第22話

 「・・という訳でして、手続きの方、宜しくお願いしますね」


「あなた、その女性に手を出したの?」


「まさか。

ちゃんとしたビジネスのお話ですよ」


「金額がまるで釣り合っていないわよ?」


「僕がそれだけの価値が有ると判断したのですから、別に良いじゃありませんか。

それに、最近また資産が増えたので、理沙さんにも依頼をお出ししますから」


「弁護士はね、不動産鑑定士とは違うのよ?」


「なら別の人に頼みますよ?

『不動産を探すだけの、簡単なお仕事です。報酬は1000万円、成功報酬2000万円』で募集したら、きっと1日でかなりの人が応募してきますけど・・。

良いんですか?」


「誰もやらないとは言っていないでしょ」


「和馬君、理沙はね、焼餅を焼いているだけなの。

あなたを取られそうだから、心配してるのよ」


「美保!」


「何だ、そうだったのですか。

安心してください。

僕は今の所、誰のものでもありませんから」


「・・童貞が偉そうに」


「あ、今のは差別発言です。

自称正義の味方、他称お金を払ってくれる依頼人の味方である弁護士が、差別発言をしました。

世の清い男性達を侮辱しましたね?」


「差別ではなく区別です。

女性経験があるかどうかで分けただけですから。

それを言ったら、『処女』という言葉だって差別に当たるでしょ」


「2人とも、仲が良いのは結構だけど、そろそろお仕事の話に戻りませんか?

私にも仕事があるので・・」


「「・・はい」」



 兵庫の攻略を終えた俺は、次の目標を熊本県に設定した。


阿蘇神社である。


熊本県のダンジョン入り口数は、94個。


かなり多いが、今の俺なら1か月も掛からずに完全攻略できるだろう。


とりあえず、羽田から飛行機に乗って熊本空港まで飛び、そこから1番近いダンジョンの入り口を探して中に入る。


折角なので熊本城辺りを探索すると、やはりそこにはユニークが存在した。


武将姿のユニークからは、『築砦ちくさい』の特殊能力を得られ、それは『土魔法』の中に収められた。


これ、どういう状況で使うんだ?


現状では全く意味を持たない能力なんだが。


まあでも、能力を頂いたのだから、有難く思わないとな。


その後、一定レベル以上の魔物を倒しながら直進し、阿蘇神社辺りまで辿り着くが・・あれ、もしかしてない?


特別な宝箱は存在したが、中身は『肉体強度を僅かに上昇させる品』だった。


・・まあ、そういう事もあるよな。


確証があった訳ではないし。


『異界の扉を開く鍵』が全部で何個あるか分らない俺は、この時少し焦りを感じて、その日の内に、熊本県の怪しいと感じた場所を全て回った。


球泉洞、霊厳洞、風流島、永田寺、青井阿蘇神社、上色見熊野座神社。


県内を、魔物を倒しながらひた走り、最後の上色見熊野座神社辺りで到頭それを見つける。


縁結びに関係ないような場所も複数あったが、焦っていてそこまで深く考えなかった。


嬉しい事に、この場所にはユニークも居て、鬼のような魔物から『良縁』の特殊能力を得られた。


『人との縁に恵まれる』との能力で、『幸運・改』の中に収まった。


他の場所からは、其々特別な宝箱が見つかり、霊厳洞では『Sランク。太刀。小太刀と一緒に用いると攻撃力増』と『Sランク。小太刀』の2つが出た。


この日はこれで満足して家に帰り、風呂に入るとさっさと寝た。



 翌日、夕方4時過ぎに、いつもの場所からダンジョンに入り、熊本まで転移しようとした俺の耳に、女性の大声が聞こえてきた。


「もう、何でこんなに居るのよ!

いい加減死になさいよ!」


興味を惹かれて現場に近寄ると、若い女性がゴブリンやオーク達と戦っていた。


ただ、彼女1人に対して、相手の数は3体。


しかも、少女の武器は木刀だ。


装備も貧弱で、ジャージの上から安物のダウンを身に付け、靴はスニーカー、そして野球帽を被っている。


一般人よりはかなり能力値が高そうだが、戦い慣れていないせいか、結構押され気味で、このままだと危ないだろう。


「助けが必要ですか?」


少し大きな声で、彼女に声をかける。


「!!

お願い!」


俺に気付いた彼女が、間髪入れずにそう叫ぶ。


俺は直ぐに3体の内の2体、オークとゴブリンを蹴り上げ、消滅させる。


「1体なら大丈夫でしょ?」


「ええ、有り難う」


残ったゴブリン1体を、彼女が木刀で連打して消滅させる。


「ふう。

危なかった」


襟元に巻いていた厚手のタオルで、額の汗を拭く彼女。


俺は改めて彼女を見つめる。


・・何ていうか、非常に勿体ない。


顔は凄くかわいいし、今は着脹きぶくれしているが、スタイルも相当良いだろう。


身長184センチの俺と並んでも、12、3センチくらいしか違わない。


なのに・・おっさんが着るような薄汚れたダウンジャケットに、学校の体操着のような上下のジャージ、両手には作業用の白軍手、そして子供が被るような野球帽。


首に巻いていた厚手のタオルも、かなり使い込んである。


スニーカーも、その辺のスーパーで1000円くらいで買えそうな安物だ。


「有り難うね。

初めてダンジョンに入ってみたけど、言われているよりずっと奇麗でさ、調子に乗ってゴブリンを狩ってたら、その内に囲まれちゃって。

正直、君が来てくれなかったら危なかったかも」


人見知りしないようで、初対面の俺にも平気で話しかけてくる。


「怪我してないですか?」


「大丈夫。

2、3発貰ったけど、あざくらいで済んでるはず」


「痛くないのですか?」


「そりゃ痛いけど、ここはダンジョンだし。

命の遣り取りをする場所だから・・」


「何処をやられたんです?」


「ん?

・・左腕の上部と、右足を少しね」


俺はこの時、普段なら考えられない行動に出た。


「僕が今からする事に、決して騒がないでください。

誓って、あなたに危害を加えるような事はしません」


「・・何をする気?」


「治療です」


先ずは結界を張り、その後、彼女に近付く。


「腕のこの辺りですか?」


怪我をしたという場所の辺りを指差す。


「うん、大体そう」


『治癒』を使ってみる。


使うのは初めてだが、服の上からでも効果があるだろうか。


「・・どうです?」


「・・嘘っ、痛くない!」


腕をぐるぐる回した彼女は、次は押して試すが、何ともないようだった。


「次は右足ですね。

太股とすねのどちらです?」


もも


そこに手を当て、同じ様に『治癒』を使う。


「・・もう平気ですか?」


「・・うん。

大丈夫みたい」


立ち上がり、彼女に声をかける。


「初めて入るのに、1人で入ったのですか?」


「・・友達は少ないし、その達は、ダンジョンに入る必要のない人達だから」


「そういうあなたはどうしてダンジョンに?」


本当は聴くまでもないことだ。


彼女の恰好を見れば分る。


「はは・・生活費のために・・ちょっとね」


「幾らくらい必要なんですか?」


「とりあえず・・今月中に最低6万円かな。

家賃を払わないと、追い出されちゃうから」


「・・ゴブリンやオークの魔宝石が、一体幾らで買い取って貰えるか、ご存知ですか?」


「え?

・・500円くらい?」


「100円です。

オークで150円」


「ええ!?」


「ゴブリンだと、600体以上は倒す必要がありますね」


「そんな~」


「手伝いましょうか?」


「・・条件は何?

言っておくけど、エッチな事はお断りよ」


「そんな要求しませんよ。

何も要らないです」


「只より高い物はない。

本当は何がして欲しいの?

見た通り、お金もないわよ?」


「なら僕と話をしませんか?

あなたは随分個性的なので、非常に興味があります。

戦いながらでも結構ですから」


「・・それだけ?

パンツを売れとか言わない?」


「言いませんよ!」


「・・まあ、君なら大丈夫か。

多分、同じ年くらいだよね?

幾つ?」


「16です」


「なら私と1つ違いだね。

私は17、高2だよ」


「最初に1つだけ聴いておきたいのですが、僕が魔法を使っても、然程驚きませんでしたよね?

どうしてですか?」


「探索者の中には、魔法使いがいるって知ってたし」


「その数がどれくらいなのかもご存知ですか?」


「ん?

・・1万人くらい?」


「ああ、成程。

理解しました」


「今馬鹿にしたでしょ」


「いいえ」


「私はついこの間まで一般人だったからね。

上っ面の知識しか持ってないの」


「普通のアルバイトをしようとは思わなかったのですか?」


「勿論そう思ったし、実際に幾つかやってもみたけど、長くは続かなかったのよ。

・・どの店のどの従業員も、私の容姿にしか興味ないみたいに、露骨に擦り寄って来るの。

お金に困ってると知ると、それを餌に、直ぐいやらしい要求を持ち掛けてくるしね。

女子達は女子達で、私ばかりが男性からちやほやされるから、面白くなくて嫌がらせをしてくるし。

バイト帰りで夜遅い時間に街を歩けば、変な奴らに声をかけられて、風俗で働かないかとしつこく誘われてうんざりしたから、もうアルバイトは良いやって思って」


決してそんな奴らを庇うつもりはないが、分る気がするな。


この人、魅力的過ぎる。


話してる間にどんどん表情が豊かになって、悪口を言っているはずなのに、全く嫌みに感じない。


現在俺の周囲に居る女性達は、どの人も素晴らしい女性で、しかも皆かなり美しい。


そういう彼女達を見慣れている俺でさえ、思わずこの人に目を遣ってしまうのだ。


「失礼ですが、ご両親は?」


「・・もういないわ。

5年前、父が難病をわずらい、仕事ができなくなった。

母は付きっ切りで看病しなければならず、私も家事を分担して支えた。

2人とも働けないから、預金を切り崩しながら生活してたけど、1年前に父が亡くなる頃には、お金はほとんど残っていなかった。

家のローンが払えなくて、売ってもマイナスにしかならなくて、母と2人でアパートを借りて住んでいたけど、今度はその母が倒れた。

・・そこからはかなり呆気なかったわ。

心労と疲労で弱り果てていた母は、1か月もせずに旅立った」


あっけらかんと話してはいるが、同じような思いをした俺には分る。


きっと相当悲しんだはずだ。


その事を話す時だけは、瞳の光彩に陰りが生じたから。


「・・・。

では、今はお一人で暮らしているのですね?」


「ええ、そうよ。

どうやって借金を返そうか悩みながら、日々悪戦苦闘しているの」


「親の借金は、未成年の子には返済義務がないですよ?

おかしな漫画の影響で、それに気が付かない人も多いようですが。

・・相続を放棄してしまえば良いだけです」


「でもさ、それだと貸した人達が困るでしょ?

借りたものは、きちんと返さないと」


今時珍しいくらいに常識人だな。


皆が皆こうであれば、この国ももっとまともだったろうに。


「因みに、幾ら借金が残ったのですか?」


「大体2000万円くらいかな」


「あなたの今の収入は?」


「・・・」


「返済は無理ですね。

長引けば長引くほど、利息が膨らんで、より困難になるだけです」


「分ってはいるんだけどさ、正直、今はどうしようもなくて」


「でもその割には、意外と明るいですね」


「だって、今の私はお金が無いだけで、夢や可能性が全く無くなった訳じゃないでしょ?

もしかしたら、探索者として成功するかもしれないじゃん」


「その前に死ななければ、ですが」


「うっ」


「それに普通の人なら、無一文で莫大な借金だけが残ったら、そんなに奇麗に笑えませんよ?」


「お金の有る無しだけが、人の価値じゃないでしょ?

そりゃ、有るに越した事は無いけど、もっと大事な事は、世の中に幾らでもあるじゃない。

私は、寧ろそういうものを大切にしていきたい」


理想論過ぎて、涙が出ますよ。


「何の後ろ盾もない、若くて綺麗な女性がそんな事ばかり言っていると、直ぐにカモにされて御仕舞でしょうね」


「むむっ」


「・・探索者の免許はお持ちですよね?」


「ええ。

昨日取ったばかりよ」


「ならご存知でしょう?

ダンジョン内は、全てが自己責任です。

ここでは、魔物だけでなく、人間に襲われる事だってあるんですよ?

あなたに人が殺せるのですか?」


「講習では、下手な事をすると魔物になるから、そうそう人に襲われる事は無いと言っていたけど?」


「普通ならそうです。

ですが、皆が皆、あなたのように善人ではない。

僅かなお金のために、些細ささいな理由だけで、平気で人を殺し、犯す人だって多いのです。

そもそも、あなたは日本人を基準にものを考えている。

ですが、ダンジョン内は世界共通なんですよ?

育った環境や、生活習慣、受けた教育によって、その価値観、善悪は、全く異なるものになり得るのです」


「・・・」


「理想を持つのは大事です。

それがなければ、人は進む道を誤り、脇道に逸れてしまう。

取返しがつかない、二度と戻れない道へと分け入ってしまいかねない。

ですが、そればかりでは駄目なのですよ。

自分に大事な人ができた時、己の理想のために、その人を見捨てられるのですか?

見殺しにできるのですか?

僕だったら、絶対に無理ですね。

たとえ国を敵に回しても、世界中を相手にしようとも、死に物狂いで自分の大切な人を護ります。

お金だってそうですよ?

あなたの父親は難病でお亡くなりになられたそうですが、もし仮に、何億ものお金があれば助かったとしたら、あなたならどうしました?

お金より大事なもののために、平気で見殺しにできましたか?

やつれていく親を見ながら、普段通りの生活を送れたのですか?

僕だったら、たとえどんな仕事をしてでも、お金を稼ごうともがくでしょう。

『お金より大事なものがある』

それはその通りですが、それを口に出せるのは、現にお金を持っている人だけだと僕は思いますよ?

・・本来、人には自分にとっての優先順位というものがあるのです。

だが最近の人を見ていると、自分に自信がないからか、はたまた能力が足りないからか、若しくは変な嗜好の持ち主なのか、簡単にそれを覆してしまう人がいる。

僕の優先順位は決して動かない。

先ず大事な人の命、次に僕の命、それから、その他諸々です。

今のあなたの優先順位の、そのトップは一体何なのでしょう?

お金を稼ぐことですか?

ご自分の命を護ることですか?

それとも、その理想とやらなのでしょうか?」


「・・・」


「・・・済みません。

僕も両親を納得できない形で失ったので、つい熱くなってしまいました。

初対面の人に、こんな事を言っても仕方ないのに・・」


今までどうにか押さえ込んできたものを、一気に爆発させてしまい、自己嫌悪に陥る。


俺のポリシーは、『表面では紳士に、裏では自分勝手な自由人』なのに。


「有り難う。

私のこと、真剣に心配してくれたんだね。

ちょっと耳が痛かったけど、嬉しかった。

今までは、私の外見だけを見て、中身まで気にしてくれる人なんて、親以外にいなかったから」


「いきなり現れた年下のガキに好き勝手言われて、腹を立ててはいませんか?」


「大丈夫。

私の眼を見ながら話してた君の瞳には、怒りと焦燥しか映っていなかったから。

もっともらしい事を言って、もし私をどうこうしようなんて邪な感情が映っていたら、まともに聴かないで立ち去ってるわ」


心に響くような、奇麗な声と美しい笑顔でそう言ってくれる。


「・・随分話し込んでしまいましたね。

そろそろ魔物を狩りましょう。

今からでも6万くらいなら直ぐ稼げますから」


「えっ、だってゴブリンは100円なんでしょ?

オークだって150円にしかならないって・・」


「他の魔物を狩れば良いのです。

ダークウルフなら1200円ですよ」


「強いんじゃないの?

2人で平気?」


「最初は僕だけで倒します。

あなたの能力値が上がってきたら、お任せして僕は補助に回りますから」


「君、そんなに強いんだ?」


「まだFランクですけど、もう9か月くらいやってますから」


「じゃあそうしようか。

沢山稼げたら、エッチな事以外で、何かお礼するね」


「先ず、僕とパーティー登録をしてくれませんか?

臨時でも良いので、宜しければ『承認』してください」


申請を送る。


「ああ、これね?

・・登録されたみたい。

君、久遠寺和馬って名前なんだね。

今まで名乗らなくて御免ね。

最近は嫌な経験ばかりしてたから、つい用心深くなっちゃってさ。

私はひいらぎ美冬みふゆって言うの。

宜しくね」


「こちらこそ宜しくお願いします。

・・それで、大変申し訳ないのですが、移動時間を短縮するため、あなたを抱えて運んでも宜しいでしょうか?

他言無用でお願いしますが、僕、魔物の位置が分るんです」


「・・良いけど、私、身長が高いからそれなりに重いわよ?

2人で走った方が速くない?

それと、変な所を触らないよう気を付けてね」


「分りました。

では失礼して・・」


彼女をお姫様抱っこすると、地図上に映る魔物達目掛けて走り出す。


「!!!」


人一人ひとひとり抱えて、車と同等のスピードで走る俺に彼女は驚き、用心のためか、しっかりと俺の首に腕を回す。


俺は俺で、両腕で彼女を支えて走りながら、片足だけで、視界にとらえたダークウルフを蹴り殺していく。


俺の後を流星のように追ってきて、どんどんその中に吸い込まれていく魔宝石を、柊さんが不思議そうに眺めている。


この僅かな時間で、会ったばかりの彼女に俺の秘密を幾つもさらしてしまったが、『彼女ならいや』、そう思えた俺だった。

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