第10話

 先ずは店に予約を入れる。


両親が馴染みにしていた店で、俺も何度も連れて行って貰った、フレンチの超有名店。


松濤しょうとうにあるこの店は、2人でディナーを楽しめば、6万円を超える。


そんな店に常連として認識されている俺が予約を入れれば、大抵の事は聴いてくれる。


個室をお願いすると、快く了承してくれた。


次に理容室に行く。


東京までダンジョン転移で戻り、いつもの店に予約を入れる。


幸運にも、俺が毎回指名する店長さんがいたので、直ぐにやって貰った。


散髪料は、顔剃りやシャンプー込みで、6000円。


何も言わなくてもいつも通りやってくれるので、楽で良い。


余計なお喋りもしないから、静かに目を閉じていれば済む。


それが終わるとスパに行き、馴染みの女性を指名して、垢すりをして貰う。


ここは入浴料とは別に料金を支払えば、男湯でも女性が垢すりをしてくれる。


勿論、女性はTシャツと短パンを着用して、いかがわしい事など何もしない。


密室ではなく、扉のない、ある程度開けた場所でするので、女性側にも身の危険はない。


俺はいつも、少し湯に浸かった後、事前にサウナで十分汗を流してからやって貰う。


当然、サウナ室では椅子に腰かけたりしない。


太ったおっさんが、だらだら汗を流した場所のタオル地に座るなんて、論外だ。


隅に立ったまま、10分くらい我慢して、呼ばれるのを待つ。


垢すり代は15分3000円だが、俺はトリプルで注文し、その上こっそり担当女性に1万円のチップを渡して、念入りにやって貰う。


マッサージにも通じた人なので、垢すりが終わると、肩や腰を指圧や手もみで解してくれる。


「お客様、以前よりも大分筋肉が付いてますね。

以前も無駄のない、とても良質の筋肉でしたが、今はそれに輪をかけて凄くなっています」


「僕、探索者になったんですよ」


「ああ、それでですか。

頑張っていらっしゃるのですね」


やはり体形が変わってきているか。


スーツ、着られるかな?



 久々に自宅に帰り、各所の窓を開けて、空気を入れ替える。


うちの家は両親が防犯マニアだったので、監視カメラや警報機が設置され、窓のガラスも全て強化ガラスだ。


ハンマーで叩いたくらいでは、中々割れない。


そんな両親でも、生身で歩いているところに車で突っ込んで来られては、どうしようもなかった。


探索者になっていれば、それも防げたかもしれないのに・・。


衣装部屋で、スーツとシャツ、ネクタイを見繕みつくろう。


タイピンとカフス、万年筆を選び、サスペンダーを用意する。


試しに何着かスーツを着たが、オーダーメイドではないから、何とか大丈夫そうだ。


一通りの準備を整えると、街に出て、誕生日プレゼントを用意する。


花束はその場で貰っても邪魔になるので、明日、彼女の事務所宛に配達して貰う。


今年は何を贈ろうか。


去年、200万円のエメラルドのイヤリングを贈ったら、『10年早い』と怒られた。


『普通なら年間20万円くらいの後見手数料に、300万も取ってるじゃないですか』と反論したら、『それはそれ。第一、そこには顧問弁護士料も入っているの』とのたまった。


それは依頼した覚えがないんですけどね。


まあ、助かるから良いけど。


何軒か店を回ったが、結局決められなくて、彼女に直に尋ねることにした。



 「久遠寺様、お待ち致しておりました」


「こんばんは。

今夜も宜しくお願いします」


つたからまる一軒家のレストラン。


先に着いた俺は、本来ならゲストルームでワインでも楽しんでいるところだが、まだ未成年なので、公然と酒が飲めない。


だからもう個室で待つことにして、両脇に絵画の飾られた階段を上り、2階に1部屋だけあるインペリアルルームに入った。


そこで待つことしばし、本日の主役がやって来る。


「待たせたかしら」


薄い黒のサマースーツを身に付けた理沙さんが、相変わらず笑顔も見せずに入って来る。


無愛想なのではなく、普段からこんな感じの人なのだ。


「いいえ、僕も先程着いたばかりですよ」


「料理はもう頼んであるの?」


「ええ。

ワインはまだですが」


席に着いた彼女がワインを頼むのを待ってから、話し始める。


「お誕生日おめでとうございます」


「有り難う」


「お変わりありませんか?」


「ええ。

そちらは?」


「僕の方は大分忙しくなりました」


「あなたは前から忙しかったでしょ」


ソムリエがワインを注いでくれるまでは、ありきたりな会話が続く。


2人きりになってから、やっとまともな会話が始まる。


「探索者のお仕事はどんな感じかしら?」


「時々命懸け、普段は濡れ手であわですね」


「そんなに儲かるの?

極一部の人以外、大した事ないと聞くけど」


「最初だけかもしれませんが、結構、洒落しゃれになりません」


「ふ~ん」


「話は変わりますが、今年のプレゼント、何が良いですか?

色々探してみたのですが、結局決まらなくて」


「何でも良いの?」


「僕の1か月分の稼ぎで済む範囲なら」


「フフッ、それだと買える物が限られるわね」


やっぱり普通はそう思うんですね。


「では、依頼料というのはどうですか?」


「依頼料?」


「理沙さんに仕事を依頼するので、その依頼料がプレゼントということで」


「それってプレゼントになるの?」


「そこは、通常の依頼料に大分色を付けますから」


「・・どんな依頼なの?」


「物件を探してください。

理沙さんの目から見て、ここなら商売になるという、東京23区内の不動産を、僕が買おうと思っています。

商売の内容は問いませんが、必ず対面の客商売であること。

会社など、社員がそこに籠って自己完結するものは除きます。

予算は3億円。

期限は来年の理沙さんの誕生日まで。

報酬は、経費を除いて1000万円。

その物件を入手できたら、成功報酬として更に2000万円お支払いします。

・・如何ですか?」


「1つ質問。

その商売で、年間幾らくらいの利益を見込んでいるの?」


「そうですね・・職種にもよるでしょうが、建物全体で5000万円くらいでしょうか」


「ならそう難しくはないわね。

やるわ」


「有り難うございます。

契約書の作成などは、全てお任せします。

通常の報酬と、着手金や諸経費分として、理沙さんの口座に明日2000万円を振り込んでおきます。

宜しくお願いします」


「こちらこそ。

素敵なプレゼントを有り難う」


話が済めば、後は優雅な食事の時間。


残念ながらまだジビエの季節ではないが、それでも、ここの料理はいつも魅力的だ。



 自宅に泊まった翌朝、早々に宿に戻って来て、直ぐにダンジョンに入る。


前回の続きから始め、その日は夕食を挟んで16時間、それ以降は1日15時間を目安に頑張がんばる。


そうして更に1週間が過ぎ、通常の世界では吉野山の辺りまで地図を染め上げた頃、到頭???のユニークモンスターに出会う。


サイクロプスの変わり種のようで、普通は青っぽい色なのだが、こいつは黒い。


森の木々より少し背が低いくらいの巨体を見上げ、俺はニヤッと笑う。


稼がせてくれよ?


______________________________________


名称:???


生命力:29000


筋力:2310


肉体強度:1730


精神力:380


素早さ:620


特殊能力:生命力増加


______________________________________


生命力増加?


相手のステータスを覗いた俺の目に、初めて見る能力が映る。


今はまだ調べられないので、とりあえず、魔物の目に向けて光弾を放つ。


初めて使ったが、俺の精神力が高いせいか、様子見でかなり出力を抑えたのに、相当の威力が出た。


目を潰された魔物は、手にした棍棒をでたらめに振り回し、俺を近付けまいとするが、そもそも身長差があり過ぎるから、横振りでは全く役に立ってない。


やはり『精神力』は、知能も幾分兼ねてるんだな。


剣で両足首を切断し、地響きを立てて倒れたところに止めを刺す。


俺じゃなければ剣でも傷なんか付かないだろうに、運が無かったな。


30センチ弱の魔宝石を残し、消滅する魔物。


その際、また俺の体内に、何かが入り込んで来る。


ステータス画面を開き、付与されていた『生命力増加』の表示をタップすると、『能力値が上昇する際、毎回300のボーナスが付く』と説明が出る。


有難い。


これで今以上に無茶ができる。


地響きの音に寄って来た魔物の群れを見ながら、俺はそんな事を考えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る