第23話

 「どうも有り難う。

まさか今日中に稼げるなんて思ってなかったよ」


「ダークウルフの数が意外と多くて、ラッキーでしたね」


「私、最初に自分のゴブリンとオークを倒しただけで、あとは全く何もしなかったのに、本当にこれ全部貰っちゃっていの?」


「勿論です。

50体くらいだから、僕が倒した方が早いと思いまして」


協会施設で換金した6万5700円を手にした柊さんが、遠慮がちに俺を見る。


「・・それとさ、何だか途中で身体が熱くなった気がするんだけど、どうしてか分る?」


「能力値が上がったからだと思いますよ」


「え?

・・でも、私何の貢献もしてないけど」


「それはまあ、秘密ということで。

それより、ご自分のステータスをご覧になっていないんですか?」


「あ、忘れてた。

ダンジョンの中でないと、見れないんだよね?」


「ええ」


「・・あのさ、お礼の話だけど、何が良い?

エッチな事以外なら、まだそんなに遅い時間でもないし、なるべく聞いてあげるよ?」


「では僕と食事に行って貰えませんか?

お腹が空いていないようでしたら、お茶でも構いません。

僕がご馳走しますから」


「君が払ったらお礼にならないでしょ。

それに、今はこんな恰好だし・・」


あ、自分でもそれは気にしてるんだ?


換金所でも、かわいいからこそ、余計に目立っていたしな。


「敢えて尋ねないようにはしていたのですが、どうしてそんな服装を?」


「ダンジョン内はごみ捨て場でもあるし、凄く汚いって聞いてたから。

だから汚れても直ぐ捨てられるように、リサイクルショップで買った安物の服で入ろうって考えて。

それでも、今の私には結構な出費だったけどね」


恥ずかしに笑う彼女の顔は、やはりこんな服には似合わない。


「では普段はちゃんとした物を着ているのですね?」


「ん?

・・まあ、これよりはずっとね。

ただ、最近また身体が大きくなったし、着られる服はそう多くないかな。

学校には制服で行けるから助かってるけどさ」


「・・僕にするお礼を変更して貰って良いですか?

柊さんの服を買いに行きましょう。

あなたにはもっと似合う服がある。

これは僕の我儘なので、代金は全て僕が支払いますから」


「ええ!?

だから君が払ったらお礼にならないって言ってるのに・・。

それに、そんなにして貰っても、ほとんど何もお返しできないよ?」


「見返りなんて期待しません。

僕が、もう少しまともな服を着た柊さんを見たい。

唯それだけです」


彼女がじっと俺の眼を見つめる。


やけに時間が長い。


「・・分ったわ。

お言葉に甘えてお願いするけど、せいぜいユニクロ辺りにして頂戴ちょうだい

あまり高価な物はやめてね?」


「有り難うございます」


「お礼を言うのはこちらの方でしょ?

おかしな人」


喜んだ俺は、直ぐに近くのユニクロに彼女を連れて行き、女性の店員さんを捕まえて、柊さんの意見を取り入れながら、彼女に似合う服を、下着を含めて上から下まで各数着、コーディネートしてくれるようお願いした。


その際、金額は一切考慮しないで良いとも伝えた。


約1時間後、会計所の近くで待っていた俺の下に、店員さんに連れられた柊さんが戻って来る。


試着も済ませたらしく、その内の1つを身に付けている。


うん、やはり見違えるように綺麗だ。


結構ラフな衣装なのに、それで彼女の美しさを引き立たせているのだから侮れない。


「待たせて御免ね」


「それ程待ってはいませんよ。

それに、女性の買い物はもっと時間が掛かるものだと思っていますから」


セルフレジではあるが、駄目もとで商品を運んでくれた店員さんに会計をお願いしてみる。


柊さんが今着ている商品の値札も彼女が持っているし、その方が速いと判断した。


幸運にも、店員さんは快くそれに応じてくれた。


二流以下の店員だと、決まりだからと、客側の状況や都合を一切考えずに断る者が多い。


サービス業の本質が、一体何処にあるのかすら理解していないのだ。


海外のように、金持ちとそうでない者とを明確に区別しろとは言わないが、客に気持ち良く買い物をさせることすらできないのであれば、そんな店員は居るだけ邪魔だ。


セルフレジに張り付いているのに、処理に困っているお年寄りにすら声をかけないのに、日本語が陸に読めなくて、有料のレジ袋を只で使おうとする外国人には血相を変えて近付いて来る奴になんて、給料を与える意味がない。


店側の心証を悪くしているだけだからな。


現に俺は、そういう奴が居た店には、二度と行かないし。


幾ら金を持っていようと、唯一無二の商品でもない限り、そんな店に金を落とす必要はないのだ。


「・・ねえ、この後、まだ時間あるかな?」


支払いを済ませて店から出た後、柊さんがそう尋ねてくる。


「大丈夫ですよ」


「今日は何から何までお世話になっちゃったからさ、最後に私からきちんとお礼をしようと思って。

大した物は出せないけど、私がご飯作るよ。

うちで食べていって」


「嬉しいですが、良いんですか?」


「ご飯を食べるだけよ?

・・信じているからね?」


「柊さんのご期待を裏切るような真似は絶対にしません」


「うん。

じゃ、付いて来て」


俺は彼女の荷物を持つと、その後ろを歩いて行った。



「ここよ。

狭いけど、中に入って楽にしてて」


暫く歩いた後、路地裏にある、古びた木造アパートの2階の1室に案内される。


彼女がドアを開けると、室内に干してあった洗濯物が目に入った。


「あ、御免。

直ぐに片付けるから、あまり見ないで。

外には干せないからさ」


慌てて下着類を取り込む彼女。


そうだよな。


彼女の下着なら、たとえ危険を冒しても盗もうとする奴は多いだろう。


後を向いて待っていると、今度こそ部屋の中に案内される。


「好き嫌いある?」


「臭う物は苦手ですね。

他は、粘々ねばねばした物も駄目です」


「なら私と同じだね。

オムライスと野菜の煮物、ワカメのお味噌汁でも良い?」


「十分です」


「じゃあ洗面所で手を洗ってうがいして、私の部屋で30分くらい待ってて」


「了解です」


4畳半が二間ふたまと、3畳くらいの狭い台所、それにトイレと浴室。


洗面所は浴室の中にある。


そこに行く途中で、彼女が今使用していない部屋の奥に、白い布で包まれた、2つの骨壺が置かれているのを目にする。


「・・・」


手を洗い、うがいを済ませて、手入れの行き届いた室内を眺める。


外観はボロいが、中はきちんと掃除がされていて、寧ろ居心地が良い。


無駄な物は一切なく、狭い部屋なのに、そこまで窮屈きゅうくつに感じない。


「お待たせ」


失礼にならないくらいに室内を見回していた俺に、柊さんが声をかけてくる。


「テーブルが小さくて御免ね。

このスペースだと、これ以上の物は置けなくて」


そのお陰で、向かい合う彼女の顔が、割と近くにある。


「いただきます」


「どうぞ。

簡単な物しか出せなかったけれど、味は悪くないと思うわよ」


煮物を一口食べる。


確かに美味しい。


オムライスは卵がふわっとしていて、中の具も、鶏肉、玉葱、ピーマン、グリンピースと凝っている。


味噌汁も、きちんと出汁を取ってあり、ワカメを煮過ぎてもいないから、ちゃんと歯ごたえがある。


初めて彼女を見た時、その服装ゆえに少し残念な印象を受けたが、ここに来てガラッと評価が変わった。


それに彼女、思った以上にスタイルが良い。


胸のサイズも、ダウンジャケットで分らなかったが、かなり大きい。


南さんと同じかそれ以上あるから、Gカップくらいありそうだ。


箸の持ち方が奇麗だ。


食べ方に品がある。


父親が病気になる前は、きっとそれなりの暮らしができていたに違いない。


・・このが欲しい。


勿論、性的な意味じゃない。


人として、友人として、仲間として、部下として、どうしても欲しい。


そう考えると、言葉が口から溢れていた。


「いきなりで驚くかもしれませんが、僕と契約しませんか?」


一旦箸を置き、柊さんの顔を見ながら、真摯に言葉を紡ぐ。


「契約?」


彼女は俺が急に真面目な顔をしたので、とりあえず箸を止めて、耳を傾けてくれる。


「はい、そうです。

真っ当な仕事の契約です。

僕の生活をサポートしてくれる、所謂家政婦、メイドさんみたいな仕事です。

現在僕は大きな家に一人暮らしで、食事はほぼ外食、掃除も洗濯も自分でしなければなりませんが、僕は探索者でもあるし、そちらが凄く忙しいので、どうしても適当になりがちです。

なので、柊さんに一緒に住んでいただいて、あなたが学校に通う時間以外の空き時間で、僕の分の食事の用意や洗濯などを、あなたの物の序でにやって欲しいのです。

空き部屋は幾つかあるので、きちんと個室をご用意致しますし、お選びになった部屋には、必ず内鍵を取り付けます。

給料は、毎月固定で50万円お支払いします。

また、あなたが負っている借金、2000万円は、僕が清算致しますし、ご両親の遺骨を埋める墓地も、僕の両親の墓の隣にご用意します。

契約書の作成は、僕の顧問弁護士に、柊さん立ち合いの上でして貰います。

最後に、僕は決してあなたに危害を加えません。

嫌がる事もしません。

それは僕の誇りに懸けてお約束致します。

もしご不安なら、僕が何かした際の、慰謝料についての書類もご用意します。

・・如何でしょう、ご検討いただけないでしょうか?」


話の途中、初めはぽかんとしていた彼女だったが、次第に真剣な表情を見せ、その後はじっと俺の眼を見つめていた。


「幾つか質問させて貰える?」


「どうぞ」


「私の何処がそんなに気に入ったの?」


「性格、人柄、品格、容姿、能力ですね」


「今日1日しか一緒に過ごしていないのに、そこまで私を信用して良いの?」


「大丈夫です。

人を見る眼には自信があるのです」


俺の眼には、今の彼女が青く映っている。


「エッチな事は、一切お断りよ?」


「それは元々メイドの仕事に含まれてはおりません」


「ご主人様と呼ばなければ駄目かしら?」


「それは僕の方で嫌です。

普通に名字か名前で呼んでください」


「私が住む場所は、事前に見せて貰えるの?

一緒に住まないと駄目かしら?」


「勿論事前にお見せ致します。

メイドという仕事上もそうですが、食事や洗濯、掃除の類は、同じ家であなたの分と一緒に済ませた方が楽ではありませんか?

食事の内容は、あなたと同じ物で構いません。

それに、あなたの方でも、家賃が掛からない方が良いのでは?

僕の家に住めば、家賃や食費は要りませんよ?

生活費は一切無料です」


「・・・初めて男性を家に入れたけど、何だか一生分の運を使い切った感じね。

こちらの追加条件次第では、あなたと契約するわ」


柊さんが、俺の顔をじっと見つめながら言う。


「お給料は10万円で良い。

私はプロではないし、学生との両立なら、それでも高い方だもの。

一緒には住むけれど、部屋に内鍵は付けて頂戴。

襲われるとは思っていないけど、私にも、人に見られたくない時間はあるの。

借金の件は、とりあえず君に支払って貰って、その額を後で私が働いて返すことにしたい。

お墓の件も、お願いするけどやはりその費用は立て替えにして貰って、私の給料から返していくわ。

・・生活費は、申し訳ないけど甘えさせて。

その分、一生懸命働くから」


「本当に真面目ですね。

今時、ういませんよ?

借金を肩代わりしてあげると言われて、それを断る人。

働いて返すと仰いますが、手取り10万では、完済までにどのくらい掛かるか分りませんよ?

墓地の値段だって、数百万しますからね。

僕はそれでも一向に構いませんが、何十年も僕に仕えてくれるおつもりなんですか?」


「・・・」


「柊さん、あなたはもっと人に甘えても良いのです。

これまでのご苦労から、あまり他人ひとを信用できないのは理解できます。

一度そうしてしまったら、ずるずると流されてしまうかもしれない。

そう言った不安や恐怖も、大体は分るつもりでいます。

・・ですが柊さん、どうか忘れないでください。

世の中には、少なくとも今ここに、あなたに手を差し伸べたくて、うずうずしている者がいる。

魅力的で健気けなげで、僕を惹きつけて止まない、そんなあなたの少しでもお力になりたくて、恥も外聞もなく、こうしてあなたにお願いしています。

借りを作りたくないのであれば、僕と友達になってくれませんか?

仲間として、共にダンジョンを攻略しませんか?

家族の一員として、一緒に食卓を囲みませんか?

僕と居る時くらい、気をゆるめてください。

気を休めて、穏やかに笑っていてください。

あなたを害そうとするどんな敵からも、如何なる手段からも、僕が必ずお護りしますから」


柊さんが泣いている。


その美しい瞳から、清らかな涙を流し続けている。


「・・和馬君、君さ、私を口説いているの気付いてる?

告白でもしてるのかな?」


「え?

・・済みません。

やましい気持ちは全くなく、純粋に胸に宿る想いをお伝えしていました。

嫌な思いをさせてしまったのなら、心からお詫び致します」


「契約、いいえ、・・『約束』をしましょう。

私と君は、たとえ何があっても友人同士。

お互い最も近くに居て、何でも話せる間柄。

そして3年後、私が二十歳になった時、再度、新たな『約束』をしましょう。

その内容は、その時の2人の気持ち次第。

一体どんな中身になるかは、それまでのお楽しみ。

・・それでどう?」


そんな笑顔で言われたら、俺にはうなずくことしかできない。


「分りました。

ですが、給料は払わせてくださいね?

それから、借金も清算しますよ?」


「フフフッ、君も相当頑固だよね。

分った。

それでお願いするね」


俺はこの日、掛け替えの無い相手と、絶対に破る事のできない『約束』をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る