第31話

 1月11日、日本時間で午前9時。


自宅近くの入り口から、先日入ったモスクワのダンジョン内まで転移する。


俺の存在が世に知れ渡る前に、できるだけ諸外国のダンジョンを攻略しておきたい。


数が数だけに、魔物の殲滅は無理でも、せめてユニークの討伐と宝箱の全回収だけはやっておきたい。


そう考えた俺は、今後3、4年かけて、1人の時は異国のダンジョンで励むことにしたのだ。


ロシアのダンジョン入り口数は、全部で21万7834個。


毎日兵庫県くらいの面積を探索しても2036日、つまり、5年半以上掛かる。


とてもまともにはやっていられない。


先ずは宝箱の全回収を目指し、魔物討伐はその進路上に居る物だけにとどめる。


日本との時差は約6時間程なので、こちらはまだ真夜中だが、念のため、眼と口以外は完全に覆われた黒いマスクを頭から被り、防護服の上から、胸の部分にZのマークを入れたゼッケンを付ける。


この恰好で、時速600キロを超える超高速で走っていれば、外国人だとは分るまい。


たとえ何か言われたとしても、ロシア語までは理解できないから、手を振るだけしかしないしな。


両手に剣を持つと、白地図上に6万個以上ある宝箱目掛けて走り出した。



 夕方6時、一旦日本の家に帰って来る。


平日は、何の予定もなければ20時くらいに美冬と夕食を取り、0時前に彼女が眠りに就くと、再度朝の7時までロシアのダンジョンに入る。


そして彼女が学校に行くのを見送り、9時前にはまたロシアに行って頑張る。


美保さんが予定を送ってくればその時間は空け、土日祝日は南さん達との探索のため、入浴時間を含めて12時から19時までは何も予定を入れない。


美冬との探索は土曜の21時から約5時間と、日曜の21時からの約3時間のみで、祝日は彼女を完全に休ませる。


この合間を縫って吉永さんの施術を月に2回受け、呼び出しがなければ3か月に一度くらい瀬戸さんの店に武器を売りに行く。


テレビも一切見ないしゲームも全くやらず、本すら読まないでダンジョンに入る。


美冬や南さん達、美保さん達や吉永さんとの会話がなければ、日中もほとんど声を出さない。


時々お店で買い物をした際、『あ、お箸やソースは結構です』とお断りするくらい。


人によっては、こんな生活は灰色だと思うかもしれない。


でも俺は、それで十分満足している。


灰色は、秋の風の色。


つまり、10月生まれの俺に合っているのだ。



 2月11日、日曜日。


午前11時に一旦ロシアから戻り、家で南さん達を待っていた俺。


美冬は日曜のこの時間、大抵まだ寝ている。


12時ちょうどに家にやって来た南さん達は、俺にバレンタインのチョコレートをくれた。


「はい。

まだ少し早いけど、バレンタインデーのチョコレート。

私と百合の手作りよ。

男にあげるのは初めてだから、誇って良いわ」


A4のノートくらいの大きさがある、奇麗にラッピングされた包みを差し出してくる。


「有り難うございます」


「まあ、和馬なら他からも沢山貰えるでしょうけどね」


「いえいえ、僕はこれまでボッチでしたから、中学時代も誰か分らない物が1個紛れ込んでいたくらいですし、今年は全く貰えないと思っていました」


「そんな訳ないでしょう?

理沙や美保からは?」


「理沙さんは、そういう行事に参加なさらないかたですから。

美保さんと知り合ったのは一昨年の10月末で、去年はそこまで親しくなかったので・・」


「でもさすがに美冬はくれるわよね?」


「さあ、どうでしょう?

そういう話を彼女としたことないので・・」


「・・・。

大丈夫。

私達のは本命よ」


「いや、お互いにパートナーがいらっしゃるじゃないですか」


「男にあげるのはあなただけ」


「はは、光栄です。

今日は石川のダンジョンにしますね。

皆さんと狩るために、大分残してあるので」


「本当!?

嬉しい。

早速行きましょう」


それから夕方5時まで、俺は移動と回復のサポートをするくらいで、彼女達2人にがんがん魔物を倒して貰った。



 「和馬の肌、ほんと奇麗よね」


探索を終えて、いつものように3人で風呂に入る。


俺の前側を洗ってくれている南さんが、胸板や太股を撫でながら、そう溜息を吐く。


「背中もまるで美しい陶器のようです。

とても良い肌触り」


背後で百合さんが、俺の背中に手をわせる。


「月に2回、吉永さんの店でお世話になってますので。

お二人も遠慮なくお使いください。

既に彼女には伝えてありますし、費用も一切掛かりませんから」


「只でやって貰うなんて、何だか悪いわ。

本来は2万円以上するのよね?」


「代わりに僕が補填していますので大丈夫です。

それはそうと、お二人に僕から贈り物があります。

先日手に入れた品なのですが、特殊能力を得られる品なのです」


「「!!!」」


「1つは『規律』という珍しい物で、『組織内での階級を明確にし、構成員に規則順守と自覚ある行動を促す』という能力です。

戦闘には直結しないと思いますが、南さんが取得すれば、何かと役に立つのではないでしょうか?」


「そうね。

組織のトップに立つ者として、是非とも欲しい能力だわ」


「もう1つは、これも戦闘には無関係ですが、『金運上昇』という、『年に一度、大金を稼ぐ機会に恵まれる』という内容の品を、百合さんに差し上げます。

僕の経験上、株や宝くじ、ギャンブルなんかで威力を発揮するみたいですね。

何かを見た時、不意にひらめくものがあれば、試してみると良いでしょう。

つまらない物で済みませんが・・」


「そんな事ない。

凄く助かるわ。

南の進む道には、お金は幾らでも有った方が良いから」


「和馬はもう、美冬とキスは済ませた?」


「え!?

・・そうですね。

一度だけ、彼女からして貰いました」


「じゃあお礼に大人のキスを教えてあげる」


俺の身体を洗っていた南さんが膝立ちになって、両腕を俺の首に回し、深く唇を重ねてくる。


驚いて、呆然と口を開いたままの俺の口内に、彼女の舌が荒々しく入り込んできて、思うがままに蹂躙される。


胸板にし掛かる彼女の乳房の重みと、温かい唾液、熱い息遣い。


初めて尽くしの事に、頭がくらくらしてくる。


「・・どう、気持ち良かった?」


数分後、やっと唇を離した彼女は、そう告げてにこりと微笑む。


「・・南さん達、いつもこんなキスをしているのですか?」


「フフッ、百合はキスが好きなの。

でも、彼女の唇はあげない。

百合のは私だけのものだからね。

その代わり、私が時々、こうして教えてあげる。

良い男になるなら、キスだけで女を満足させるくらいでないとね」


「・・童貞の僕には、随分ハードルが高そうです」


「慣れれば直ぐよ。

和馬は良い物を持ってるんだから」


「色即是空、空即是色・・」


「何してるの?」


「僕はまだ修行中の身ですから、欲望に負けないようにしようと思って」


「・・・。

やっぱり、和馬って少し変よね」



 「こちらが先程お話した品々です。

和菓子のように見えますが、ちゃんとしたアイテムです。

どうぞお召し上がりください」


風呂から出た後、髪を乾かしている2人に、お茶と共にアイテムをお出しする。


「奇麗な和菓子。

そうと知らなければ、区別がつかないわ」


「本当に奇麗。

和菓子の老舗でも、これ程繊細な物はそうはないわね」


彼女達がゆっくりと食べ終えた後、念のために確認する。


「ステータス画面で確認しても宜しいですか?」


「ええ、お願い」


______________________________________


氏名:伊藤 南


生命力:5720


筋力:625


肉体強度:687


精神力:1710


素早さ:553


特殊能力:『規律』


______________________________________


______________________________________


氏名:神崎 百合


生命力:6080


筋力:497


肉体強度:779


精神力:1418


素早さ:489


特殊能力:『金運上昇』


______________________________________


「大丈夫です。

お二人共、ちゃんと身に付いています」


「フフッ、フフフ、到頭私も能力持ちか~。

嬉しいわね」


南さんが少女のように笑う。


「今後の探索でまた良い品が手に入ったら、お二人に優先的にお渡ししますね」


「有り難う、和馬。

私も将来、あなたにしか許さない、特別なものを必ず作るから」


「南さん達は既に僕のお仲間ですから、そういったお気遣いは必要ありません」


「気遣いじゃないわ。

私がそうしたいの」


笑顔の下で、眼だけが真剣に俺を見てる。


「・・まあ、そこまで仰るなら、ご負担にならない程度でお願いします」


「ええ、勿論。

今から楽しみだわ」


何で百合さんと2人で笑ってるんですか?


少し怖いんですけど。

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