずに売りに出しますか?

僕と探索していれば、900くらいなら、普通にやっても半年掛かりませんよ?」


「御免ね。

折角和馬君が用意してくれた品だもの。

きちんと頂くわ。

有り難う」


美保さんが、ハーブティーを飲みながら、1つ1つ丁寧に口に運ぶ。


「ステータスを確認しても宜しいですか?」


「ええ、お願い」


______________________________________


氏名:藤原 美保


生命力:1880


筋力:195


肉体強度:201


精神力:316


素早さ:189


______________________________________


「ちゃんと900増えてます。

・・こうして見ると、美保さんも結構強くなってますね。

もう一般人では誰もあなたに勝てないでしょう」


「和馬君との探索は楽しいから、つい頑張ってしまうのよね」


「・・念のためにお聴きしますが、今後もダンジョン探索をお続けになりますか?

美保さんの当初の目的だけなら、既に達成されたも等しい内容ですが」


「和馬君が受け入れてくれるなら、少なくとも30になるまでは続けたいの。

週に一度でも良いから、君との時間を作りたい。

・・駄目かな?」


穏やかな表情ではあるが、瞳の中に僅かな不安が滲んでいる。


「僕としては大歓迎です。

美保さんは大切なお仲間ですから、お好きなだけお付き合い致しますよ」


「嬉しい。

今後とも宜しくね」


笑顔になった彼女が着替えを始める。


それを待って、共に島根で探索を始めた。



 約4時間後、探索後の浴室で、美保さんからも少し過剰なサービスを受けた。


童貞なのに、その内、本当にキスだけで女性を満足させてしまうかもしれない。


夕食の準備をしていた美冬が、自信作だからと、美保さんにビーフシチューの入った紙袋を渡していた。


美冬と夕食を取り、彼女が寝に入るとダンジョンに入ってロシアに跳ぶ。


攻略を始めてもう2か月以上になるから、幾ら広大なロシア領といえども、宝箱は既に3分の1以上、約2万個を取り終えた。


その原動力となったのは、ここにいたユニークの持つ特殊能力だった。


『飛行』


そう、空を飛べるようになったのだ。


さすが西洋、この地には日本で見た事のない魔物が居て、そいつがとある場所を護っていた。


グリーンドラゴン。


初めて見た時、感動で震えた。


ドラゴンが居る。


サブカルチャーでしか見た事のない魔物が、今、俺の前に居る。


だがその感動は、長くは続かなかった。


______________________________________


名称:???


生命力:88000


筋力:6350


肉体強度:6790


精神力:5260


素早さ:4180


特殊能力:飛行


______________________________________


・・弱い。


正直な所、1分持たなかった。


飛ばれると厄介なので、直ぐに倒してしまったのだ。


当たれば只では済まないブレスを避け、剣が折れそうな鱗に苦戦し、何人もの仲間と死に物狂いで戦う。


そんな、俺の憧れだった存在は、かくも弱かった。


まあ、こいつだけかもしれないしな。


そう思っていたのだが、2体目に遭遇したアイスドラゴンも、少し増しなだけだった。


______________________________________


名称:???


生命力:95000


筋力:9690


肉体強度:9460


精神力:8650


素早さ:5070


特殊能力:絶対零度


______________________________________


はっきり言って、寒さに強いだけなのでは?


守護者としては、そう言いたくなるような数値。


まあ、他の魔物の15倍以上強いけど。


奴が吐き出したブレスを浴びれば、どうなったか分らないが、それをまともに受けてやるような御人好しではない。


草薙剣の特効が効いたようだから、やはり蜥蜴とかげの一種なのか?


だが、本当に驚いたのはここから。


実はこの2体のユニークを倒した際、その付近に隠し扉があり、何とそこから『異界の扉を開く鍵の1つ』が出てきたのだ。


そしてその鍵は、日本で集めていたようなお守りではなく、小さな卵の形だった。


1つ1つの色が違い、倒したドラゴンの色と同じ色である。


これには大いに喜んだ。


まだまだ先があるのだ。


『SSSランク。イースターエッグ。異界の扉を開く鍵の1つ』がそれである。


因みに、『絶対零度』は、『どんな極寒の地でも、決して凍ることなく体温を保てる』という特殊能力である。


まあ、真冬のロシアでも、Tシャツ1枚で過ごせるくらいの使い道はあるかな。


『飛行』を得てからは、ロシア領のダンジョン内を文字通り飛び回っているのだが、本当は通常の世界でも使ってみたい。


魔法ではなく特殊能力だから、通常の世界でも自由に空を飛べるのだ。


美冬に自慢したくてうずうずしていたが、さすがに影響が大き過ぎて自重した。


俺の存在が世にばれるまでは、あまり派手な事はしないに限る。


今日も今日とて30万円以下の弱い魔物には脇目も振らず、一心不乱に宝箱を回収する。


1日350個以上がノルマだ。


このまま行けば、あと4か月弱、7月頃には約6万個の宝箱が全て取り終わる。


ユニークも、その頃には全部倒せているだろう。


『鍵』を探しながらだから、そちらは丁寧に探さねばならないけどな。



 4月1日、日曜日、午前11時55分。


南さん達が家にやって来る。


「和馬、今日も宜しくね。

明日、探索者ランクの更新をするから、今日はより気合を入れるわよ」


「昨日も十分、気合入ってましたよ?」


「最近、仕事が楽に進むからね。

以前より精神的に疲れない分、余力があるの。

和馬のお陰よ」


「僕は、探索者ランクの更新を少し遅らせようと思います。

今年は見送るかもしれません」


「あら、どうして?」


「実は今、ロシアを攻略していまして、念のため、カードの表示をFランクのままにしておこうと思います」


「ロシア?

何時の間に・・」


「1月の半ばくらいからです。

僕の存在が世界中に認識される前に、美味しい狩場を探索し尽くしておこうと考えまして」


「羨ましいわね。

何かあった?」


「まだ半分も探索できていないので、まあ、程々には。

ユニーク討伐と宝箱の回数が済んだら、ざっと報告します。

ただ、向こうにはドラゴンが居るんですよ」


「「!!!」」


聴いている2人がびっくりした。


「ドラゴン!?」


「ええ。

日本のサブカルチャーでお馴染みの、あれです」


「・・強いの?」


「それなりには。

生命力は9万くらいで、肉体強度は7000から1万くらいですね」


「「!!」」


「折角なので、僕が全て頂いておこうと思います。

もし何か良いアイテムが見つかったら、お二人にも御裾分けしますね」


「良いの!?」


「当然じゃないですか。

僕達、仲間ですよ?」


「今日の探索が終わったら、お風呂で沢山サービスしてあげる」


「・・いえ、別にこれまで通りで十分なんですが」


「どうして?

気持ち良いでしょ?」


「だからです。

我慢するの大変なんですよ」


「美冬と早く済ませなさいと言ってるじゃない。

そうすれば幾らでも付き合ってあげるのに・・」


「彼女が高校を卒業するまでは、お互い今のままでいようと決めたんです。

僕は、美冬の意見を尊重したいから・・」


「フフッ、やはり私が惚れた男だけあるわね。

私からの誘いを我慢できる男なんて、ほとんどいないと思うわよ?」


「惚れた!?」


「今更でしょ。

あなたに誠意を見せるのは、一緒にお風呂に入って身体を洗う所まで。

そこから先は、特別な感情がなければ絶対にしないわ。

尤も、飽くまでも百合の次、2番目だけどね」


「僕は別に、親しい友人、大切な仲間としてだけでも十分なのですが・・」


「それは私が嫌。

例の約束もあるから、和馬とは友人とは違う、特別な関係になりたいの」


「我儘ですね。

それに、百合さんの前で話して良い内容なのですか?」


「勿論よ。

寧ろ隠す方が不誠実でしょ。

百合はとっくに了承済みだしね」


彼女の顔を見る。


にっこりと微笑まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る