第32話
2月14日、水曜日。
美保さんから予め予約を受けていた俺は、探索中のロシアから一旦戻り、14時に自宅で待機していた。
「いらっしゃい、美保さん」
「こんにちは、和馬君。
今日も宜しくね」
室内に招き入れ、温かいハーブティーをお出しする。
「はいこれ、バレンタインデーのチョコレート。
私と理沙の手作り」
15センチ四方の、奇麗なリボンの付いた箱を渡される。
「有り難うございます。
済みません、お気を遣わせてしまって」
「フフッ、理沙は義理だけど、私は3分の1本命よ」
「?」
「理沙以外では和馬君にしかあげないし、君は私にとって、ある意味特別だから」
「理沙さんが参加してくれたというのが驚きですが」
「今までなら考えられなかったでしょうけど、君はもう、理沙にとって家族も同然だから。
鼻歌を歌いながら作っていたわよ?」
「ははっ、彼女も随分雰囲気が柔らかくなりましたよね」
「和馬君のお陰よ。
金銭的な心配が全くなくなったから、仕事もやりがいのあるものだけを選べるようになったし、DV被害で経済的に苦しい依頼人からは、実費しか取らなくなったしね。
自分の理想とする弁護活動ができて嬉しいのよ」
「その理想に、ほんの僅かでもお役に立てれば満足です」
「・・・。
さて、それじゃあ着替えるから、今日も頑張りましょう」
事務所から直で来る美保さんは、いつも
使用する武器もここに置いてあるし。
ジャケットを脱いで、スカートに手をかける。
「せめて僕が移動してからにしてくださいよ」
「嫌です。
敢えて見せているのだから」
15分後、東京のダンジョンから、島根に転移する。
美保さんにも、『アイテムボックス』と『ダンジョン内転移』の事を話した。
それを聴いて実際に試した後、彼女は言った。
『私の旦那様は本当に有能ね。
凄く嬉しいわ』
『いやいや、それはないですよ。
理沙さんがいるでしょうに』
『理沙は生涯を共にするパートナー。
旦那様は、子供を授けてくれる人』
『・・・』
『難しく考えないで良いわ。
君には一切の負担を掛けないと約束する。
何なら、認知も必要ない』
『・・美冬が高校を卒業するまで、お返事を待っていただけませんか?』
『そうすると、私はちょうど30ね。
・・期待して良いのよね?』
『・・・』
『待つ代わりに、1つお願いを聴いてくれる?』
『どういったものでしょう?』
『ダンジョン探索をする日は、私ともお風呂に入って。
南さん達とは一緒に入っているのでしょう?
私も、男性の裸に慣れておこうと思って』
『・・理沙さんの許可を頂いた上でなら』
『それはもう済んでるわ。
彼女も、君の子供なら欲しいと言ってくれているから』
『・・最近、僕の周りは肉食系の女性ばかりみたいなのですが、世の中が変わってきているのでしょうか?』
『人口の減少がある程度落ち着いてきて、女性達も、よりきちんと相手を選ぶ時代になったのよ。
私達のような女性同士のカップルでさえ、子供には優秀な遺伝子が欲しいの。
ダンジョンが身近にあるような世界では、より強く、賢くないと、安心して生きていけないもの。
つまらない男がダンジョンで多少の力を付けて、いい気になるような危ない世界でもあるからね。
欧州では、私立の中学校で既にダンジョン訓練を取り入れ始めているのに、日本はまだまだ
「・・和馬君が居れば、海外旅行もその内日帰りでできるね」
「それじゃあきっとつまらないと思う人も多いでしょう。
電車や飛行機に乗ること自体が楽しい人だっているでしょうから」
「私はそうでもないかな。
7泊8日の旅とか言いながら、その内2日は機内泊なんて、何か損した気分だもの。
それに、新幹線ではマナーが悪い人も多いからさ」
「それは僕も同感ですね。
皆さん、どうして狭い車内でお弁当を食べたがるのでしょうね?
臭いのきついお弁当を広げられて、他の人の迷惑になるとは考えないのでしょうか?」
「飲食店で、周囲に許可を取らずに、猿みたいに煙草を吸い出す人と同じよ。
幾ら禁煙ではないと言っても、子供連れの方には迷惑なのにね。
お店だって、売り上げを落としたくないから、禁煙にしないだけなのに」
お喋りをしている間に、近くにハイオークが涌いた。
「頑張ってください。
その槍なら、もう美保さんなら勝てます」
彼女には、以前の槍の代わりに、ランクCの物を渡してある。
南さん達の武器は、ランクBの物に取り換えた。
「サポート宜しくね」
「はい」
魔宝石2500円クラスの魔物に、彼女が果敢に挑んでいく。
俺はその近くで、鉄の棒を使用して、魔物の攻撃が彼女に当たらないように受け流している。
魔物が3体以上固まっている場所では、敵の利き腕を切り落としてもやる。
攻撃一辺倒の槍では、どうしても防御に甘さが生じる。
まだ美保さんの能力値では、3体以上だと無傷ではいられないのだ。
「そろそろ剣と盾を使ってみますか?」
「そうね。
防御にも慣れた方が良いわよね」
「それから、次からはスポーツウエアではなく防護服を着てください。
僕がプレゼントします。
そしてその上から、今の胸当てと籠手を着用すれば問題ないでしょう」
「分ったわ。
そうします。
有り難う」
4時間程続けて、この日の狩りを止める。
「さ、お風呂に入ろ」
家に帰ると、美保さんが俺の手を握り、浴室に連れて行く。
美冬はキッチンで夕食の準備をしているが、それを見ても平然としている。
「美保さんも食べていきますか?」
「家で理沙と食べるから大丈夫。
有り難う」
お互いに普通に会話している。
彼女達の間では、既に意思疎通ができているようだ。
「・・和馬君の身体、凄いね。
逞しいし、とても奇麗」
「吉永さんにお世話になってますから。
美保さんも、理沙さんと利用してくださいね。
彼女の予定が空いていれば、何度使っても費用は掛かりませんので」
「2階にあるお店でしょ?
高級感が漂っているから、ちょっと入り辛かったけど」
「美保さんだって、もう富裕層じゃないですか」
俺からの顧問料の他にも、理沙さんから月収で200万円を得ているし、一緒に探索した際に入手した魔宝石やドロップ品の売却益も、全て彼女に渡している。
「全部和馬君のお陰だけどね。
今の賃貸マンションはもう古いから、理沙と新しいマンションを買う相談をしてるの。
・・わ、固いね」
身体を洗ってくれている美保さんが、俺のものに驚く。
「済みません。
そこはどうしても制御が効かなくて。
決して
「フフッ、謝らないで。
他の男なら論外だけど、君なら全然構わない。
私に反応してくれて、寧ろ嬉しいから」
「マンションをお買いになるという件ですが、もう少しお待ちいただけませんか?
実は今、理沙さんにお頼みしている物件の1つを、僕のお仲間の皆さんだけで住んで貰う建物にしようと考えておりまして。
建物面積が100坪以上で、ワンフロアに2部屋以内の物件を探していただいているので、それが見つかれば、そのワンフロア全部をお二人に差し上げますから」
「ええっ、それって俗に言う億ションでしょ!?」
「そうですね。
1棟丸ごとで200億円くらいでしょうか。
ですがご安心ください。
実質は贈与ですが、固定資産税が発生しないように、賃貸形式にして、お家賃は取りません。
会社の所有にして、赤字を出しながら減価償却していきますから」
「・・それだけの資産をそんな風に無駄に使うなんて、きっと君だけよ?」
「無駄ではありませんよ。
お仲間の皆さんに住んでいただくのですから。
不動産屋から普通に買えば、もし隣に嫌な奴が越して来ても、どうすることもできないではありませんか。
折角大金を払ってお住みになるのに、それでは台無しでしょう?
僕の所有物件なら、それは絶対に有り得ませんので」
「・・目を閉じて」
「はい?」
美保さんが、いきなり俺の首に腕を回して、唇を貪ってくる。
南さんにされたような、荒々しい動きではなく、ねっとりと、絡みつくような動き。
暫くして、唾液の糸を繋ぎながら離れた彼女は、穏やかな目で告げてくる。
「御免ね。
何か我慢できなくなっちゃって。
・・和馬君さ、当分は美冬以外の同世代は避けた方が良いよ?
絶対に収拾がつかなくなるからさ。
経験を積むだけなら、私達のような、きちんとパートナーがいる女性にしなさい」
「それは大丈夫です。
僕の活動範囲は、ダンジョンを除けば非常に狭いですから、そもそも知り合うきっかけがありません。
・・それに僕はもう、美冬から予約されていますので」
「うんうん。
お姉さん安心しちゃった。
女の子を大事に思える和馬君が大好き。
世の男共には、『釣った魚に餌をやらない』奴が多過ぎるからね」
「勿体ないですよね。
折角自分の好意を受け入れて貰えたのに。
直ぐに飽きるくらいなら、初めから手を出さなければ良いでしょうに」
「育ちが悪い人なんて、みんなそんなものよ。
大事にされた事がないから、自分も人を大切にできないの。
本当は、それさえ言い訳なんだけどね。
心の痛みは有ったはずだから、嫌な記憶は残っているのだから、それを思い出せば、他人に然う然う同じ事はできないはずなの。
理沙も時々口にするけれど、そういう人間は、刑務所に入れてもほとんど更生なんかしない。
諸外国のように、ダンジョンに入れた方が無難なのよ」
両親に大切に育てられた俺には、正直な所、そんな奴らの思考など理解できない。
何の罪もない人達が嫌がる、泣き叫ぶ姿を見て
今の世は、ダンジョンという憂さ晴らしの場ができたせいで、一昔前のように、無差別に他人に危害を加えようとする者はかなり減ってきたが、大した力を持たない奴が、自己より弱い者に狙いを定めて、理不尽な危害を加えようとする事例は依然として残る。
だから俺は、自己の大事な人達を護るだけでなく、可能な限り、彼女達にも強くなって欲しい。
もし俺の救助が間に合わない時でも、自己の力で防げるように。
失った両親の二の舞だけは、もう絶対に演じさせるつもりはない。
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