第13話

 「長らくお世話になりました」


翌朝、昨日の夕食分を平らげた俺は、見送りに出てくれた女将さんと旦那さんに頭を下げ、お礼を述べた。


「こちらこそ、4か月以上も泊まって貰えて凄く有難かったわ」


「君のお陰で、普段は中々調理しない食材をふんだんに使えたからね。

良い勉強になったよ」


「我儘ばかり言って済みませんでした。

・・これはほんの気持ちです。

失礼かもと悩んだのですが、物だと扱いに困るだろうと思って。

お子さんの学費の足しにでもしてください」


そう言って、新札の1万円札が100枚入った封筒を差し出す。


宿の裏手にある自宅から、小学生くらいの子供が出て来るのを、何度か見た事があった。


「受け取れないわ。

只でさえ毎月倍近い金額を頂いていたのだもの」


「この宿に泊まったお陰で、僕は貴重なものを沢山得られました。

本来なら、これでは足りないくらいです。

ですから、どうか受け取ってください」


「・・また何時いつか、泊まりに来てくれますか?」


「ええ、必ず」


「ではその時まで、これは使わずに大事に取って置きます。

有り難う」


角を曲がるまで見送ってくれた2人に、再度頭を下げ、俺は一旦自宅へと戻った。



 「今度は何処を攻略するかな」


色々あったので、観光もせずに真っ直ぐ帰った自室のベッドに寝転びながら、今後の検討に入る。


気になるのは、『異界の扉を開く鍵』の存在だ。


『1つ』というからには、他にも複数あるのだろう。


何個必要なのかは分らないが、1つでも取り損なうと、扉は開かない気がする。


やはりある程度の目星をつけて、そこは急ぐべきだろう。


考える。


奈良にあったということは、魔物が強い場所か?


それは即ち、信仰心の篤い場所。


まあ、俺の推論でしかないがな。


三重に無かったのは、『手鏡』がその代わりとなったからかもしれない。


そう考えると、京都や島根辺りが怪しい。


急ぐなら京都からか。


ネットで検索すると、ダンジョンへの入り口は59個。


奈良より12個も多い。


三重の73個よりは少ないが、魔物が強いとなると、3か月は見た方が良いな。


奈良を完全攻略した日に確かめた俺のステータスは、こうだった。


______________________________________


氏名:久遠寺 和馬


生命力:59840


筋力:5950


肉体強度:6060


精神力:8070


素早さ:5690


固有能力:【真実の瞳】


特殊能力:『自己回復(A)』『地図作成』『毒耐性(S)』『アイテムボックス』 

     『魔法耐性(S)』『ダンジョン内転移』『解毒(S)』『生命力増加』

     『加速』


魔法:『光魔法』『土魔法』


______________________________________


今回から、現地での滞在はビジネスホテルにしようと思う。


行き帰りの時間が不規則だし、食事なども偶にその時間に食べられないことがあるから、いちいち用意して貰うのも申し訳ない。


ほとんど寝に帰るだけだし、ダンジョン攻略の進み具合でホテルを転々とした方が楽だ。


問題は、魔宝石の換金だ。


今回からどうやって協会施設に持ち込もうか。


アイテムボックスを公然と使えないのがわずらわしい。


日本中をほとんど攻略したら、いっそ公に使ってしまおうか。


・・・現実逃避は良くないな。


良からぬ国や機関、組織から、変な仕事がどんどん舞い込んで来そうだ。


う~ん。


買い取りには探索者カードが必要だから、他人に頼む訳にもいかないし、こればかりは諦めるしかないか。


仕方ない。


地道に売ろう。


この日は、京都のホテル内で食べたい食料を買いだめすべく、街に繰り出してから早めに寝た。



 翌日の早朝3時、ダンジョン内転移で奈良市の端まで跳び、そこから京都の木津川市に入って探索をスタートさせる。


今の俺は、『自己回復(A)』のお陰もあって、丸1日走りながら魔物を倒し続けても全く疲労を感じないので、【真実の瞳】をフル稼働して宝箱を取りこぼす事のないよう気を付けながら、できるだけ急いで進んだ。


何故なら、自治体によっては午前中にダンジョンにごみを捨てる所があるからだ。


人口の多い市町村だとごみ袋の数が多くて進路の妨げになるし、何より、目にしたくない。


ロマンが失せる。


空き缶や空き瓶は、リサイクルできる貴重な資源でもあるから捨てられることはないが、プラスチックごみは全て捨てられるし、大都市では燃えるごみも大半が捨てられている。


原発で出る核廃棄物さえ捨てられるから、それがある自治体では、その日はダンジョン内の入場規制がある。


処分に困る核廃棄物をダンジョン内に捨てられる事が判明した時、先進各国は大いに喜んだ。


高いお金を支払って、田舎の自治体や余所よその国に保管して貰わなくても、ガラス固化体の核廃棄物をダンジョン内に置いてくるだけで、翌日には奇麗さっぱり消滅しているのだから。


低レベル放射性廃棄物も、ドラム缶ではなく、新開発した強化プラスチック製の専用容器に入れて捨てれば、8000年から10万年という、気の遠くなるような時間をかけずとも、1日で完全に処分できるのだ。


尤も、幾ら防護服を着て運び込むとは言っても、一つ間違えば自身が放射能に汚染されかねない運搬人には、1回につき100万円程度の危険手当が支払われる。


それだって、以前は保管料に年間何億円も支払っていたことを考えれば、微々たるものだ。


なお、以前はこうした核廃棄物を保管する地層処分場のことを、『洞窟』と呼んだ国もあるようだから、たとえ探索者達を更なる危険に晒すことになろうとも、ダンジョンに捨てる案はすんなりと受け入れられた。


ダンジョン内に捨てられたごみは、その種類によって、消滅する時間が多少異なるらしい。


生ごみよりプラスチックの方が早いのは不思議である。


俺がこれまで夜から朝方にかけてダンジョンを探索してたのも、人が居ないこともあるが、何よりごみに邪魔されたくなかったからだ。


協会の専用サイトには、自治体によってごみが捨てられる入り口に印が付いているが、通信機器が一切使えないダンジョン内部で動き回る内に、知らずにそこを通ってしまうこともあるだろう。


魔物と戦っている最中に、その傍にごみが投げ捨てられたなら、俺だったら殺意すら覚えかねない。


探索は今の所、快調である。


魔物もそれ程強くなかったので、剣の一振りで済む。


魔宝石を拾う時間の方が圧倒的に長いので、どうにかならないものか。


今日の予定は宇治市の攻略まで。


10時までやったら一旦出て、ホテルの部屋を取るつもりだ。



 日本でも指折りの観光地らしく、当日予約では良いホテルなどそうそう取れない。


最初からビジネスホテルに狙いを定めたお陰で、意外と早く部屋を確保できた。


まあ、かなり狭いけどね。


自宅ならトイレくらいの広さに、トイレとバスタブ、洗面台が置かれているから、シャワーだけ浴びて、寝心地の悪いベッドに横になる。


贅沢ぜいたくに慣れていると、こういう所で駄目だな。


探索者たるもの、もっとワイルドでなければ。


・・俺には無理だけど。



 明け方の4時。


夕方16時から再開した探索が、通常の世界では平等院がある辺りまで到達する。


今回のペースは異様に速い。


かなり大雑把おおざっぱではあるが、1日で京都府の約7分の1くらいを攻略した。


魔物の数は奈良と同じくらいに多いが、最早普通の魔物は秒殺だし、この辺りには宝箱も1つしかなかったから、あっという間だっだ。


戦利品である魔宝石を拾うため、頻繁に停止するが、俺の進行速度は車より速い。


ただ走るだけならリニアにすら楽勝だ。


その肉体は、既に人とは呼べない物になっている。


もう一般の病院には行けないし、常に加減を考えながら行動しないと、其処そこら中で物を壊すだろう。


走りながら魔物を倒し、急停止して魔宝石を拾うから、ダンジョン内の至る所に俺が作るへこみができている。


これまでの経験から、この国有数の寺社や仏閣、或いは信仰を集めるような場所には、ユニークが居るか、何かしらのお宝があったので、今回も期待していた。


案の定、所々朱塗りがげた建物の中に、3メートルくらいの赤鬼が居た。


以前、三重で倒したような赤鬼ではなく、角も頭髪もひげすら立派な、貫禄ある赤鬼。


だが悲しい事に、そのステータスは全て俺の半分以下、精神力と素早さでは4分の1もない。


???の魔物ではあるが、特殊能力は持ってない。


がっかりしつつ倒すと、32センチの魔宝石を残して鬼が消滅したその先の壁面に、隠し扉が見えた。


しかし、それを開ける鍵や仕掛けが見当たらない。


もしかしてと、たった今倒したばかりの赤鬼の魔宝石を扉に近付けると、それが光を帯びて、隠し扉が開いた。


中には宝箱が1つあり、その蓋を開けると文字が浮かんでいる。


『知恵と幸運、武力を備えた汝に、更なる力を授ける』


文字が光るとそれが消滅し、俺の身体の中に何かが入り込んで来る。


ステータス画面を開くと、特殊能力の数が増えている訳ではない。


再度じっくり眺めると、『アイテムボックス』の表示が多少変わっていた。


『アイテムボックス・改』


そこをタップして説明を読むと、通常のアイテムボックスの機能に、『戦利品の自動回収』が付加されている。


嬉しくて言葉が出ない。


しかも、これは改変機能の一部でしかないらしい。


この下に、???の枠が、あと3つある。


『戦利品の自動回収』の右側には、『オン』と『オフ』の表示まで付いている。


1人で戦う際は、常に『オン』にしていれば良い。


赤鬼の魔宝石を終おうとしたら、中身が抜けたように透明になっていた。


手鏡のように、役目を終えたからかもしれない。


暫く魔宝石を眺めてから、俺はそれを、アイテムボックスの中に大事に終う。


きっとあの赤鬼は、この場所で、己を倒す存在が来るのをずっと待っていたのだろう。


俺は自分を恥じた。


強くなったからといって、理由なく弱者を見下して良いはずがない。


強者には、強者としての振舞ふるまいがある。


室内に一礼して、その場を去る。


翌日の昼、俺は平等院の施設を訪ねて、匿名で、1000万円の寄付をした。

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