第18話

 今までボッチでしかなかった俺の周囲が、この所、何かと騒がしい。


美保さんとは週1くらいで一緒にダンジョンに入るようになったし、明後日には、南さんと初めてダンジョンに入る。


島根県で狩り残していた魔物も、(魔宝石の値段が)1000円クラス以上は全て狩り終え、溜まりに溜まった約14万個の魔宝石を、南さんが設けてくれた俺専用の買い取り施設で換金した。


そこはダンジョン庁の本部ビル内にあり、普段は誰も入れない部屋に、俺が予約を入れて使うようになっている。


買い取り金額は13億円で、口座に振り込まれるその分を入れると、普段使う口座の預金額が50億を超える。


毎回大量に持ち込むので、念のため、値崩れしないのかと南さんに尋ねたら、『家庭で消費する小さな魔宝石は幾つあっても足りないくらいだし、あなたが持ち込んでくれる、工場でも使えるような大きな物は、国や自治体、大企業が、震災など、何か起きた時のためにどんどん備蓄しているから大丈夫なの』と微笑まれた。


日本は資源小国だから、戦争なんかで輸入が滞れば、様々な分野においてたちまち支障が出る。


お偉いさん達も、そのくらいの危機感は持ち合わせているのだなと少し安心した。


今日は理沙さんに依頼した建物の件で、不動産屋から引き渡しを受けた。


先日、その物件を下見したが、こちらが考えていたよりずっと奇麗だし、使い易そうだったので、その場で即決したのだ。


登記移転などの諸手続きは理沙さんに丸投げしたので、これからそのお礼と支払いを済ませに行く。


先ずは銀行で、約束した成功報酬の2000万円を振り込み、その後、トップスのチョコレートケーキを土産用に購入して、彼女の事務所に向かう。


「こんにちは」


「和馬君、お待ちしていました」


予約を入れてあるので、2人ともちゃんと居てくれる。


応接室に案内され、美保さんに珈琲を出して貰ったところで話を始める。


「最初にお金の話から。

建物の引き渡しが終了したので、先程、事務所の口座に成功報酬の2000万円を振り込んでおきました」


「有り難う。

ほとんど仕事をしていないのに、何だか申し訳ないわね」


「・・時に、この事務所も大分手狭になってきたのではありませんか?

失礼ながら、当時の理沙さんの収入では、満足な物件など借りられなかったのでしょうが、顧客や、新規で依頼を頼みに来る方々も、その事務所がパッとしなくては、不安も募るでしょうしね」


そこそこ名前が売れ始めた彼女には、この事務所はもう狭過ぎる。


せめて床面積が40坪くらいはないと、彼女達もお客さんも、ゆったりとくつろげないだろう。


「それは理解しているけれど、今の段階では、まだそこまでの余裕はないわ。

せめてもう少し預金を蓄えないと、何かあった時に不安だもの」


「預金の目標額はどれくらいなんですか?」


「1億」


「僕が美保さんに顧問税理士としてお支払いしている金額が、年に200万円。

今現在、理沙さんの稼ぎはどれくらいあるのですか?」


美保さんの顔を見ながら尋ねる。


「和馬君からの分を除くと、年収で2000万円くらいね」


「ならもう直ぐなのでは?」


「所得税や厚生年金が抜かれた上で、美保にお給料を払って生活費を折半すると、年に500万も預金できないから・・」


「私は給料なんて要らないと言っているのにね」


「駄目よ。

和馬君に出会うまでに大分お金を使わせたし、経費として落とせるんだから」


「僕から新たな契約のお話があるのですが、聞くだけ聞いてみませんか?」


「また仕事をくれるというの?」


「正確には違います。

現在、理沙さんには後見人の報酬、及び顧問弁護士料として、年に300万円をお支払いしていますが、それは全てここの賃料に消えているのですよね?」


「ええ、そうよ。

更新料は経費という名の自腹ね」


「それでしたら、僕との今の契約を一旦打ち切って、新しいものに変えてください」


「・・どんな風に?」


「後見手数料は無料にしてください。

どうせあと2年くらいですから、残しておいても意味ないでしょう。

その代わり、僕が今回購入した物件の、1階部分を丸々差し上げます。

共用部分を差し引いても、床面積は60坪以上あるはずです。

事務所として使いたくなければ、売っても結構です。

2億円くらいにはなるでしょう。

その他に、顧問弁護士料として、理沙さんが廃業するまで、年に300万円お支払いします。

・・如何です?」


「・・どうしてそこまでしてくれるの?」


「嬉しかったからです。

あの時、憎しみに心を染め上げていた僕が、辛うじて復讐という名の罪を犯さずに済んだのは、あなたが僕の側に居て、味方をしてくれたから。

僕の怒り、僕の悔しさ、僕の受けた心の痛みを、あなたが代弁してくれたから。

・・これでも感謝してるんですよ。

普段はあまり口に出せませんが、僕はあなたを、自分にとって大切な人の一人として認識してるんです」


「和馬君・・」


美保さんが、とても嬉しそうに俺の顔を見る。


立ち上がった理沙さんが、こちらに近寄って来て、俺の頭を、その豊かな胸の中に抱き締めた。


「有り難う。

弁護士として、女性として、これ程嬉しい言葉はないわ。

・・有り難う」



 柄にもなく俺が真面目な事を口にしたせいで、それから暫くは、室内の雰囲気がしんみりしてしまった。


それを吹き払うかのように、俺は彼女達と今後の話を詰め、新しい場所に早々に引っ越しできるように、この事務所の退去費用も全て俺が払うことで合意した。


『そこまでして貰うのは・・』と遠慮する2人だったが、財布代わりに使っている口座の残高を見せると黙った。


品の良い行為とは言えないが、負い目を感じさせることなく、可及的速やかに引っ越して貰うために、敢えて下品な行いをした。


『気を遣わせて御免ね』と美保さんが言ってくれたから、こちらの意図するところは伝わったのだろう。


どうせ贈与税を支払うなら、理沙さん達の新しい事務所の改装費も俺に回すよう美保さんに頼んでおいた。


今は広い空間があるだけで、ほとんど何もないからね。



 自宅に帰ってから、次は何処を攻略しようか考える。


『異界の扉を開く鍵の1つ』と表示されるアイテムを3つ手に入れたが、別段何か変わった事はない。


つまり、まだ他にも鍵が存在するということだ。


【真実の瞳】には『縁結びのお守り』とも表示されるから、ネットでそれに関連する寺社を探す。


「・・結構沢山あるな。

でもまさかこれ全部ではあるまい。

有名なものから探っていくか」


何処にするか考えたが、攻略済みの京都に隣接する、兵庫県の生田神社に決めた。


南さんが家に来るのは明後日の昼だから、それまでに少し探索しておくことにした。


支度をして、夜のダンジョン内に入り、そこから京都府の京丹後市まで転移して、兵庫県の豊岡市に入る。


そこからは、一直線に神戸市を目指し、生田神社辺りを真っ先に探索する。


時速60キロくらいで走りながら、進路上に居た魔物を倒しつつ、神社の辺りを探索すると、やはりあった。


ただ、ユニークも居なければ何の仕掛けも無い、隠し扉だけのものだったので、少し拍子抜けする。


折角だからと、神社周辺からマッピングを始め、翌日の朝10時まで探索を続けた。


兵庫県の、ダンジョンへの入り口数は、全部で107個。


今回の14時間で、その内の約15個分に当たる面積を塗り潰し、そこに居た魔物達をほとんど狩り尽くす。


魔物の強さ自体はそれ程でもなく、平均すると今まで攻略した中では1番弱い。


魔宝石の値段にして、2000円から7000円くらいの魔物が主流だ。


オークキングやゴブリンエンペラー、オーガ、レッドオーガ、トロール、サイクロプスなどの、良い金額になる魔物には、1時間に6、7体くらいしか遭遇しない。


弱い魔物では、ゴブリンやオーク、グリーンワームなど、東京と同じ様なものが居る。


勢いが止まらない時には倒してしまうが、そうでなければ、これらの弱い魔物は最近見逃すようにしていた。


ほとんどお金にならないし、他の探索者達のために残しておくのだ。


探索した場所の宝箱だけは完全に回収し、家に帰って風呂に入る。


もう2週間くらいは全く寝なくても平気なのだが、昼間はダンジョンにごみを出されるので、仕方なく、夜まで寝た。

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