第19話

 夕方、ダンジョンに行く途中にあるファミレスで食事を取り、朝の続きをすべく、兵庫県へとダンジョン内転移をする。


前回は敢えて探索せず、楽しみに取って置いた姫路城辺りを探索した際、やはり居た。


金色のしゃちのような大型の魔物。


体長5メートルはありそうな魔物が、炎を吐く時は地上で、鋭い牙で嚙み付こうとする際は宙を舞って襲って来る。


ただ残念ながら、このくらいの魔物では、もう俺の相手にならない。


平等院での事があるから、ユニークには敬意を表して手加減しないので、ほぼ瞬殺してしまう。


20センチくらいの魔宝石と、俺の身体に入り込んだ何かを残して、魔物が消滅する。


ステータス画面を開くと、『火魔法』を覚えていた。


『風魔法』を覚えた時は『鎌鼬かまいたち』だったが、この『火魔法』の内容は『着火』だった。


物に火を点けて燃やす魔法である。


何とも地味だが、使いようによってはかなり役に立つ。


有難く受け入れ、次へと向かう。


宝塚近辺では、特殊な宝箱から『SSSランク。消耗品。特殊能力『女の園』』というとても珍しいアイテムが出た。


これは女性しか入ることのできない結界を張れるという、特殊能力を覚えられる品だった。


使用すると、元から所持していた『結界』が改変され、『結界・改』となり、その中に生み出された幾つかの枠の1つに、『女の園』という表示を残して消えた。


これまでは、特殊能力を得るにはユニークを倒すしかなかったので驚いたが、もしかしたらこれも、『資格のある者の前にしか現れない品』だった可能性がある。


もし俺が、予め『結界』を所持していなかったら、普通の宝箱しか出なかったかもしれない。


そう考えると、攻略済みの土地でも、偶には見直した方が良いのかもな。


翌朝9時まで探索し、兵庫県全体の約3分の1を攻略し終えると、自宅に戻って風呂に入り、南さんを待った。



 「こんにちは久遠寺君。

今日は宜しくお願いしますね。

楽しみで、昨夜はよく眠れなかったわ」


約束の13時ちょうどに南さんが訪ねて来て、俺の顔を見るなりそう口にする。


その直ぐ後ろに立っている女性に俺が視線を送ると、当人が自己紹介してくれる。


「初めまして。

神崎百合と申します。

南のパートナーで、彼女とは中学時代からの同級生です。

現在は防衛庁に勤務しております」


「初めまして。

久遠寺和馬です。

探索者としてはまだ1年目の駆け出しです。

宜しくお願いします」


「フフッ、とんでもない駆け出しだけどね」


「とりあえず中にどうぞ。

お茶でもお出ししますから」


「いいえ、結構よ。

直ぐにでもダンジョンに入りたいわ」


成程、だからその恰好で来た訳か。


「分りました。

では車を中に停めてください。

入り口へはタクシーで向かいましょう」


「それも大丈夫。

道玄坂上の有人施設には、職員専用の駐車場があるから。

あなたも私の車に乗って」


至れり尽くせりですね。



 10分後には、既にダンジョンの中に居た。


「念のために確認しておきますね。

今日の目的は、僕の能力を実際に見ることですよね?

お二人も戦闘に参加したいですか?」


「ええ、勿論。

弱い魔物は私達に任せて頂戴」


「・・百合さんのステータスを覗いても良いですか?」


「ええ、どうぞ」


南さんから大体の事は聴いているらしく、俺がそう口にしても驚かない。


「では失礼して・・」


______________________________________


氏名:神崎 百合


生命力:1340


筋力:121


肉体強度:167


精神力:342


素早さ:113


______________________________________


「・・生命力と肉体強度は、南さんより上なんですね。

ただ、お二人の能力値だと、今日僕が行こうとしている場所では厳しいと思います。

まだそれ程強い魔物は涌いていないでしょうが、最低でも、ダークウルフの倍以上は強い魔物達ばかりですよ?」


「ここにそんな魔物が沢山居る?

せいぜいリザードマンくらいじゃないの?」


「場所はここではありません。

お二人を、僕のパーティーに臨時で加えますね。

承認してください」


「・・分ったわ」


「分りました」


2人がメンバーに加わったのを確認し、地図上で周囲に誰も居ないことを確かめると、『ダンジョン内転移』を使用する。


一瞬で風景が変わった事に、驚愕する2人。


「・・ここは何処なの?」


「三重の山の中です」


「・・嘘でしょう?

有り得ないわ。

だってもしそれが可能なら、世界を手中にできる・・」


南さんの声が震えている。


百合さんは、言葉もなく呆然としていた。


「そこから動かないでください。

魔物が近くに居るので、結界を張ります」


そう言って、ふと考える。


『女の園』って、どういう場面で使うんだ?


只の『結界』で良いじゃないか。


彼女達の周囲5メートルに結界を張り、アイテムボックスから長剣を2本取り出す。


直ぐそこまで来ていた大蛇と、飛んで来た大きな蜂の魔物をほふる。


「これで暫くは大丈夫なので、少しお話をしましょう。

・・理解されたと思いますが、僕はダンジョン内に限って、これまで行った場所なら何処へでも転移ができます。

この能力ちからは、僕の持つ能力の内でも秘匿ひとく度は最上位クラスですので、正直な所、お二人にお見せするかどうか随分悩みました。

・・でも、南さんは僕に言ってくれた。

『私の運命を託す人』だと。

その言葉に応えるには、お見せした方が良いと判断しました」


「・・転移。

アイテムボックスもそうだけど、正に神の為せる業よね。

体験したとはいえ、未だに信じられないわ」


いつもと違って、声に自信が感じられない。


「もう一度違う場所に行ってみますか?

京都や奈良にも行けますよ?」


「・・お願いできる?」


「分りました」


結界を解き、2人を連れて、京都の清水寺に最も近い場所へ転移する。


転移する前に、地図上で、人や魔物の位置が確認できるので、転移したところを他人に見られる心配はない。


「・・あれ、清水寺よね?」


「そうです」


出口を出てから視界に入った建物を見て、南さんが呆然と呟く。


「今度は島根に行きますね」


再度ダンジョンに入り直し、縁結び空港近くの出口から外に出る。


「・・出雲大社」


派手な看板を目にしながら、南さんが泣きそうになっている。


更にダンジョンに戻って、すっかり元気がなくなった2人に言葉をかけた。


「・・済みません。

刺激が強過ぎたでしょうか?

僕は今の所、この能力を悪用するつもりはありません。

僕の大事な人達に手を出さない限り、この国の不利益になるような事も、あまりしないと思います。

ですから、どうか安心してください」


「・・違うの。

そうじゃないの。

国の心配なんてしてないの。

・・私が悲しんでいるのは、私自身の腑甲斐ふがい無さ。

先日、あなたの能力を知って、私はあなたと共に進もうと決心した。

なのに、転移という破格の能力まで見せられて、何の特殊能力も持たない自分が急に恥ずかしくなってしまったのよ。

・・私はこれまで、自分の前に立ちはだかる者は、誰であろうと自身の力で打ち倒してきた。

勉強も、スポーツも、美人コンテストのようなお遊びでさえ、ずっと1番だった。

元々の素質に加え、努力を怠らなかったから、結果は常についてきた。

なのに、今度ばかりはどうにもならない。

幾ら努力したって、どんなに頑張ったって、あなたとは対等になれない。

これまで、男になんて全く興味がなかった。

私の顔や身体しか見ない、取るに足らない存在でしかなかったのに・・」


「南、少し落ち着きなさい。

彼はそんな事を気にするようには見えないわ」


普段は余裕に満ちた態度を崩さない南さんが、細い涙を流しながら少女のように泣く姿を見せられて、同じ様に沈んでいた百合さんが、息を吹き返したように言葉をかける。


「百合、あなたは何も感じないの?

私達、完全に足手纏いなのよ?」


「それは・・」


「・・僕だって、初めから強かった訳ではありません。

確かに、探索者として生きていくために、あらゆる事に努力を惜しみませんでした。

才能や環境に恵まれ過ぎた点もいなめません。

愛していた両親が亡くなった事で、決意と覚悟がこれ以上ないくらいにまで深まったことも理由の1つでしょう。

・・ですが、僕がここまで強くなれた最大の理由は、幸運に恵まれた事だと思うんです。

1つの幸運が、また次の幸運を呼び寄せ、それが更に次へと繋がっていく。

継続させる意志を保ち続けているせいもあるでしょうが、ここまで強くなった理由は何かと聴かれれば、僕は幸運だと答えます。

南さんや百合さんは、僕がこれまで見てきた人達の中では、相当高い能力値をお持ちです。

年齢だって、まだ十分にお若い。

たった1つの幸運にさえ恵まれれば、どんどん強くなれるだけの下地はあるのです」


「でも、今は忙しくて、休日や祝日くらいしかダンジョンに入れないし、そもそもそんな幸運に恵まれるとも思えないわ。

アイテムボックスや転移の能力なんて、世界中でも絶対にあなたしか持っていないわよ?」


「・・地図作成やアイテムボックス、転移は無理かもしれませんが、他の特殊能力なら、手に入る可能性は十分にありますよ?」


「・・本当なの?」


「ええ。

まだあまり知られていないのかもしれませんが、ユニークを倒すと、ほぼ確実に魔法か特殊能力を得られます。

それに、これも体験済みですが、宝箱からも、特殊能力を覚えられるアイテムが出てくることがあります」


「!!!」


「ユニークの強さにも色々あるので、南さん達がこれからどんどん力を付ければ、その機会に恵まれるかもしれませんよ?」


南さんの表情に、変化が見られる。


既に泣くのを止め、真剣に何かを考えている。


もう一押しだな。


仕方無い。


まだ検証中だが、取って置きの情報を出すか。


「これはまだ確定事項ではないのですが、能力値を数千、数万に上げることができれば、老化を止める事ができるかもしれませんよ?」


「「!!!」」


「僕は探索者になってからつい最近まで、かなり新陳代謝が激しかったのですが、それによって、身体が内部から作り変えられていくような感覚がしていたんです」


この所、頻繁にスパの垢すりに通っていたのは、風呂でしっかり洗っているにも拘らず、何だがさっぱりしなかったからだ。


馴染みの担当女性からも、その事を指摘されていた。


『本来であれば、垢すりは月に一度くらいにすべきなのですが、お客様の場合、肌がいたむというよりも、更にしっかりし、より美しくなっています。

それに、理由は分りませんが、以前あった黒子ほくろも消えていますね。

こんな事は初めてです』


俺には『自己回復(S)』の特殊能力があるが、この能力は現状維持や再生だ。


新しく作り変えるものではないはず。


だとすると、生命力や筋力、肉体強度などの能力値が急上昇したことによるものとしか考えられないのだ。


「現に、僕は今、2週間くらいなら寝なくても平気ですし、肌が美しくなり、黒子も消えたと言われました。

正確なデータは、僕がまだ10代ということもあり、あと数十年しないと出ないのかもしれませんが、試してみる価値は十分にあるのではないでしょうか?」


「私達がそこまで強くなるには相当の時間が掛かるわ。

・・手伝ってくれるの?」


「勿論です。

今だって、僕が得た経験値の100分の1が、お二人に入るようになってますよ?」


「「!!」」


「先程パーティー登録したじゃないですか。

登録した上で、僕が戦うその傍に居れば、戦闘に参加しなくても能力値が上がっていきます。

実際に参加して倒せれば、その方がずっと良いのですが、それには危険を伴いますので・・」


南さんが百合さんの顔を見る。


それを受けて、百合さんが柔らかく微笑みながら、静かに頷いた。


「久遠寺君、これは私からの正式な依頼。

私達2人を、ずっと高みにまで導いて。

私達はもう、あなたに何も隠さない。

あなたの全てを受け入れるわ。

それから・・」


南さんが近付いて来て、俺の耳元に、ある事をささやいた。


「!!!

・・大変光栄なご提案ですが、それは僕の一存ではお答え致しかねる問題でして・・」


「大丈夫。

ゆっくり待ってるわ」


初めて会った時のような、とても綺麗な顔で笑ってくれる。


「それで、この後どうしますか?

三重に戻って魔物を狩りますか?

ここは狩ったばかりなので、ほとんど居ないと思います。

三重なら、中堅クラスが涌いているかもしれませんが・・」


「なら三重に行きましょう。

3時間狩ったら、あなたの家でシャワーを借りたいわ」


「了解しました」


「それから、私が泣いた事は秘密よ?

い、ばらしたら酷いからね?」


「それも了解であります」


この後、三重で2人を庇いながら、じっくりと魔物を狩り続けた。

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