第33話
2月16日、金曜日の深夜2時。
美冬と新たに探索する場所として、神奈川県の攻略を終える。
神奈川県のダンジョン入り口数は、全部で30箇所。
重点探索施設として考えていたのは、箱根神社、長谷寺(2つ)、鶴岡八幡宮、高徳院、江島神社、円覚寺、西方寺、建長寺、光明寺、寒川神社、平間寺、九頭龍神社、最乗寺、龍口寺、明月院、宝城坊日向薬師、白旗神社、報国寺、總持寺、杉本寺、大山寺辺りの22箇所。
探索初日はこれらの付近を全て回る事でほぼ時間を取られ、あとは宝箱、計65個の全回収しかできなかった。
ユニークが居たのは鶴岡八幡宮と江島神社、白旗神社辺りの3箇所のみで、後は皆、金色の宝箱だけであった。
残念ながら、ここでも『異界の扉を開く鍵の1つ』が見当たらない。
鶴岡八幡宮辺りで戦ったユニークは、乗馬した武者のような魔物だった。
馬上から矢を放つ敵で、倒した時、15センチの魔宝石と、『破魔』の特殊能力を授かった。
この能力は、『相手が魔物である場合、その戦闘中、筋力が5割増しになる』というもの。
集団戦ではその効果が途切れることなく発揮され、元々の筋力が高ければ、正に無双状態となる。
江島神社辺りで遭遇したユニークは、琵琶を持つ美しい古代女性だった。
彼女は、俺が手を出さずに眺めていると、戦利品と微笑みだけを残して消え去った。
跡に残されたのは、25センチくらいの魔宝石と、『美と芸の素養』という特殊能力を得られるアイテムだった。
『生命力に比例しながらその美しさに磨きをかけ、精神力に呼応して、芸術面での感性を高める』
能力の説明にはそう表示されていた。
彼女が何故何もせずに消滅したのかは分らないが、少なくともこちらに友好的であったのは事実だ。
品物を拾い終わると、その場に丁寧に頭を下げた。
白旗神社辺りで出会ったのは、悲し気な表情をした落武者の魔物だった。
俺に倒された時、まるでやっと誰かの下に会いに行けるみたいに、安らかな表情をしたのが印象的であった。
彼は、約20センチの魔宝石と、『心眼』の特殊能力を得られるアイテムを残す。
その能力の内容は、『自分に対する、相手の本心が分る』というもの。
何だか遣る瀬無かった。
箱根神社では、『生命力を僅かに上げる品』の他に、『勝率上昇』という特殊能力を得られるアイテムが出た。
この能力は、『ここぞという時の戦いで、その勝率を2割上げる』というもの。
但し、元の勝率が1割未満の時には作用しない。
神奈川県の攻略2日目で、魔宝石が30万円以上する魔物を全て狩り終え、16日の深夜2時以降に、ロシアの攻略に戻る。
神奈川で倒した魔物は、進路上に居た物を含めて、約8000だった。
3月11日、日曜日の、12時5分前。
いつものように、南さん達が家を訪れる。
美冬がまだ起きて来ないので、彼女達を室内に招き入れた後、俺がハーブティーを用意する。
「少し早いですが、ホワイトデーのお返しになります」
彼女達其々の前に、小箱に入れたアイテムを置く。
「あら、有り難う。
中身は何かしら」
「わざわざ用意してくれて有り難う。
気を遣わせちゃって、御免ね」
2人が嬉しそうに箱を開ける。
「うん?
・・お饅頭?」
南さんがかわいく首を傾げる。
「お守りの形をした和菓子かしら?」
百合さんが微笑む。
「実はそれ、どちらも特殊能力を得られるアイテムなんです」
「「!!!」」
「この間の探索で、偶々手に入りましたので、お二人に差し上げます」
「良いの!?
2月にも貰ったばかりなのに・・」
「こんなに何度も貰っちゃったら、お返しが追い付かないわ」
「僕は既に似たような能力を持っていますので、お二人に使っていただいた方が有意義です。
南さんへ差し上げる品は、『心眼』という能力です。
『自分に対する、相手の本心が分る』、説明にはそう表示されました。
百合さんへは、『勝率上昇』という能力の品です。
『ここぞという時の戦いで、その勝率を2割上げる』、そういう能力ですが、『元の勝率が1割未満の時には作用しない』という欠点があります。
どうぞお納めください」
「それは凄い能力だわ。
権謀術数の
・・本当に私が貰っても良いの?
売れば何百億円にもなるわよ?」
「南さんの命は、お金に代えられません」
彼女が下を向いた。
僅かに肩を震わせ、唇を嚙み締めながら、
若くして国の組織の頂点に立ち、その美貌は男性を惑わせ、女性の嫉妬を買い易い。
百合さんという心の支えを糧に、今までずっと、見えない何かと闘ってきたのだろうな。
「和馬君、私の全てを懸けて、南の次に、あなたに尽くすわ。
有り難う。
南をそこまで大事にしてくれて。
有り難う。
こんな良い品を与えてくれて」
俺が南さんへと向ける、その視線に何を感じ取ったのか、百合さんが涙ぐんでそう言ってくれる。
「僕達は仲間なんですから、『尽くす』とか、そういう言葉は必要ありません。
ただ喜んでいただければそれで本望です。
済みませんが、少し席を外します。
自室でする事がありましたので・・」
南さんは、己の泣く姿を人に見られたくはない。
10分くらい、時間を潰していよう。
夕方6時。
いつもの状態に戻った南さん達との探索を終え、帰宅する。
ダンジョン内に入って、新たな特殊能力が身に付いているのを確認した彼女達。
南さんは、俺と百合さんの顔を改めてじっと見つめた後、俺達を交互にしっかりと抱き締めた。
石川県内で残してあった魔物も、2000円以上の物は大分少なくなり、次回からは大阪に狩場を移す予定である。
自室で、未だ学校の課題に取り組む美冬に一声かけて、3人で風呂に入る。
この日の南さんの、俺に対するサービスは少し過剰だった。
『早く美冬に男にして貰いなさい』
唾液で濡れた唇を離しながら、恨みがましくそう言われた。
南さん達が帰宅すると、夕食を挟んで今度は美冬と神奈川のダンジョンに入る。
明日は彼女も学校があるので、21時からの3時間だけだ。
やはり少し早かったが、美冬にもきちんとホワイトデーのお返しをあげた。
バレンタインデーの夜、彼女は寝る前に俺の部屋を訪ね、笑顔を添えて、手作りのチョコレートを渡してくれた。
一口大のチョコレートが16個入った正方形の箱。
『和馬の年齢と同じ数。
毎年毎年、君の成長と共に1つずつ増えていくから、仕舞いには大変な数になるね』
それは言外に、ずっと俺の側に居ると言ってくれているのだ。
『では僕は、毎年美冬の歳の数だけ、君のご両親のお墓に、彼らが好きだった花を添えますね。
彼らにも、美冬の成長をお知らせせねばなりませんから。
『彼女は今でも元気に暮らしていますよ』ってね』
美冬との約束通り、俺の両親が眠る墓の隣に、彼女の両親用の墓を購入した。
自然豊かな大霊園の一角で、春は桜の花びらに撫でられ、夏は
今では年に少なくとも4回、顔を見せにその場を訪れる。
父の誕生日、お盆、母の誕生日、そして命日。
『元気だよ』
そう語る俺の頬を、そよ風が優しく吹き抜けて行けば、穏やかな母の笑顔を思い出す。
『・・大丈夫。
僕はしっかりと生きてるよ』
墓石を前に、未だに過去を思い出すと、少し強めの風が、まるで俺を励ます父の掌のように、乱暴に髪を撫でてくる。
傘をさし、雨に洗われる墓石を見つめる。
夕暮れの中、僅かでも赤く染まる墓石は見たくない。
美冬のご両親の墓を隣に購入した事で、より頻繁に会いに来れるだろう。
彼女が墓参りする際は、俺も付いて行くから。
美冬に渡したお返しは、『美と芸の素養』を得られるアイテムだ。
たとえ僅かでも、絵心に乏しいという彼女の力になればと思う。
生命力に比例するという美しさの方ついては、最早語るまでも無い。
ダンジョンで鍛えているから、その身体能力は既に常人の10倍もある。
ナンパ野郎が寄って来ても、美冬が軽く走るだけで追い付けもしない。
下手に殴ると相手が死ぬから、そうしたい時はダンジョンに誘えと言ってある。
「・・魔物の数が多くない?」
「それはそうさ。
君の為にほとんど狩っていないから」
「・・でも何か不思議よね。
普段私達が普通に歩いている場所のはずなのに、自然がやたらに多くて、ビルや金属製の構造物が一切ないから、大分違って見えるしさ。
人の代わりに魔物が沢山居るし・・」
「僕には、寧ろこちらの方が自然に思えるな。
まだ幼稚園児だった頃、テレビの特撮やアニメを見ていたら、怪獣や敵の攻撃で街が散々破壊されたのに、翌週の放送ではそれが完全に元通りになっててさ、凄く違和感を覚えたんだけど、慣れてくると『建設中で壊す物が無いと、戦闘シーンに迫力が出ないものな』で済んでしまった。
その裏で、一体誰がどれだけ損したり悲惨な目に遭っているかなんて、全く考えなくなった。
その時大事だったのは、毎週きちんとその番組が見られるという事だけ。
自分に都合が良い時は、ご都合主義という概念は非常に大きな意味合いを持つ。
僕はダンジョン探索が楽しい。
それさえできれば、ここの構造やルールに多少の違和感を覚えても無視できる。
もしこの世界が、誰かの手によって創られたものであるなら、その人にとって都合が良い場所であるのは当たり前だ。
後々面倒な事になる物は作らないし、余計な物は最初から置かない。
それで良いじゃないか」
すっきりした顔でそう言うと、美冬が呆れて口にする。
「子供の頃にそんな細かな事を考えてたの?」
「普通は考えるだろ?
『毎週あんなに壊されて、果たして経済が回るのだろうか』、とかさ」
「そんな事を気にしながら見てる子は、絶対に君だけだから!」
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