第29話

 1月7日の午後11時。


南さん達との探索を終え、3人で風呂を堪能した後、美冬を連れて外食し、明日から学校が始まる彼女におやすみを告げてから、東京のダンジョンに入った。


ここの所、美冬とかなり探索したので、もう東京都の白地図をほぼ塗り終えていたのだ。


残っている場所は、ユニークが潜んでいそうな、俺的重要度の高い箇所ばかり。


先ずは本命、東京大神宮辺りを訪れる。


やはりあった。


7つ目の、『異界の扉を開く鍵の1つ』を入手する。


ここはそれだけで、ユニークは居ない。


東京都のダンジョン入り口数は、全部で28個。


どんどん探索していく。


明治神宮、増上寺、築地本願寺、浅間神社、根津神社、日枝神社(清瀬)、水天宮、浅草寺、題経寺、神田明神。


これらの場所辺りでは特別な宝箱が出て、『生命力を僅かに上げる品』が手に入る。


浅草寺と神田明神辺りではそれに加えて、『肉体強度を僅かに上げる品』も入手できた。


因みに、こういった『○○を僅かに上げる品』という物は、その神社や寺の周辺に何らかの名物があれば、それに似せてある事が多い。


例えば、浅草寺辺りでは、雷おこしと芋羊羹に似た品だった。


何も名物がなければ、白い饅頭まんじゅうの形で出てくる。


富岡八幡宮辺りでは、貫禄ある力士姿のユニークが居た。


倒した後、20センチの魔宝石と、『四股しこ』の特殊能力を得た。


この能力は、『結界を張った地の霊力を高め、人や魔物除け以外に、それらの攻撃から中に居る者達を護る』というもの。


防御効果は使用者の精神力に比例するらしい。


実際に四股を踏む必要はなく、『結界・改』の中に収容された。


靖国神社辺りでは、軍服姿のユニークと戦う。


戦利品は、15センチ程の魔宝石と、『心残り』という特殊能力だった。


この能力は、『残してきた者達への強い想いが、自己の大切な人を護ろうと戦う者に、通常の2倍の精神力を与える』というもの。


所持者の意思に反応して効果を発揮し、その戦闘が済めば元に戻る。


『加速』の項目が『能力強化・改』に変化し、その中に、『加速』と共に収められた。


花園神社辺りでは、ユニークは居なかったが、『金運上昇』の特殊能力が得られるアイテムが手に入った。


飾り熊手の形をした、茶の湯で出る、繊細な和菓子のような品。


その効果は、『年に一度、大金を稼ぐ機会に恵まれる』というもの。


『金運』は既に持っているし、それより下位の効果しかないから、これは使わずに終っておく。


日枝神社(永田町)辺りでは猿のユニークと戦い、15センチの魔宝石と、『指導者』の特殊能力を得る。


これは、『人材育成の際、その者に対して、自己が望む能力値を伸ばし易くする』というもの。


例えば、その者の筋力を重点的に伸ばしたいと思えば、『人材育成・改』を使用中に能力値が上昇した際、筋力が上がり易くなる。


『可能性の芽・改』の、他者バージョンみたいなものである。


当然のように、『人材育成・改』の中に、その能力の1つとして収容された。


翌朝7時までに、東京都にある他の宝箱79個を全て回収し終え、金塊や武具などを大量に入手する。


狭い割には重要な施設が固まっているからか、それらの近辺には大体何かしらの宝箱が存在して俺を喜ばせた。


因みに、各都道府県にあるこうした宝箱も、一度回収してしまうと二度と復活しない。


その後に現れる宝箱の中身は、ダンジョン内で死亡した者達が残した物に過ぎない。


特別な物、通常の物、死亡者の遺品の区別は、それが収められた宝箱の外観で判断できる。


特別な物が入った宝箱は金色、通常のは銀色、遺品が入った物は茶色なのだ。


魔物は、それまで美冬と倒していたせいもあり、そう多くはなかったので、魔宝石の値段が1万円以上する物、約1000体だけを狩るにとどめた。


この日で東京都の完全攻略が終了し、次の目標を石川県に定める。


既に美冬が朝の支度をしている時間なので、さっさと自宅に帰った。



 1月8日の昼過ぎ。


俺が神泉に購入した建物の、吉永さんに贈与した2階部分の内装工事が前日に終了し、今日から営業に漕ぎ着けた事で、俺がその最初の客として、彼女から垢すりとマッサージを受ける。


大分緩やかになってきたとはいえ、能力値の上昇と共に、細胞組織や臓器が体内で作り変えられているせいもあり、俺の身体は、人より新陳代謝が激しい。


今ではほとんど排泄がなくなり、トイレとは無縁の存在になったが、体内組織の改変は未だに継続中らしい。


表皮細胞も同様なのか、若しくは排泄の代わりに皮膚上に浮き出て来るのか、まだ月に2、3度はこうして垢すりを受けないと、気分がすっきりしない。


そんな俺の為に、彼女は年末一杯まで、今までのスパでアルバイトを続けてくれたのだ。


「久遠寺様のお身体は、既に芸術そのものです。

どんな美術品にも劣らない、至高の肉体美。

非常に惜しいです。

もしこのお身体の写真をお店のサイトにお載せできたなら、世界中から、それをご覧になったセレブの方々がご来店してくださるでしょうに」


俺の身体を磨き上げながら、吉永さんがうっとりとして、そう口にする。


「いやいや、男の身体なんて、然う然う見たいと思う人はいませんよ。

それにパソコンの画像は幾らでも細工できるから、本気にする人もいないでしょう」


「フフッ、資産家の奥様達は、意外とお好きなんですよ?

筋肉質で逞しいながらも、艶や光沢を放つ殿方のお身体が」


「何だか18禁のイメージがします」


「それは否定できませんね」


垢すりを終えると、今度は特殊なオイルを使って90分ほど全身をマッサージしてくれ、その後に顔のパックと爪の手入れまでやってくれる。


本来はエステのお店なので、寧ろそういった施術の方が、彼女の専門なのだ。


3時間近いサービスを受け、待合室で出されたハーブティーを飲みながら、少し話をする。


「では今後、この5名の女性から予約が入ったら、申し訳ありませんが無料でのサービスをお願いします」


そう告げて、理沙さん、美保さん、南さん、百合さん、美冬の顔写真を渡す。


「かしこまりました」


「1階の事務所では、彼女達から法律や税金に関する相談を無料で受けられます。

僕がそう頼んであるので、お気軽にどうぞ」


「有り難うございます。

経営自体が初めてなので、凄く心強いです」


「それから最後に、僕個人から、ささやかな開店のお祝いをお渡しします。

・・2000万円入っています。

常連のお客が付くまでにはある程度の時間が必要でしょうし、当座の生活費の足しにしてください」


デパートで販売しているような頑丈な紙袋に入れた紙幣を、そのまま大きなテーブルの上に載せて、対面の彼女の方に押し出す。


「え!?

・・いいえ、さすがにこれは受け取れません。

こんな素敵なお店を頂けただけでもご恩をお返し切れないほどなのに、その上、これ程の大金を頂くなんてこと・・」


「吉永さん、僕はどうせ手を差し伸べるなら、最後まできちんと面倒をみたいのです。

失礼ながら、こうした場所でそれなりの客層を相手に商売をなさるなら、あなたご自身の生活にも多少は気を付けねばなりません。

今までのように、ラフな恰好で出勤して、休憩室の隅で自作のお弁当を広げる訳にはいかなくなります。

プライベートでは構いませんが、そういった事に敏感に反応なさる方々も、初期のお金持ちには多いのです。

欧州のような歴史ある国々の、本物の富裕層はそうではありませんが、アメリカや日本のように、まだ成金の域を出ない資産家の間では、彼女達が見ている夢を壊すような振る舞いは、なるべく避けた方が無難なのです。

ご自分では自身を施術できないのですから、人を雇うまでは、お肌の手入れなどに他店を利用する必要があるでしょう?

こういった職種は、先ずご自分が輝いて、それを羨むお客に夢を見せるものでしょう?

あなたの今の美しさを損なうことなく、今後も安心してお仕事が続けられるように、はなはだ生意気ではありますが、意見を述べさせていただきました。

その迷惑料も兼ねて、どうか受け取ってはいただけませんか?」


「・・何時か、たとえどんなに時間が掛かっても、このご恩は必ずお返しします。

有り難うございます」


「僕は既に、吉永さんのことを大切な友人だと思っています。

その友人同士で、恩がどうとか言うのはもう止めましょう。

相手が困っていたら、できる範囲で助け合う。

それで良いじゃありませんか。

それから、仲間内の食事会には遠慮せずに参加してくださいね?

費用が掛かるようなことは決してありませんから、お時間が空いていれば是非」


何だか照れ臭くて、それだけ告げると店を後にした。

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