第21話

 12月も半ばになり、寒さが少しずつ増してきた。


最近は大分落ち着いてはきたものの、未だに新陳代謝が活発化している俺は、今日もスパで馴染みの女性に垢すりをして貰っていた。


「お客様、更に肌に磨きがかかってきましたね。

こう言っては失礼かもしれませんが、もう若い女性の肌よりも美しいと思います」


「有り難うございます。

体付きがごついから、アンバランスに見えないか心配ですが・・」


「大丈夫ですよ。

まるで美しい彫刻のようなお体です」


「・・吉永さんは、ここではアルバイトとして働いていらっしゃるのですよね?」


「ええ、そうですよ」


「差し支えなければで結構ですが、本業は何をなさっているのですか?」


「エステティシャンというのでしょうか。

自分の店を持ちたくて、夜はそちらの勉強を兼ねて、他で働いています」


「失礼ですが、資金の方は順調に貯まっているのでしょうか?

そういったお仕事は、設備投資にお金が掛かるでしょう?

ここでどのくらい稼げるのかは知りませんが、料金からして、大した額にはならないのでは?」


「そうですね。

お客様が頻繁にお見えになり、毎回心付けをくださるお陰で、他よりは大分良い稼ぎになってはおりますが、先はまだまだ遠いですね。

何の財産も持たない女性の身には、銀行も融資してはくださらないので・・」


「・・あの、僕に1つ提案があるのですが、今日はこの後、何かご予定がありますか?」


「・・夕方4時まではここで働いておりますが、その後は、夜の7時まで空いております」


「もし宜しければ、その空き時間を利用して、何処かで僕の話を聴いては貰えませんか?

あなたの夢に繋がる、大事な提案です」


「・・分りました。

何処でお待ちすれば良いですか?」


「このビルの最上階に、イタリアンのお店が1軒あるのをご存知ですか?」


「ええ。

お洒落で格が高そうなお店ですから、入った事はございませんが・・」


「ではそこで、16時半にお待ちしています。

入り口で僕の名前を出してくだされば、係の者が案内してくれますので」


「分りました」


ほんの少し表情が曇った気がするが、その後はいつも通りの手際で仕事をしてくれ、満足してスパを出た。



 夕方4時半、この店にあるたった1つの個室の中で、珈琲を飲みながら待っていると、私服の吉永さんが緊張気味にやって来た。


「お待たせして済みません」


「いえ、こちらこそ無理を言って申し訳ないです。

何かお食べになりますか?

支払いは僕がしますので、お好きな物をどうぞご遠慮なく」


「・・ではお言葉に甘えまして、このパスタと肉料理をお願いします」


メニューを見た彼女が、遠慮がちに希望の品を指し示す。


「飲み物はどうします?

この後お仕事が控えているなら、ソフトドリンクの方が良いですか?」


「はい、そうしていただけると・・」


「ではこちらからお好きな物を」


ドリンクメニューをお渡しする。


「・・林檎りんごジュースをお願いします」


「分りました」


専用のベルで係の者を呼び、注文を終える。


「あまりお時間がないようですので、手短に話させていただきます。

吉永さん、僕はあなたに援助がしたい。

あなたのお店を僕がご用意します。

その代わり・・」


「分っております。

私で宜しければ、精一杯、お相手致しますから・・」


俺の話を途中でさえぎり、彼女が言葉を紡ぐ。


「・・これまでにも、他のお客様から何度かそういうお話を頂きましたが、どうしても嫌でした。

お金のために、好きでもない、見るに堪えない男性に抱かれるのは、苦痛以外の何物でもありませんから・・。

そのくせ、提示される金額は、とても店を持つには足りないものばかり。

正直、笑顔の下で、うんざりしていたんです」


下を向いていた彼女が、俺に顔を向ける。


「ですが、久遠寺様なら嫌ではありません。

あなたはいつも礼儀正しく、毎回多額の御心づけをくださるのに、セクハラのような行為を全くしなかった。

容姿も素敵ですし、その肉体はまるで芸術のよう。

恋愛抜きの、割り切った関係で抱かれるのなら、あなたが良い。

・・エステの同僚の中には、資金を稼ぐために、風俗でバイトしているもいます。

それを考えれば、私は十分幸せです。

もう直ぐ25になるこの身体ですが、節制しているので、きっとご満足いただけるでしょう。

どうか宜しくお願いします」


暫く言葉が出なかった。


そうだよな。


最初にきちんと説明しておかなければ、そう思われても仕方が無いよな。


彼女は美人でスタイルも良いし、性格も穏やかだ。


胸だって大きいから、垢すりやマッサージの時、偶にそれが身体に当たるし。


「・・済みません。

僕の説明が足りずに、あなたにとんでもない恥をかかせてしまいました。

最初にお伝えしておきますが、僕にはそういった見返りを求める気はありません」


「え!?」


「お店をご用意する代わりとして僕があなたに求めるものは、これまでとほとんど変わりありません。

垢すりをお願いし、マッサージをしていただければそれで十分です。

ただ、その頻度と人数が、少しばかり増すだけなのです」


「そんな事くらいでお店を!?」


「いやいや、そんなに甘いものではありませんよ?

僕だって、暫くは週に1度くらいお願いすると思いますし、他にも数名、月に1度くらいの割合で、無料でやって欲しい女性達がいます。

その代わり、神泉に在る、3階建てのマンションの2階部分を丸ごとご提供致します。

床面積は共用部分を除いて60坪以上。

垢すりをお願いするため、室内にプライベートサウナを設置していただきますが、その他はご自由にお使い下さって結構です。

室内にはまだ何もありませんが、内装を整える費用と、エステなどの施術で必要な器具や装置の代金も、全額僕が支払います。

そして、お部屋は貸与ではなく贈与です。

今現在の価格で2億円はするので、毎年の固定資産税を含めた諸税も、毎回僕がご用意しますから」


「・・・」


「あの、何か問題でも?」


吉永さんが涙を流しているので、不安になって尋ねてみる。


「どうしてそこまでしてくださるのですか?

私、そこまでしていただけるような事、何もしておりません。

それに勘違いして、あなたにとても失礼な事を口にして・・」


「僕が何故、毎回あなたを指名していたかお分りになりますか?

・・あなたの施術がとても心地良かったからです。

技術は勿論の事、その指先や掌に、優しさと思い遣りを感じたからです。

会話の端々に、気遣いと知性を垣間見たからです。

腰にタオルを当てただけの恰好で寝そべり、若い異性の方に全身を擦られるのは、正直恥ずかしいです。

ですが、あなたはそれを僕に感じさせる事はなかった。

そして、手桶で身体を流す時も、顔に掛からないようきちんと注意してくれましたし、身体を反転させる際も、さりげなく気を配ってくださった。

そういった数々の細やかなサービスで以て、この僕に、今後もお願いしたい、僕の大切な方々もお任せしたい、そう思わせたのです」


「・・・」


「僕は、あなたが大切にしている夢を、札束なんかで冒涜ぼうとくする気は全くありません。

ですから、できるだけあなた本来のお仕事に沿う、こちらの希望をご用意したつもりです。

あなたが廃業するその時まで、やっていただければそれで結構です。

その際、他でお住みになるなら、その時は僕が2億で部屋を買い取ります。

如何でしょう、お願いできませんか?」


「・・お断りする訳ないじゃありませんか。

お話をお聴きした今だって、まるで夢を見ているような気がしています。

どうか宜しくお願い致します。

もっともっと腕を磨いて、あなたにご満足いただけるよう、励んで参りますから」


やっと彼女がいつもの笑顔を見せてくれる。


「これは僕の連絡先です。

そしてこちらが、僕の後見人にして顧問弁護士である片瀬さんの連絡先。

こちらからも直ぐに彼女に連絡を入れますが、もし何かあれば、遠慮なくお電話ください。

因みに、あなたのお店となる物件の真下が、彼女の事務所になりますので」


2枚の名刺を彼女に渡し、卓上のベルを鳴らす。


こちらの話が済むまで、料理を運んで来ない気配りが素晴らしい。


さすがは一流店。


その後、出来立ての料理に舌鼓を打ち、満面の笑顔の吉永さんと、ビルの前で別れた。


まだ16でしかない探索者の僕が、名刺を作っているのがおかしいって?


いやいや、これでもちゃんと会社を経営してるんですよ。


勿論、節税のためのダミー会社ですけど。


理沙さんや美保さんへの報酬も、当然会社の経費として支払ってます。


その辺りの事は、全て美保さんに丸投げなんですけどね。

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