第16話

 「いらっしゃい、美保さん。

お変わりありませんか?」


「こんばんは、和馬君。

お邪魔するわね」


18時5分前に家に来た美保さんを、一旦リビングに通す。


ダンジョンに入る前に、少し確認したい事があるのだ。


珈琲は利尿作用があるので果汁100%ジュースを出し、ソファーに座りながら話をする。


「ダンジョンに入りたいという事ですが、そこには魔物を倒す事も含まれていますか?」


「ええ。

ただ入るだけじゃなく、実際に戦ってみたいの」


やはりそうか。


入るだけなら1人でもできるからな。


入って直ぐに出れば良いんだし。


「そうしたい理由をお聴きしても?」


「能力値を少しでも上げて、強くなっておこうと思って。

・・弁護士という職業は、時に危険と隣り合わせでもあるの。

仕事を通して、依頼者に害を為そうとする人達から、怒りを向けられたり、八つ当たりを受けることも多いから。

・・理沙は真面目だから、あまり融通が利かない。

仕事に必要な事なら、言わなくても良い事まで口に出してしまう時があるし、目零めこぼしを願う相手の要求を、簡単にねつけたりしてしまう。

同性である女性の心理はよく理解できても、男性の心の機微きびにはうとい面がある。

和馬君には心を許しているみたいだから、男性を理解して貰うという意味で、『一度くらい相手してあげれば?』なんて言ったけど、どうやら本気にはしていないみたいね」


「それはそうでしょう。

僕と理沙さんとでは、一回りも年が違う」


理沙さんは今28歳。


4年前、数年のイソ弁を通すか、ノキ弁で経験を積むかして独立するのが普通なのに、男性弁護士達のやっかみにうんざりした理沙さんは、資格を取って1年もせずにイソ弁を止め、無謀とも言える個人事務所を開いた。


生活費は美保さんが支えたらしいが、事務所の賃料などの諸経費は彼女の稼ぎから出さねばならず、一流所いちりゅうどころならまず手を出さない、国選弁護人の仕事なんかで遣り繰りしていた。


そんな時、示談交渉の依頼がネット経由で届いて、喜んで実際に会ってみれば、まだ小学6年生だった子供の俺。


悩んだらしいが、依頼料を相場の2倍出すと俺に言われて4000万円は固いと計算した彼女はその依頼を受けてくれ、交渉を実質的な勝利に導いてくれた。


その過程で、俺に身寄りが全くない事を知り、両親がもしもの時にと残していた遺言状の効力もあって、示談後、彼女は俺の後見人に就いてくれた。


因みに、その報酬である年300万円の額は、彼女の事務所費用の1年分だったりする。


初めて俺の家に来た時、その豪華さに圧倒された理沙さんは、このくらい取っても痛くも痒くもないだろうと思ったそうである。


そうしてゆとりが生まれた彼女は仕事を選ぶことができ、今では、その優秀さと美しさで、結構な数の顧客を抱えている。


「和馬君はもう16歳だもの。

その程度の年の差なんて、然程問題にならないわよ。

結婚する訳じゃないんだからね。

・・私達ももし子供を持つなら、2人の内、どちらかの血が入った子供が欲しいから、養子は取らない。

データだけの、陸に人柄も知らない男性の精液を買うなんて嫌だし、和馬君にお願いしたいわ」


「いえ、さすがにそれは、僕の一存では決められませんよ。

もし将来、僕に恋人ができたら、その人にもきちんと許可を貰わないと・・」


「そういう所が素敵よ。

中々いないのよ、そこまで考えてくれる男性ひと

資力もないのに無責任に女性をはらませて、平気で逃げる男が多くて困るわ。

世の中に劣性遺伝子ばかりが増えるものね。

・・うちの事務所にも、そういった相談は結構あるの」


「・・ええと、話が大分逸れてしまいましたが、要は理沙さんを護るための力が欲しい、そういう事ですね?」


「ええ」


「なら、微力ではありますが、お手伝いさせていただきます。

僕と臨時のパーティーを組んで、魔物を倒しましょう。

ダンジョンにはその恰好で行かれるのですか?」


美保さんの今のスタイルは、上下とも落ち着いた色合いのスーツである。


「スポーツウエアを用意してきたから、ここで着替えてから行くわ。

ただ、武器は持ってないの。

木刀くらいは必要よね?」


「ダンジョン用の武器なら、僕が売るほど持っているので、お好きな物を差し上げます。

長剣、短剣、槍、斧、弓のどれが良いですか?」


「え、そんなにあるの?

でも貰うのは悪いわ。

買えば100万円以上はする物でしょう?」


「元手が掛かっていませんし、本当に沢山あるので気にしないでください」


「有り難う。

・・じゃあ、槍をお願いできる?

初めは少しでも遠くから攻撃したいから。

弓だと当たらない気がするし・・」


「分りました。

出しておきますので、美保さんも着替えておいてください。

僕は自分の部屋に居ますから」


「気を遣わなくて良いわよ?

和馬君になら見られても平気だから」


「童貞には刺激が強いんですよ、美保さんの身体は」


彼女はかわいい系の美人だが、胸が大きくてウエストが締まっているから、目のやり場に困るのだ。


別室に装備を取りに行く振りをして、その場を離れた。



 40分後、俺が初めてダンジョンに入った渋谷の入り口から中に入る。


アイテムボックスの事は内緒にしなければならないので、俺もヘルメットを除いた初期装備で臨んでいる。


美保さんには、京都の宝箱から出た胸当てと籠手を、スポーツウエアの上から身に付けて貰った。


武器はランクEの槍を渡す。


「魔物を見た事ないですよね?

怖くないですか?」


「大丈夫だと思う。

あまりグロくなければ・・」


「初めはゴブリンで練習した方が良いですね。

・・あ、そういえば、ステータス画面はもう見ましたか?」


「まだだったわ。

今見てみるね」


念のため、俺も見させて貰おう。


「護衛に必要ですから、僕も見せて貰って良いですか?

『素早さ』から下の特殊能力や魔法の部分は非表示にできますから、もし何か付いていたら隠してください」


ステータス画面は、女性のスリーサイズよりもずっと敏感な存在だ。


自己の身体状況、能力、将来の可能性などを赤裸々せきららに語ってしまう。


例えば、学校でいじめに遭っている子が、いじめている加害者に面白半分にダンジョンに連れて来られ、ステータス画面を見せ合った瞬間、立場が逆転することもある。


アメリカや中国、欧州辺りでは、結婚の条件として、お互いに見せ合うカップルも多い。


なので、相手の同意なく覗く行為は、本来、かなり失礼な事なのである。


俺だって、【真実の瞳】という神に与えられた免罪符があるとはいえ、無闇に街行く人達のものを覗いたりはしない。


敵意を向けてくる相手以外は、ほぼ、ダンジョン内だけだ。


「フフッ、もう10代じゃないし、何も付いていないわよ。

どうぞ」


______________________________________


氏名:藤原 美保


生命力:290


筋力:35


肉体強度:36


精神力:158


素早さ:34


______________________________________


「美保さんって、何か運動やってました?」


初期値としては、どれも意外に高い。


勿論、これまでの行動が反映された数字ではあるが、一般的な女性としては優秀だ。


「高校まで、女子高のテニス部にいたの」


「じゃあ結構強かったでしょう?」


「個人戦では、インターハイの3位までいったわ」


「これならゴブリンくらい、その槍を使えば楽勝ですね」


話している俺達の前に、1体のオークが涌く。


「・・大丈夫そうですか?」


槍を使えば彼女なら勝てるので、魔物といえど殺せるのか、見た目の恐怖は無いのかを尋ねる。


「・・ええ」


槍を構えた彼女が走って行く。


棍棒を振り上げたオークの腹に、美保さんが槍を思い切り突き刺した。


オークが消滅し、魔宝石を落とす。


「やりましたね」


称える俺に、美保さんが微笑む。


「死体が残らないのは良いわね。

罪悪感が少なくて済むもの」


「ごみと人や動物の死体は暫く消えないので、それがある場所は魔物が居ても避けてください。

特に動物は、何らかの病気を持っている可能性が高いので」


鳥インフルに罹った鶏なんかが良い例だ。


「ダンジョンができてから、通常の世界でごみの不法投棄がほぼなくなったのは良い事だけど、確かにそれがあると、イメージが壊れるわよね。

探索者への偏見がなくならない理由の1つだわ」


口の悪い奴らは、探索者を『ごみ漁り』と呼んでさげすむ者もいる。


「途上国では、実際にごみを漁っている人々が多いから、仕方のない面もあります」


話しながら、『人材育成』を活用するために、美保さんに申請を送って、この戦闘の間、俺のパーティーに登録する。


2人で歩きながら、魔物を探していく。


「ダークウルフが居ます。

美保さんではまだ危険なので、僕が倒しますね」


「ええ、お願い」


彼女を見つけたらしい相手が、こちらに走って来る。


俺は美保さんを庇うように少し前に出て、ダークウルフの腹を軽く蹴り上げた。


数メートル浮き上がった相手が、地面に落ちる前に消滅する。


「・・・」


美保さんが、驚いた顔でそれを見ている。


「・・武器さえ使わないのね」


「もう半年以上やってますから、このくらいは」


「あの理沙が、すんなり許可してくれる訳だわ」


「さあ、どんどん行きましょう。

今日中に能力値を上げましょうね」


それから4時間、ダークウルフは俺が、ゴブリンとオーク、グリーンワームは美保さんが倒し続け、俺がダークウルフを130体くらい倒したことで、美保さんの能力値がかなり上がった。


喜んだ彼女が、タクシーで俺の自宅に戻り、シャワーを使う際、『一緒にどう?』と誘ってくれたが、断腸の思いでお断りした。


なお、今晩の稼ぎである約16万円は、全て彼女に渡した。

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