第26話
美冬と同居を始めてからも、毎日欠かさずダンジョンに入っていたせいで、その後の1週間で、熊本県の白地図を塗り潰し、完全攻略を成し終えた。
魔宝石の値段が1000円以下の魔物は見逃したので、県全体で倒した魔物の総数は、約10万体。
やはり奈良や京都、三重ほどのレベルではなかったので、魔宝石の売却金額も、総額で7億円ちょっとだった。
ただ、ドロップ品は既に2000以上のアイテムを手に入れており、武器屋のお姉さんの店に売りに行ってはいるのだが、以前ほどのペースでは売れていない。
その理由は、彼女の拘りにある。
『今後はさ、装備を売る際にも、探索者カードの呈示を求めることにしたのよ。
そうしないとさ、折角皆に武器が行き渡るように安価で売っているのに、同業者が大量に買って、それで大儲けしちゃうの。
だから一度に売る数も、同じ種類の物なら2つまでに制限したしね。
うちはネット販売でも、クレーム対策のために、1回店まで顔を見せに来た人にしか売らないから、今後は今までのように大量には売れないと思うわ』
そう言われて、これからは月に50個、ランクFの物だけを売ることにしたのだ。
その上で、良い装備を求めるお客が来た場合には、俺に連絡を入れて貰って、その都度個別に売る事で話が付いた。
単に金儲けをするだけなら、彼女以外の店にも高値で売れば済むのだが、俺は彼女の考えに共感して協力しているから、今後も彼女以外の店に装備を売るつもりはない。
幸いにも、アイテムボックスの容量は、俺の精神力に比例して拡大しているようなので、ドロップ品を幾らストックしておこうが、今の所、全く問題がない。
美冬との日常生活も順調で、まだ彼女とは再度一緒にダンジョンに入ってはいないが、夕食は毎日2人で取るし、洗濯や掃除も完璧にやってくれるし、朝は彼女の通学を見送ってから風呂に入り、夕方美冬が帰宅してからダンジョンに入る。
洗濯物を乾燥機から出して畳んでいる彼女に、俺の物と一緒に洗って平気なのかと尋ねたが、『何でそんな事を気にするの?』と逆に質問されてしまった。
俺の下着と自分の下着を一緒に洗濯しても、彼女には一向に気にならないらしい。
だがそんな美冬との間に、1つだけ、とても大きな問題が生じた。
土曜の昼に、いつものように南さん達が訪ねて来て、3人でダンジョンに入った後、当然のように彼女達が俺と一緒に入浴し出したのを見て、彼女が固まってしまったのだ。
美冬と南さん達が初めて会った時、彼女の顔を凝視する美冬に、南さんは言った。
『あら、凄くかわいい
和馬の彼女?
初めまして。
私は伊藤南。
ダンジョン庁の現長官で、和馬の探索者仲間。
将来はもう1つ、彼に関する肩書が増えるけど、とりあえず宜しくね』
南さんと百合さんの
『初めまして。
和馬と一緒に暮らす事になった、柊美冬です。
今は彼の親友、かつメイドとして、この家で働いております。
宜しくお願いします』
『メイド?』
『はい。
両親を亡くして生活に困っていた私に、彼が仕事を世話してくれたんです』
『・・ふ~ん。
もう和馬と寝たの?』
『!!
・・まだです。
私は処女ですから』
『あら、そうなの。
じゃあ大切にしないとね』
俺はその会話の最中、黙って見ているくらいしかできなかったのだが、3人での入浴後、美冬が固まっているのを目にして、彼女にはまだ説明していなかった事に気が付いた。
南さん達がやれやれといった表情で髪を乾かす間、俺は美冬を自分の部屋に連れて行き、丁寧に説明した。
彼女達とは、あくまでも探索者仲間で、とても親しい友人同士でもあること。
俺の秘密をほとんど教えた唯一の存在で、共に探索者として高みを目指す仲間であること。
彼女達2人は恋人同士で、俺とは何もないこと。
一緒に風呂に入るのは、彼女達なりのお礼でもあり、スキンシップでもあること。
2人に身体を洗っては貰うが、決して厭らしい真似はしていないこと。
俺の話を、その顔を見つめながら聴いていた美冬は、やっと身体の
『和馬とダンジョンに入るようになったら、私も君と一緒にお風呂に入る。
私は君の1番近しい存在なんだから、そうじゃないとおかしいでしょ?』
そう言われてしまっては、南さん達と共に入浴している以上、俺には拒否できない。
ただ、そうは言いつつも、彼女にも心の準備が必要らしく、学校の冬休みが始まるまでは、一緒にダンジョンに入るのを控えていた。
そして今日、12月25日のクリスマスに、到頭美冬がダンジョンに一緒に入ると言ってきた。
前日のイブには、松濤にある馴染みのレストランの個室を利用して、理沙さんと美保さん、南さんに百合さん、そして俺と美冬の6名で、食事会を催した。
本当は吉永さんも誘ったのだが、俺だけではなかったからか、『今回はご遠慮させてください』と辞退されてしまったのだ。
ジビエを楽しみながらの食事会は、数本空けたワインのせいもあって次第に話が弾み、最後には皆がかなり打ち解けた雰囲気で終わりを迎えた。
店にタクシーを呼んで貰い、理沙さん達や南さん達を見送った後、俺と美冬は2人だけで夜道を歩き、家まで帰って来た。
そして彼女が自室で休む前、次は何処を攻略しようか考えていた俺の部屋にやって来て、『明日、和馬と一緒にダンジョンに入りたい』と告げたのだ。
無理をしているような素振りはなく、極自然に微笑んでいたので、俺も『そうか』としか言わなかった。
新たな攻略先を和歌山県に決めた俺は、その日はダンジョンに向かわずにそのまま眠りに就いたのだった。
「恰好だけなら私もいっぱしの探索者だね」
武器屋のお姉さん、これまで名前を聴かなかったのでそうとしか呼べなかったのだが、美冬が挨拶して初めて判明した彼女の苗字、瀬戸さんの店で、美冬用の、女性が着用するタイプの防護服を3着購入し、その内の1着を装備した美冬が今、俺の隣に立っている。
男性用の物とは違い、女性用の防護服はデザインにも凝っていて、胸や腰、脚のラインが比較的奇麗に出るように工夫されている。
長身でスタイルの良い彼女の身体の線が、これでもかというように浮かび上がっていて、随分と目の保養になる。
武器は俺の在庫から、ランクCの長剣と、小さな円形の盾を渡した。
そしてダンジョンに行く前に、彼女には、俺が特別な宝箱から入手した『生命力を僅かに上昇させる品』を5個食べさせた。
1つ当たり300上昇したので、彼女の生命力は今、2000近くある。
なので、いつもの入り口から入りはしたが、転移で島根に跳び、そこで1500円クラスまでの魔物を狩ることにした。
初めての転移に、文字通り、開いた口が塞がらぬ彼女であったが、俺がニヤッと笑うと少しムッとして、慌てて表情を取り
「美冬に攻撃が当たらないようにはするが、自分でも気を付けるようにしてくれ。
直ぐにでもこのクラスは卒業できるようにな」
「うん、頑張る」
それから約4時間、彼女の体力と相談しながら、魔物の居る場所まで転移を繰り返しては、できる限り戦って貰った。
やはり素質は高かったようで、この日だけで、弱い相手とはいえ、ダークウルフ以上の魔物を相手に、彼女は70体もの戦果を挙げた。
ほぼ戦闘初日と言っても差し支えない美冬のために、この日はそれで切り上げ、自宅に戻って風呂に入る時間がやって来た。
脱衣所で僅かに躊躇いを見せた彼女に、『無理をしなくて良いぞ』と声をかけたら、
シャワーを浴び、浴槽に浸かっていると、全裸の彼女がタオルを手にしながら入って来る。
色白で、起伏に富んだその身体に、思わず目を奪われる。
大きな胸の頂に在る、美しい桜色の突起と、白い肢体とは対照的な、下腹部の淡い陰り。
最早芸術と呼んでも誰からも異論は出ないであろうその姿に、暫しの間、時を忘れて見入る。
「そんなにじっと見られると、さすがにまだ恥ずかしい」
消え入るようなその言葉に、俺は正気を取り戻して詫びた。
「済まない。
何と言うか、言葉も出ないくらいに衝撃的だったから・・」
「女性の裸を見るのは、これが初めてじゃないでしょ」
こちらに歩いて来ながら、手に持っていたタオルを俺の頭に載せると、吹っ切れたようにシャワーを浴び始める。
「少し間を空けて」
未だ完全には衝撃から立ち直れていない俺にそう声をかけて、脚を伸ばしていた場所に身体を沈めてくる。
向かい合って、長めの黒髪が湯に浸かって広がらないように、俺の頭からタオルを取って髪に結んだ。
「随分と大きいんだね」
「お互い様だろ」
其々の性別を象徴する部位に目を遣り、2人して苦笑いする。
「・・あのさ、私が欲しい?」
「・・・」
「私、君なら抵抗しないけど、できればもう少しだけ待ってくれると嬉しいな。
君と愛し合うのに、避妊具なんて使いたくないからさ、学校を卒業して、ずっと君の側に居られるようになるまで、待っていて欲しいんだ。
それまでは、こうして一緒にお風呂に入るだけで我慢して欲しいの。
自室に戻ってからは、幾らでもおかずにしてくれて良いからさ。
ごみ箱を整理する際に、文句なんて言わないし。
・・無理かな?」
美冬がはにかむように、そう口にする。
「僕は元々、美冬に手を出すつもりなんてなかったんだ。
だからそんな心配をしなくても良いよ。
君にはいつも、笑顔でいて欲しい。
何の不安も無く、自由に過ごしてくれればそれだけで良い。
そりゃ、僕も男だから、美しい女性の身体には興味があるし、自然と目が行ってしまうこともある。
けれど、大事な人に嫌な思いをさせてまで、何かをするつもりはないよ。
風呂だって、南さん達はともかく、他の日は1人で入るから。
ごみ箱の件は、何の事か分らないな」
努めて穏やかに、彼女が負い目を感じないように気を配る。
「違うわ、そうじゃないの。
私は嫌だなんて一言も口にしてない。
和馬となら良いと言ってるの。
・・本当は私だって、直ぐにでもそうしたい。
でも高校くらいは卒業しておきたいし、今からそんな事に溺れてしまったら、陸な大人にならないとも思うから。
余計な刺激を与えないように、お風呂も別に入っていたけれど、君と一緒に入る南さん達を目にして、彼女達に取られてしまうと不安を感じたから、お風呂だけは共に入ることにしたの。
忘れないで。
私は和馬が好きなの。
君を愛してる。
親友で、心の友で、将来は人生の伴侶にすらなりたいの。
あの日、君が私にかけてくれた言葉の数々は、今でも鮮やかに、私の中で
俺はそれらの言葉を耳にして、不覚にも涙を流してしまった。
『愛してる』
その言葉を最後に聞いたのは、一体何時だっただろう。
母親からなのは間違いない。
その言葉が俺に
幸福のみが存在した、懐かしい風景と共に在る。
おいおい、未だに吹っ切れてないのかよ。
まだ心の整理がつかないのかよ。
強くなった気でいても、俺はまだまだガキなんだな。
不意に、顔全体を、柔らかな何かに包まれる。
温かく、優しいその温もりが、俺の涙腺を更に
それから暫く、浴室には何の音もしなかった。
「俺が泣いた事は、他の皆には内緒な?」
風呂から出て、髪を乾かした後、美冬が淹れてくれた珈琲を飲みながら、彼女にそうお願いする。
「うん。
誰にも言うつもりはないよ。
私だけの、素敵な思い出だもの」
「いや、できれば忘れてくれ」
「それはお断り。
絶対にやだ」
「・・美冬が浴室で話してくれた件についてだけど、君の言う通りにしよう。
僕達には、やはりまだそういう事は早い。
お互いが、自然な形でそうしたいと思えるまで、今の暮らしを続けていこう。
僕も未熟でしかないと分ったし、攻略すべきダンジョンはまだまだ広い。
君にも何時か、他に良い人ができるかもしれないし・・」
「パーン」
「?」
「君を引っ
次に口にしたら、本当に殴る。
『忘れないで』って言ったばかりなのに・・」
対面に座っていた彼女が腰を上げる。
「珈琲を置いて、上を向いて」
どういう意味か分らないが、言われた通りにすると、美冬が俺の唇に、自身のそれをしっかりと重ねてくる。
1分程経ってから、ゆっくりと離れた彼女は、呆然とする俺に
「
予約済みね。
それと、私は心が広いから、理沙さん達と南さん達のお願いには反対しないよ?
君の判断に任せる」
「・・初めてだったのに」
「私だってそうだよ!」
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