第12話

 奈良市の探索を終え、到頭奈良県最後の生駒方面に入る。


三重県も、伊勢の辺りはかなり強いと感じたが、奈良の魔物は全般的に強い。


十津川から吉野山くらいまでは、数は多いが強さは然程さほどでもなかったが、桜井や天理、明日香、奈良市の辺りは普通の探索者では歯が立たないだろう。


攻略されていないのも頷ける。


あと3日くらいで奈良を完全制覇できるので、宿の女将さんにその旨を伝え、今まで世話になった事に感謝を表した。


女将さんは残念がり、最近は自分の息子のようにも思っていたと言ってくれた。


この宿に滞在し始めて、かれこれ4か月半。


食事以外にも、個人的に洗濯なんかもしてくれていたので、本当に家族のように接してくれた。


宿を去る日には、何かお礼をしようと考えている。


生駒での2日目、通常の世界では法隆寺がある辺りで、古い仏塔を見つける。


その扉を開くと、1体の魔物が居た。


______________________________________


名称:???


生命力:27000


筋力:2800


肉体強度:2500


精神力:2200


素早さ:2000


特殊能力:加速


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見ようによっては、仏法の守護神のようにも、悪神のようにも見える魔物。


4つの顔と6本の腕を持ち、手には其々剣や斧、槍を持っている。


これまでのユニークと大きく異なる点は、精神力と素早さがかなり高いところだ。


その上、『加速』の特殊能力を持っているから、俺でも楽観はできない。


光弾で先制攻撃を仕掛けると、魔法耐性はそれ程でもないらしく、怒ってこちらに向かって来た。


相手の6本腕に対し、こちらは2刀流でも2本。


おまけに攻撃の最中に『加速』で戦闘速度を数段速めてくるから、慣れるまでは防戦に徹し、無理をしなかった。


体感としては、通常の5割増しくらいか。


一定の距離を保ちながら、時折光弾を使って怒らせ、隙を作る。


15分くらい相手をしてから、反撃に出た。


片手で相手の攻撃をなしながら、もう一方の剣で流れるように敵の腕を切り落としていく。


6本が5本になり、5本が4本になる。


3本になった時には既に勝負が見えていて、『加速』を使って必死にあらがう敵の首を刎ねた。


俺の身体に何かが入り込む感覚と共に、35センチくらいの魔宝石を落とした魔物が消滅する。


ステータス画面に『加速』が増えていることに満足し、その後8時間程を生駒、斑鳩、葛城の探索に費やした。


昼前に宿に帰り、入浴後、5時間の睡眠を取って夕食を頂く。


明日が最後の宿泊という意味もあって、とても豪華な夕食だった。


伊勢海老2尾、鮑が丸ごと1つ、松阪牛の200グラムステーキ、それに卵焼きと刺身の舟盛り、伊勢海老の頭が入った赤だし、御櫃に入ったご飯。


慣れ親しんだ味に、宿側の厚意という隠し味が加わり、とても美味しかった。



 その日の夜からの探索で、到頭、奈良県全域を完全制覇した。


思っていた以上に時間が掛かり、9週弱、58日も費やした。


朝方帰って来て、女将さんに、茶飲み友達に最後の車の手配を頼んで貰い、入浴後、睡眠を取らずに協会施設に魔宝石を売りに行った。


今の俺は常人離れしているせいか、1週間くらいなら全く寝なくても活動に支障がない。


「こんにちは」


「あら、今回は早いんですね」


「ここに来るのは今日で最後になるので、とりあえず、手元にある分を全て持ってきました」


そう告げると、いつもの受付嬢の表情が微妙に変化した。


約50分後、査定が終わり、名前を呼ばれる。


「今回は、全部で6849個、総額で9512万2000円になります。

お支払いはいつも通りで」


笑顔で明細書を渡されるが、その裏にメモ用紙が1枚、クリップで付加されていた。


そこには、『今日の18時頃、お時間ありますか?』と書いてある。


自分を見つめる彼女にうなずくと、もう1枚のメモを、そっと差し出された。


『駅前の○○珈琲店にいらしてください』


再度頷き、お礼を述べて施設を出る。


宿に『今晩の夕食は、明日の朝頂きます』と連絡を入れ、まだかなり時間があるので、東京にダンジョン内転移して、散髪と、スパに垢すりに行った。


その後、武器屋にも立ち寄ったら、店主が嬉しそうに話しかけてくれた。


「この間安く譲って貰った分を、いつもの2割引きで売りに出したら、飛ぶように売れたのよ。

前回買い取った品は、もうほとんど残ってないの。

2日前、約束の料金を振り込んでおいたわ。

・・もしかして、今日も何か売ってくれるのかな?」


「前回と似たような品なら、同じくらいの数を出せますが・・」


「本当!?

是非お願いするわ!」


そう言うや否や、ドアに『外出中』の札をかけ、鍵を閉める。


「奥へ来て」


前回同様に査定され、約1時間後、提出したEとFランクの武器や盾100点に、総額7780万円の値が付いた。


今回は長剣と槍をそれぞれ8本ずつ出したので、結構良い値段になった訳だ。


「7500万で結構です」


「・・本当にそれで良いの?

前回も大幅に値引いて貰っちゃったけど、この2回分で、値引き分が普通のサラリーマンの年収くらいあるわよ?」


「この店は、価格設定において非常に良心的です。

他の店と違って、暴利を貪っていません。

探索者にとって、装備は己の命を護る品でもありますから、より多くの人に行き渡るに越した事はありません。

その点において、僕はあなたの考えに共感しますし、できる限り協力したいと思っています」


「・・一回り以上年の離れた少年に、こんな言葉をかけて貰えるなんてね。

20代だったら、年甲斐も無く惚れちゃってたかも。

君はきっと、これからどんどん女性を落としていくのでしょうね。

若いが羨ましいわ」


「あなただって、まだ十分にお若いじゃないですか。

過去の傷は、きっと時間が癒してくれますよ。

僕も、あまり人の事を言える立場ではありませんが・・」


「そんな顔を、大事な女性ひと以外に見せては駄目よ?

直ぐ惚れられちゃうから」


「大丈夫です。

僕、実はボッチですから」


一転して明るくそう言うと、店主も笑ってくれた。


売買の話を終え、店主に入り口まで見送られて、武器屋を出る。


そろそろ約束の時間に近付いてきたので、奈良に戻り、指定された喫茶店を探す。


そこは直ぐに見つかり、中で珈琲こーひーを飲んでいると、暫くして彼女が現れた。


「突然お誘いして御免なさいね。

びっくりしたでしょう?」


オフだからか、口調がいつもより少し砕けている。


「いいえ。

デートのお誘いかもなんて、うぬぼれてはおりませんから」


「あら、そんな事ないわよ?

あなた、ハンサムだし背が高いから持てるでしょう?」


寄って来た店員に彼女が注文を終えると、会話の本題に入る。


「・・初めてあなたを見た時、『あ、似てるな』って思ったの」


注文した品が来て、一旦会話が途切れる。


「私にはね、歳の離れた弟がいたの。

10歳以上も離れていたから、とてもかわいくてね、随分甘やかしたから私に凄く懐いて・・」


珈琲を一口飲み、視線をテーブルに向けながら、何かを思い出すように語る。


「弟が中学3年生だった時の、8月の暑い日だったわ。

私の誕生日に何か良い物をプレゼントしたいって、家族に内緒で友人達とダンジョンに入ったの」


もう一口、彼女が珈琲を飲む。


今度は俺の顔を見ないように、視線を窓の外に向けた。


「帰って来なかったわ。

・・中に入った4人の内、弟と、もう1人が亡くなって、他の2人は何とか逃げられたけれど、自分達のした事を知られるのが怖かったらしく、翌日騒ぎになるまで黙っていたのね。

だから、その遺体も回収できずに、弟は私の前から完全にいなくなってしまった」


通行人を眺めるその目から、涙が流れていく。


「暫くは何もできなかった。

何もしたくなかった。

でもそんなある日、その時の友人の1人がうちを尋ねてきたの。

きっと、周囲から色んな事を言われたんでしょう。

相当怒られたのだと思うわ。

私と同じ様にやつれて、目の下にくまができていたけれど、しっかりとした言葉で語ってくれたの。

弟は、彼らを護ってくれたんだって。

ダンジョンに入った時に見たステータス画面では、弟が彼らの中で1番強かったらしいの。

だから、強い魔物に襲われた時、彼らをかばってくれたんだって」


彼女の声の調子が、最後だけ少し強くなる。


「『逃げろ!』って言った弟の言葉が、ずっと耳に残って離れないって泣いてたわ。

・・彼らには、言いたい事が山ほどあったのに、結局、『知らせてくれて有り難う』としか言えなかった。

きっと誇らしかったのね。

命の危険にさらされながら、それでも友人を思い遣れた弟が。

私の弟は、素晴らしい男性なんだよって」


彼女の視線が俺に戻る。


「あそこで受付の仕事をしていれば、いつか弟に会えるかもしれない。

『ただいま』って、帰って来てくれるかも。

そんな思いで仕事をしていた私の前に、あなたが現れた。

あなたはカッコ良くて優秀で、とても強かった。

成長した弟が、『どうだい、姉さん』って言っているようで嬉しかった。

・・御免なさいね。

あなたを見て、ずっと弟の事を思い出していたの」


何と言って良いか分らず、俺は黙ったまま微笑んだ。


「・・今月で、あそこの仕事を辞めることにしたの。

あれからもうじき5年になる。

そろそろ区切りをつけないといけないしね。

あなたに会えた事で、やっと心の整理がついたわ。

・・有り難う」


それから少しだけ世間話をして、共に店を出た。


送ろうかとも考えたが、彼女がそれを望まないような気がして、口には出さなかった。


別れ際、彼女が躊躇ためらいがちに呟いた。


「最後に1つだけお願いを聴いてくれる?

・・『姉さん』って呼んでくれるかな?」


返事をせず、彼女と向き合うと、俺は笑顔を作り、静かに声に出した。


「・・ただいま、姉さん」


「うわああああ」


泣き叫び、力一杯抱き締めてくる彼女の背を、俺は優しくで続けた。



 『探索者チャット・日本語版』


______________________________________


323:勇者


 そして奈良も居なくなった。


1524:俺様


 クリスティだっけ?


2082:ベテラン?


 本くらいは読むんだな。


1524:俺様


 うるせえよ。


それくらい常識だろ?


2082:ベテラン?


 お前、何で三重に来ないの?


待ってるのに(笑)。


1524:俺様


 今月は金欠なんだよ!


武器屋でかなり安い短剣を見つけてさ、思わずカードのリボ払いで買っちまったんだ。


323:勇者


 安いってどれくらい?


1524:俺様


 48万。


言っておくが、ダークウルフを倒したくらいじゃ落とさない代物だぜ。


323:勇者


 それは安いな。


何処の店?


2082:ベテラン?


 お前、ダークウルフを倒したことあんのか?


ダークウルフは短剣なんて落とさないぞ。


1524:俺様


 ・・商品の説明文に、そう書いてあったんだよ。


1604:私


 そんな事より、奈良も魔物が居なくなったの?


それって県全域?


323:勇者


 そこまでは分らないが、仲間内でも話題になってる。


とにかく、強い魔物が全然居ない。


普段なら1キロも進めば引き返すんだが、現在に限っては、5キロ進んでやっと500円くらいの奴しか出て来ない。


それだって皆で取り合いだ。


1604:私


 三重の魔物は元に戻った?


2082:ベテラン?


 まだだ。


魔宝石に換算して3000円以上になる奴は、一度倒されると次に出現するまでに2、3か月かかると言われている。


5000円以上なら半年、1万円以上で1年だ。


それ以上になると、一体何年かかるか分らない。


1524:俺様


 ユニークモンスターは?


2082:ベテラン?


 は~っ。


これだから素人は・・。


いいか、ユニークっていうのは再出現しないんだよ。


一度倒したら御仕舞おしまいなのさ。


1524:俺様


 ええっ!?


じゃあ早いもん勝ちじゃん!


急いで倒さないと。


2082:ベテラン?


 倒せればな。


言っておくが、協会の発表では、世界中でまだ30体も倒されていない。


倒された奴も、守護者ではなく、偶発的に涌いたものばかりなんだ。


1524:俺様


 守護者?


2082:ベテラン?


 ダンジョン内で、遺跡や古城、古墳、寺社跡などを護る、ボスみたいな存在だよ。


魔物が人を殺せば強くなるのは知ってるよな?


お前みたいな馬鹿が大勢挑んだから、奴らは最早手が付けられない存在なんだよ。


第一、今ではもう、誰もそこまで辿り着けねえって。


1524:俺様


 でも今なら魔物が居ないんだろ?


そこまで行けるかもしれないぜ?


2084:ベテラン?


 もし居たら死ぬだろうが!


俺には妻や子供がいるんだよ。


1524:俺様


 けっ、リア充死ね。


2084:ベテラン?


 何だとこの野郎!


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