第25話

 「・・という訳で、今後はこの美冬と一緒に暮らす事になりました。

美冬が借りていた家を管理する不動産屋が敷金を返さない場合、若しくは図々しくも追加負担を要求してきた場合は、裁判で争うので弁護を宜しくお願いします。

退去時の写真撮影は既に済んでおりますので、女の一人暮らしだからと馬鹿にして、払う必要のない負担を上乗せしてくるヤクザな不動産屋は、この際徹底的に痛い目に遭わせてやります。

また、彼女の母親が負っていた負債は、既に全額返済が完了しています。

これについては、形式上は僕が立て替え、美冬が月々返済しているという形にして、彼女が払う所得税を幾らか軽減できないか検討してください。

なお、彼女に支払う給料は、僕の経営する有限会社の経費で落とします。

以上、宜しくお願いします」


「・・あなた、このに手を出したの?」


理沙さんが、怒ったような顔で俺をにらむ。


「まさか。

僕達は二人共、まだ清い身体です。

理沙さん達のように、○○○○いません」


「何て言ったのよ?」


「ご想像にお任せします」


「和馬君さ、いい加減にしないと、その内理沙に襲われるよ?

私達だって、30くらいまでにはどちらかが子供を産みたいしさ。

私が相手になった方が、理沙の仕事に響かなくて助かるんだけど?」


「子供!?」


今度は美冬が驚いている。


「初めまして柊さん。

私は藤原美保。

和馬君の顧問税理士で、探索者仲間でもあります。

和馬君には、女性同士のカップルである私達のために、子種を分けてくださいとお願いしているだけなので、あまり気にしないでくださいね?

決して彼の財産目当てで、そう頼んでいる訳ではありませんから」


「はい、それは分ります」


美冬が美保さんの顔を見て、そう断言した。


今朝家に帰って来ると、美冬が『おはよう』って笑顔で迎え入れてくれた。


俺も元気に挨拶を返したら、何だか怪訝な顔をされたので理由を尋ねると、『疲れてないの?』と聴かれたので、俺の『自己回復(S)』について少し説明した。


2週間くらいなら全く寝なくても平気だと教えたら、『もう人間を止めてるのね』と呆れられた。


そしてその際、彼女の能力についても教えて貰ったのだ。


『ダンジョンに入ってから、人の善悪や感情が分るの』


そう聴かされた時、間違いなく固有能力だと思った俺は、美冬の許可を得て、その能力値を見させて貰った。


______________________________________


氏名:柊 美冬


生命力:410


筋力:66


肉体強度:73


精神力:157


素早さ:41


固有能力:【分析】


______________________________________


やはりな。


日本では、俺に続いて2人目じゃないか?


各能力値も平均より相当高いが、これには『人材育成』で得た、ダークウルフ52体分の経験値の100分の1が含まれているだろう。


俺の【真実の瞳】についても彼女に教え、これらの能力は他人には絶対に口外しないよう言い含めておいた。


「・・暫くはきちんと避妊をしなさいよ?

彼女、まだ高校生なんでしょう?

望まぬ子供ができて泣くのは、いつも女性の方なんだからね」


理沙さんが、まだ不満そうではあるが、そう気遣いを見せてくれる。


「僕達はそういう関係ではありません。

親友、心の友ですから。

彼女が嫌がる事は決してしませんよ」


「こんなかわいいと2人きりで一緒に住んで、我慢できるの?」


「大丈夫です。

彼女にそう約束しましたから」


理沙さんが美冬の顔を見る。


「・・・」


美冬は何か言いたげだったが、結局何も口にしなかった。


「・・少し彼女と話をしたいから、席を外してくれる?」


理沙さんが、俺の顔を見てそう口にする。


「分りました」


「美冬、僕は建物を出た所で待っているから」


「ええ」


俺はそう告げると、1人で外に出た。



 「時間を取らせて御免なさいね。

あなたに言っておかねばならない事があるから」


「いえ」


「あなた、親類は全くいないの?」


「私は一人っ子ですし、両親の親は既にどちらも亡くなっています。

父の方は、共働きで40近くになった頃の子供だという事で、共に老衰で亡くなりました。

母の両親も、祖父は老衰で、祖母は病で亡くなっています」


「その他の親類は?」


「父方にはいたそうですが、私が生まれる前に何かトラブルがあったようで、私は一度も会った事がありません。

母には兄弟姉妹がおりませんので」


「もう聴いてるかもしれないけれど、和馬君にも身内は誰もいないの。

敬愛していたご両親が事故で亡くなり、たった一人になった彼は、暫く自己の殻に籠って、心身を鍛えることにしか興味がなかったわ」


美保が淹れ直してくれた珈琲を口にしながら、私は更に言葉を紡ぐ。


ここからは、少し厳しい事を言わねばならない。


「憧れていた探索者になったことで、最近は大分明るくなって、人とも積極的に接するようになってきた。

だけどね、その反面、これまでの反動が出たみたいに、彼は自分が気に入った人達に過剰な投資をして、その側に置くようになったみたいなの。

私達もそうだけど、あなたを含めてもう1人いる。

私はね、和馬君が大好きよ。

初めは仕事上の付き合いでしかなかったけれど、4年近く経った今では、自分の弟のようにかわいいわ。

彼から子種を貰って、私達の子供として育てたいくらいにね」


「それは、性の相手として見ているのとは違うのですか?」


私の顔を真剣に眺めていた彼女が、そう尋ねてくる。


「違うわね。

私には美保がいて、お互いに愛し合っている。

私達は本来、男性を性行為の相手としては見ない。

和馬君のことは、あくまでかわいい弟、精子の提供者として見ているの。

美保はどうか知らないけどね。

ただ、生まれて来る子供に悲しい思いをさせないように、ビーカーに入れて貰った精子を、無造作に注入するような真似はしたくない。

危ない日にきちんとどちらかを抱いて貰って、子供を授かりたいの」


「彼はそれを了承しているのですか?」


「いいえ、まだよ。

あの通り真面目な子だから、『僕の一存では決められません』と言ってるわ。

大方、自分の恋人になった女性に、きちんと了承を得てから答えたいのでしょうね」


彼女が微笑むように、口元を緩める。


「私があなたに言いたい事はここから。

・・お金目当てだったら、絶対に許さないわよ?」


笑顔を作りながら、眼だけで警告を促す。


「そう言われるのは仕方ないと思っています。

実際、彼には既に2000万円を負担させていますし、両親のお墓の費用も出して貰うことになっていますから。

・・でも、私は彼と共に歩みたいから、一緒に暮らし始めたんです。

自惚うぬぼれではなく、私は人より大分優れた容姿をしていますから、これまでそれを目当てにした男性達から嫌な視線に晒され続けてきました。

最初は少しだけ、彼もそうじゃないかと疑いましたが、今はもう、誰よりも、心の底から和馬の事を信じ、頼りにしています。

今の私には、彼の身の回りのお世話くらいしかできないけれど、どんな時にも側に居て、彼の癒しになれたら良いと思っています」


「・・そう。

なら問題ないわ。

私達にはできない、『女』としての愛を、彼に沢山教えてあげてね」


「認めていただき、有り難うございます。

自分のペースで、彼と仲良くなれるように頑張ります」


良かった。


とても良いみたいで安心したわ。



 「お待たせ」


「理沙さんに何を言われたの?」


「別に大した事じゃないわ。

私達2人の大事な君を宜しくって。

まるで家族のように愛されてるみたいね」


「まあ、彼女達には実際に色々とお世話になっているから」


「次は何処に行くの?」


「スマホを買って、その次は家具や家電用品を買いに行こう」


「スマホは家電と同じ所でも買えるんじゃないの?」


「彼らのノルマに協力してあげるのさ。

その代わり、こちらも1円で良いスマホが手に入るから、ギブアンドテイクだね」


「何でそんな値段にしてまで売ろうとするんだろうね?

ノルマを達成してメーカーからの報奨金が入らなければ、大赤字なんでしょう?」


「電子決済の企業と同じで、無理な顧客の奪い合いをしているからさ。

只だの1円だので誘い込んだ客なんて、その期間が過ぎれば直ぐに他へ移るのに、市場を独占した後、値を釣り上げて大儲けしようなんて愚かな欲をかいているんだよ。

唯一無二のサービスでもなければ、そんな事は成り立たないのにね」


「でもそれが結果的には、貧しい人達のプラスになっているのよね?」


「それは否定できないけれど、人々に物やサービスが只だと思い込ませるのは得策じゃない。

まともな商売をしている人にまで迷惑が掛かる。

そしてそれは、巡り巡って自分達にも返ってくる。

何処だかの大手企業が、そこに連なる店が古本を1円で売ることに目をつぶったあおりで、街の古書店でも値段を下げないと本が売れなくなった。

大手企業に連なる店は、売り値は1円でも、送料という名目で1冊ごとに数百円を徴収するから、実際には然程損をしていない。

なのに店を構えて商売するがわは、ほとんどが対面であるため、その送料という裏技が取れずに衰退していく。

そして客の方でも、他店の売値が1円か数十円でしかないなら、自分が売りに持ち込んだ価値ある本でさえ、それ以下の値段でしか引き取って貰えなくなる。

先進国の意識が高いと言われる人々は、途上国から物を買う時、フェアトレードなんて言葉で高く買おうとするけれど、僕から言わせて貰えば、自国のこうした歪みにも、もっと目を向けるべきなんじゃないかと思うよ。

今は先進国を気取っていても、こうした問題を放置していると、その内自分達が落ちぶれていくだけなんだからさ」


「安く売るのが嫌なら、個人でオークションに出せば良いんじゃないの?」


「皆が皆、個人情報にルーズではないんだよ?

ああいう所は、会社形態にでもしていない限り、発送には自分の住所や名前を記載しなければならない。

そうしなければ、もし送り先の住所が誤りである場合、品物が戻って来ないからね。

それが嫌で個人取引に参加しない人は多いんだ」


「間に業者を挟めば良いんじゃないの?」


「その場合は、その業者が売り主の情報をしっかりと調べないと詐欺が多発する。

個人同士の取引なら、買う側は売主に信用がない場合、より慎重になるが、間に企業が入って仲介すると、途端に警戒を解いてしまう。

売り主が、仲介業者に嘘の情報しか与えず、客からお金を受け取ったらドロンなんて話は、実際によくある事だよ?

そうなると、客側はほぼ泣き寝入りさ」


「楽で簡単に稼げるように思っていたけど、色々と問題があるんだね」


「何時の時代も、本当に楽して稼げるのは、悪事を働いて他人に迷惑を掛ける側だけさ。

今ではそこに、探索者が加わるかもしれないけどね。

『魔物を狩るだけの、簡単なお仕事です』ってね」


「それは君みたいに、特別な人だけでしょ。

さ、遅くなるから早く行こう。

今晩は何を食べたい?

序でに食材も買っていこうよ」


「寿司か刺身。

本鮪の中トロが食べたい」


「・・それはお店に入った方が良くない?

女性の指先は男性のよりも温度が高いから、本来は寿司職人には向いていないの」


街を歩く2人は、まるで恋人同士のように見えたに違いない。

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