第17話

 それから2週間が経った頃、自宅に1人の女性が訪ねてきた。


相変わらず島根の魔物を狩り続けているので、予めメールが届いていなければ、留守にするところだった。


その若い女性は、玄関先で名刺を差し出しながら、こう切り出した。


「初めまして。

私はダンジョン庁の現責任者である、伊藤南と申します。

宜しくお願いします」


まだ20代にしか見えないから、所謂キャリアという存在だ。


リビングに通し、珈琲を出しながら用件を尋ねる。


「本日はどのようなご用件でしょうか?」


「単刀直入にお尋ねしますね。

久遠寺和馬さん、あなたは特殊能力をお持ちですよね?」


「・・・」


「あなたが探索者に登録してから、まだ7か月くらいしか経っておりません。

それなのに、売りに出された魔宝石の数や質が尋常ではありません。

いえ、はっきり言うと異常です。

間違いなく、世界中でも類を見ない程の数です。

ゴブリンやオークですら、そこまでの数をこの短期間に倒すなんてほとんど不可能です。

それをあなたは、オーガやサイクロプスなど、かなり上位の魔物達でこなしている。

・・一体どんな能力を得たのですか?」


怜悧れいりな瞳が、真っすぐに俺を見つめている。


「探索者協会の規定では、個々人が得た能力については、何処にも報告する義務はないはずですが?」


「これは義務に基づく質問ではありません。

私個人の、知的好奇心から出たものです。

今回の訪問は、極プライベートなものです。

ですから、長官である私が、部下も連れずに1人でやって来たのです」


「だとしたら、尚更なおさらお答えできませんね。

探索者にとって、能力値や特殊能力の存在は、勝敗の明暗を分ける重要なものです。

おいそれと口に出せるものではありません。

その事はあなたもご存知でしょう?」


彼女も探索者らしいので、そう言ってお帰り願おうとする。


「どうやら誤解をさせてしまったようですね。

久遠寺さん、私はあなたの敵ではありません。

寧ろ味方になりたいと思っています。

このままでは、あなたはいずれ世界中からマークされる。

そうなれば、今のような自由な活動は難しくなるでしょう。

四六時中監視が付くでしょうし、各国からのスカウトも頻繁に来る。

違いますか?」


最上位の探索者達は、通常の世界でも十分に脅威と成り得る。


核兵器を簡単に使用できない以上、能力値の上昇によって人の何十倍も強化された肉体を持つ彼らは、戦場においては化け物でしかない。


銃やミサイルが陸に効かない相手に、一体何で対抗しろというのだろう?


同じ様な相手をぶつけるしかないのだ。


「あなたが魔宝石の売り場を転々と変えているのは、尻尾を摑ませないためですよね?

私は、その点でもあなたに協力できると考えています。

今はあなたの売却データを握り潰しているだけですが、今後はあなた専用の売却施設をご用意しますよ?

他にも可能な限りの便宜べんぎを図るとお約束します。

それに、あなたから聴いた内容は、決して口外しません。

私達2人だけの秘密です。

お疑いなら、私の実印と指紋印を押した、誓約書を作成しましょう。

もしそれが世に出れば、私は確実に破滅しますから、これ以上のあかしはないと思います」


「・・あなたの、僕に対する要求は何ですか?」


【真実の瞳】には、今の彼女は青く映っている。


「・・必要な時に力を貸してください。

今のこの国は、一部の老害と多数の無能な男達が実権を握り、伸びようとする若芽や、有能な女性達の活躍の場を奪っている。

何か新しい事、革新的な事をやろうとしても、そのほとんどが事前に潰されてしまう。

私にはそれが我慢できない。

仮初かりそめの平和に胡坐をかき、都合の悪い事は先送りして次世代に押し付ける、今のやり方が。

このままでは、何れこの国は何処かの属国となり果てるか、侵略されて、地図上から国名が消え去るでしょう。

税金のばらまきによって飼い馴らされた国民を率い、導いて行くには、強い指導者が必要です。

そのためには、心強い味方と、多少の犠牲が要る。

そういうことです」


考える。


自由と可能性の両方を求めて、俺は探索者になった。


監視と言う名の首輪が付くのは論外だし、高い税金を払い続けているのに、探索者というだけで、義務すら果たさない愚者どもから見下されるのも、何れ我慢できなくなるかもしれない。


この女性の考えは、一部に過激な点はあるものの、おおむね同意できる。


手を貸す際の条件さえ詰めれば、俺にも十分な利益がある。


「・・現時点での、僕の要求は4つです。

1つ、僕専用の魔宝石売却施設を用意して欲しい。

2つ、こちらから教えるもの以外、僕の能力を詮索せんさくしない。

3つ、僕の大事な人達に手出しをしない。

4つ、そちらの依頼が殺人などの残虐な行為を含むものである場合、それを実行するかどうかの最終的な決定権は僕にある。

これらを守ってくれるなら、あなたに協力しましょう」


「・・正直、半信半疑でした。

自分が急に大きな力を持つと、思考が幼稚になったり、自身で何でもできると過信し、傲慢ごうまんになる人は多いです。

若しくは、必要以上にへりくだり、内心で他者を馬鹿にしながら、承認欲求を満たそうとする人。

あなたはそのどちらでもなかった。

私は今、非常に喜んでいます。

探索者の道を選びながら、人殺しは嫌だのと奇麗事も言わない。

素敵です。

私の運命を託す人に相応しい」


言い終えて、にっこり微笑んだその笑顔は、とても綺麗だった。


「そこまで評価していただけると、却って申し訳ないですね。

僕は自分の夢に忠実で、自身が大切にしているものを壊そうとする人には容赦がない。

味方には甘いですが、敵にはとことん厳しい。

あなたが僕の味方である限り、僕を裏切らない限り、僕はできる範囲であなたに力を貸します。

ですが・・・」


「分っています。

信用や信頼は、そう簡単には生まれない。

今後の私の行動で、あなたに認めて貰いましょう」


彼女は冷めた珈琲を口にすると、鞄から1枚の書類を取り出した。


『誓約書』


その紙にはそう書いてある。


どうやら、予め書類を作成してきたようだ。


空欄になっている箇所に、先程俺が述べた条件が、彼女の手書きで記載される。


その後、再度鞄から印鑑と朱肉を取り出し、俺の目の前で、実印と親指の指紋印を押した。


ウエットティッシュを差し出す俺の正面に、完成された文書が押し出される。


その内容にしっかりと目を通し、俺は口を開いた。


「確かに。

ではこちらも、約束を果たしましょう」


渡された誓約書を、彼女に分るように、アイテムボックスの中に終う。


「!!!」


「僕の能力その1。

『アイテムボックス』です」


「実在したのね!?」


「ええ。

この中にしまった物は、僕が死ぬと消滅します。

ですから、あなたが今書いた文書は、決して表に出ることはありません」


「中にどれくらいの物が入るの?」


「生き物は入れた事がないので分りませんが、他の物なら何でも入りますし、今の所、容量を気にしなくて済んでます。

実際、中にはこのリビングが一杯になるくらいの物が入っています」


約20畳のリビングルームを見回しながら、そう告げる。


「・・武器を取り出すところを見せてくれる?」


言われるままに、長剣を取り出す。


「身体検査を経た後でもこうして取り出せるので、色々な事に役立ちますね」


彼女が確かめたかった事を、先に言ってやる。


「・・・」


「僕の能力その2。

相手のステータスや、自己に向けられる好意と悪意、物の価値が分る」


「!!!

・・それって、ダンジョン外でも?」


「ええ。

あなたを信用する気になれた半分は、あなたが僕に好意的な気持ちを向けていたからです」


「・・私のステータスを、今見られる?」


「見ても良いんですか?」


「ええ」


______________________________________


氏名:伊藤 南


生命力:1280


筋力:143


肉体強度:152


精神力:397


素早さ:129


______________________________________


「探索者として今も現役なのですか?

生命力が1280、筋力が143ありますね。

精神力が凄い。

397もあります」


「・・本当なのね」


「契約を交わした以上、嘘は吐きませんよ」


「今でも時々、休日にパートナーとダンジョンに入ってるわ。

尤も、忙しいからあまり活動できないけれど。

せいぜい1日5時間くらいね」


「東京の繫華街だと、それ程強い魔物は居ないでしょう?」


「そうね。

でも2人共そこまで強い訳ではないから、寧ろ安心して狩れるの」


「偶になら、僕が能力値を上げるお手伝いをしても良いですよ?

あなたはもう僕のお仲間ですから、簡単に死んで欲しくはないので・・。

僕の能力その3。

ダンジョン内で、魔物や人の居場所が分る」


「!!!

・・もしかして、マッピング?」


「そうです」


「だからあんな短期に、あれだけ大量の魔物が狩れるのね」


「まあ、それにはもう1つ別の能力が絡んでいるのですが・・」


「それは教えては貰えないの!?

・・あなた、一体幾つの能力があるのよ?

せいぜい1つか2つだろうと思っていたのに、どれもこれも空想でしかないと思われていた、貴重なものばかり。

正直なところ、賭けでしかなかったけれど、訪ねて来て大正解だったわ。

他国に抱え込まれる前に会えて良かった。

・・今度、私がお休みの時に、一緒にダンジョンに潜ってくれない?

その力をこの目で見てみたいの」


「それは構いませんが、事前にメールをくださいね?

僕はほぼ毎日、何処かでダンジョンに入っているので」


「私のパートナーも連れて来て良いかしら?

大丈夫。

私の不利益になるような事は絶対にしない、とても良いだから。

たとえ何があっても、私が全責任を持つわ」


良い


「それって、パーティーメンバーの事ですよね?」


「そうだけど、私生活上のパートナーでもあるわ」


俺の周囲に居る美人さんって、どうして男に目を向けないのだろう。


もっと頑張れ、世の男達よ。


・・あ、俺も人の事を言えなかった。

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