第24話

 「うわっ、何この家!?

・・君は本当にセレブだったんだね」


「僕が、と言うより、両親がですが。

どうぞ中に入ってください」


「お邪魔します。

・・リビングだけで、私の家全体より広い」


「掃除の遣り甲斐があるでしょう?」


「きっと昼間は凄く陽当たりが良いんでしょうね」


「柊さんの部屋にご案内します」


「あのさ、私達、もう友達だよね。

しかも親友、心の友。

だから私に敬語を使う必要はないから。

それから、私のことは美冬と呼び捨てにしてくれる?」


「良いんですか?」


「君なら良いよ。

その代わり、私も君を和馬と呼ぶよ?」


「勿論」


2階に行くと、空いている2部屋を彼女に見せる。


「わあ、広くて陽当たりも良さそう。

・・ねえ、君の部屋は何処?」


「3つ並んでる、1番手前です」


2階には、俺の部屋を含めた3部屋と、トイレ、衣装室を兼ねた物置がある。


「じゃあ私の部屋は、その隣が良い。

・・それからさ、内鍵の件だけど、あれ、もう良いや。

このドア高そうだから傷つけるの勿体ないし。

ただ、私の部屋に入る時は、必ずノックをして、その返事を待ってね?

身だしなみの時とか、あまり人に見られたくないの」


「分りました。

気を付けます」


8畳程の広さに、エアコンが付いた、今は何もない部屋を彼女は選んだ。


「・・君の部屋も見せて貰って良いかな?」


「ええ。

そう大した物はありませんが」


扉を開けて見せてあげる。


10畳程の広さに、ダブルベッドと60インチのテレビ、机とパソコン、ソファーにテーブル、下着などの部屋着が入った衣装ケースが置いてある。


「・・和馬ってさ、もしかして、女性経験あるの?

因みに私は処女だけど」


美冬がダブルベッドを見ながらそう呟く。


「いやいや、僕もまだ童貞ですよ。

体が大きいから、シングルだと寝苦しくて」


「何だ、そっか。

君の部屋の掃除はどうする?」


「床の掃除機かけと、掛布団干しを偶にして貰えればそれで」


「この家、全てフローリングだから、掃除がし易くて助かるな。

畳だと手入れが大変だから。

・・それからさ、見られたら不味い物は何処?

そこは触らないから」


「もしかして、エロ本とかの事を言ってます?」


「・・うん」


「ありませんよ」


「え?」


「今時そんな物を買っているのは、ディープなオタクくらいだと思いますよ?

紙の媒体なんて、嵩張かさばるだけじゃないですか。

コレクションじゃないんですから」


「そうなんだ。

クラスの達がさ、よく彼氏の部屋で見つけて、ショックしたとか話してたから・・」


「高校は共学なんですか?」


「ううん、女子高。

だから会話も明けっ広げなの」


「1階も案内しますよ。

気を付けて欲しい場所があるので」


下に降りて、両親の部屋だった場所に彼女を連れて行く。


「ここと、その向かいの部屋は、亡くなった両親の部屋なんです。

まだ心の整理がつかなくて、当時のままにしてあるので、ここは掃除しないで結構です」


「・・うん、分った」


キッチンに連れて行く。


「お店の厨房みたい」


「今はほとんど使っていないので、美冬が好きに使用してください。

大きな荷物となる買い物くらいは僕がしますから、必要があれば、メールしてくださいね?」


「・・御免、私スマホ持ってないの」


「え?」


「月々の使用料が負担だったから、この間解約しちゃった。

探索者になるから、もう要らないかなって。

家に固定電話があるしね」


「明日買いに行きましょう」


「うん」


洗濯機や乾燥機がある脱衣所と、風呂場に案内する。


「・・ここも凄いね。

一度に3、4人は楽に入れそう」


「・・風呂のお湯は毎回抜いてください。

きちんとした掃除は、週に2回くらいでも大丈夫でしょう」


「浴槽が大きいのは嬉しいな。

足を延ばしてもまだ余裕があるね」


1階のトイレも見せる。


「僕と同じトイレを使うのが気になるようなら、其々のトイレを固定しても良いですよ?」


「そこまで気にしないけど、私は朝、こっちを使おうかな。

学校があるから、朝は忙しいし」


まあ、俺は最近、ほとんど使用しないけどね。


能力値の上昇と関係があるのかは分らないが、ここ1つきくらいで、使用したのはたったの2回だ。


探索者になった初めの3、4か月は、まるで要らなくなった物を全て排出するかのように、1日に3回くらいお世話になっていたが、それも半年を過ぎる頃には治まり、今では幾ら食べても催さない。


体内に溜まっているのではなく、どうも全て消化されてるみたいなのだ。


リビングに戻り、珈琲を飲みながら、これからの話を詰める。


あの後、今晩の内に俺の家に案内し、早めに彼女の生活環境を整えようとしたのだ。


「明日は学校に連絡を入れて、休んでください。

朝から色々とやらなければならない事がありますから」


「うん、分った」


「美冬のスマホを購入して、アパートの解約手続きをして、電気やガス、水道、電話も止めないといけません。

それから、金融機関で借金を全額返済し、墓地の購入手続きをして、・・部屋から持ち出したい物は、ご両親の遺骨や服の他に、何かありますか?」


「・・持ち歩ける小物以外は、特にないかな。

元々、それ程物を持っていないし」


「なら引っ越し業者は要りませんね。

不用品を処分してくれる業者を手配します。

アルバイトをしたことがあるなら、銀行口座は持ってますよね?」


「うん」


「クレジットカードは?」


「持ってない」


「銀行系のを作って貰いましょう。

僕が取引銀行に電話をかけて、お偉いさんに頼めば直ぐ作って貰えますから。

その後、店を回って、美冬のベッドや家具、パソコンなんかを揃えますね。

費用は全部僕が出します。

支度金としてね」


「有り難う。

かなり負担させちゃって御免ね」


「明日、美冬の口座に今月の給料50万円を入れておきますから、後で口座番号なんかを教えてください」


「10万円で良いって言ったのに・・。

生活費も負担して貰って、借金まで払って貰うんだし、本当はそれでも多いのよ?」


「どうせ経費で落とせますから。

国に余計に取られるくらいなら、美冬に払いますよ。

あ、そうか!

生活費の分も入れなければ駄目ですよね。

美冬に食材とかの買い物を頼むんだし。

なら毎月、生活費込みで100万円入れておきますね」


「日々の食事に、一体何を食べるつもりでいるの?」


「食材以外にも、女子には色々買う物がありますよね?

生理用品とか・・」


「そんなにする訳ないでしょ」


「まあ良いじゃありませんか。

余ったら交際費にでも使ってください」


「・・金銭感覚が麻痺まひしそう。

気を付けないと」


「0時を過ぎましたし、今日はもう寝ますか?

ソファーでも毛布を掛ければ眠れるでしょうが、冬ですし、僕のベッドで良ければ使ってください。

僕はこれからダンジョンに入りますから」


「これからまた入るの!?」


「ええ。

朝から夕方までは、所によってはごみが出されて不快なので、僕は毎日夕方4時くらいから朝9時くらいまでの間に入ることにしてるんです。

ただ今後は、美冬と夕食を取りたいから、一旦19時くらいに戻って来ます。

朝は何時頃に通学するのですか?」


「ここからだと、8時前には出ないといけないかな」


「では朝も7時には帰って来るようにします。

朝食は、僕は珈琲だけで良いですから」


「・・あのさ、学校がお休みの日は、私ともダンジョンに入ってくれる?」


「お金の心配がなくなっても、ダンジョンに入りたいのですか?」


「うん。

何かあった時のためにも強くなりたいし、和馬と一緒に居たいから」


「分りました。

ただ、夏休みなどの長期休暇はともかく、土日祝日は友人の女性達と4時間くらい入るので、彼女達との時間以外になります」


「友人の女性?」


「ダンジョン庁の現長官と、防衛庁の職員のカップルです。

お二人とも若い女性ですが、彼女達はパートナー同士なので、僕とはそういう関係ではありません。

他にも、僕の顧問税理士である美保さんとも、大体週に1回くらい、平日に3時間程、2人で入ってます。

彼女も、僕の顧問弁護士であり後見人でもある理沙さんのパートナーなので、やはり僕とそういった関係ではないです」


「・・女性ばかりなのね。

まあ、和馬なら仕方ないか」


「今度皆さんに紹介しますから」


「うん。

仲良くなれると良いけど」


「彼女達は素晴らしい女性ばかりなので、きっと大丈夫です」


「寝る前にお風呂を借りても良い?」


「勿論。

ここはもう、美冬の家でもあるのですから。

合鍵を渡しておきますね。

では、いってきます」


「いってらっしゃい」



 大きな浴槽になみなみと湯を張って、手足を存分に伸ばしながらお風呂に入る。


膝を抱え込まなければ入れなかったアパートの湯船と違って、疲れが湯に解けていく。


この1日で、私の人生は大きく変わった。


和馬に出会った事で、運命とも言える扉が開いた。


私には、人の良し悪し、感情が分る力があったようだ。


まだ和馬にも教えていないが、ダンジョンに入った後、急にそれが分るようになった。


彼と話をしていて、その真意を見極めようとした時、彼の顔の横にデータが映った。


その人の善悪の割合が、ゲームの能力ゲージのように横棒のグラフで表示され、善である白い部分と、悪である黒い部分が見えたのだ。


そしてその下に、その時の感情がリアルタイムで表示されていた。


彼の場合、善である白い部分が約90%、悪である黒い部分が残りの10%で、私と会話をしている時は、常に白い部分が点滅していた。


そして感情欄には、友愛、同情、困惑などが表示され、私の甘さを激しく指摘した際だけは怒りと焦燥が加わり、家で共に食事をした際の会話では、親愛と共感、庇護や守護といったものに溢れていた。


この家に来てもそれは変わらず、ご両親の部屋について説明を受けた時だけは、僅かに黒い部分が反応し、他者への憎悪、怒り、遣る瀬無さといった感情が映し出された。


私が彼と一緒に暮らす気になれたのも、彼と共に生きる決断を下せたのも、将来的には愛を交わす相手と意識できたのも、この能力に因る所が大きい。


でも、彼を信じることにした理由は、実はそれだけではない。


彼が魅力に溢れていたからだ。


容姿、能力、性格、経済力。


どれを挙げても申し分ない。


容姿は一目で気に入ったし、ダンジョン内での能力は破格のものだっだし、性格は私との相性が抜群で、大事な所だけはしっかりと詰めて、あとは丸投げしてくれるから、いちいち何かを気にすることなく行動できる。


庇護下に入った途端に細かな所まで指示されるような相手では、息が詰まって長続きしないから。


経済力があり過ぎるのも頼もしい。


父が病に罹ってから、私は母と二人で、お金の大切さが身に染みながら暮らしてきた。


母が倒れたのも、経済的な心労と、働き過ぎの過労に因るものだ。


残された私は、時々掛かってくる借金返済を催促する電話に溜息を吐きながら、陸にバイトすらできずに探索者になるしかなかった。


幸いにも、危ない所からは一切借りていなかったので、そう頻繁には掛かってこなかったし。


和馬の話によれば、私には返済義務がないようなので、あまり強く言えなかったのだろう。


迫り来る家賃の支払い期限と、学校の積立金や生活費の額に現実逃避していた私を叱り、逞しい腕で支えてくれながら、魔物を倒して必要額を稼いでくれた彼。


自分でもかなり恥ずかしかったけど、ダンジョンに入るために中古のダサい服を着ていた私を見兼ねて、お礼と言いながら、新しい服を何着も買ってくれた。


その額は、たとえファストファッションと雖も、10万円を超えている。


そして極め付きは、『契約』という彼の話の内容。


私に愛人になれと要求するなら分る。


それならその辺の金持ちおじさんと同じだ。


だが彼は、単なる家事だけで良いと言った。


高が一高校生のために、2000万もの借金の全額返済に加え、両親のお墓代まで負担してくれる上に、月々50万円もお給料をくれる人なんて、ほとんどいないだろう。


その話の間、彼の感情には、色欲の類が全く現れなかった。


ああ、この人は、本当に私のことを気に掛けてくれてるんだな。


心から心配し、こちらに負担の掛からない道を提示してくれてるんだな。


そう理解できた瞬間、涙が止まらなかった。


『約束』という言葉を用いて、心の準備をしようと考えた私だったが、本当はもうあの時、自分の決心はほぼ固まっていたのだ。


両親以外で、これまで人を愛した事のない私だけれど、彼となら、和馬となら共に生きていける。


私の心が、素直にそう言っていたから。


もう少し湯の感触を楽しんだら、今夜は和馬のベッドを借りて、ぐっすり眠る。


随分と久し振りになる、爽やかな朝の目覚めと、疲れて帰って来るであろう彼に、『おはよう』って笑ってあげるために。

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