第9話

 同じ宿に何か月も続けて宿泊する客は、もしかしたら、有難迷惑な存在なのではないだろうか?


大規模なホテルや旅館のように、館内に幾つも食事処がある施設ならともかく、ここのように、基本的に1箇所の食事処しかなく、ちんまりとした宿では、部屋食に出すメニューにも限りがあるだろう。


1、2泊なら前日と全く異なる料理を出せても、1週間、1か月、ましてや数か月ともなると、献立を考えるだけでも大変なのではないだろうか?


俺だけ、他の宿泊客とは別のメニューを出す訳だし。


そうしないと、俺は毎日同じ献立になるからね。


まあ、毎回違うなんてのは無理だし、俺にも好き嫌いがあるから、奇をてらった料理を出されても困る。


結果として、毎回鮮魚のお刺身を多めに出して貰うことと、必ず肉料理を1品付けて貰うこと、それに卵焼きと野菜の煮物があれば、あとはご飯と味噌汁だけで良いということにした。


伊勢海老やアワビは、飽きないように、週に2回にして貰った。


板長である旦那さんの顔を立てるため、これらの献立の他に、もしお勧めの料理があれば、それを付けて貰うことで落ち着いた。


洗濯や、協会施設への運転までしていただいている訳だし、なるべく手間をお掛けしたくない。


奈良県の完全攻略が済んだら、一旦自宅に帰って、次は別の場所へ行くことにした。



 夕食後、宿最寄りのダンジョン入り口に入り、そこから北山村の端までダンジョン内転移する。


今度はそこから奈良県の十津川村へ入り、奈良の攻略をスタートさせる。


よくよく考えて見れば、何も入り口に拘る必要はない。


魔宝石を売るタイミングを判断するために、入り口3つを攻略したらと決めていたが、わざわざ入り口の有る場所へ移動してから中に入らなくても、ゲームで塗り残しなくマッピングするみたいに、前回の続きから虱潰しらみつぶしに歩いて行けば良いのだ。


魔宝石は、入れ物である段ボール箱の溜まった数で、売り時を判断すれば良い。


端の方から徐々に塗り潰していく方が、無駄がない気がする。


達成感という意味では、『今日は入り口を何個攻略した』という方が大きいかもしれないが、白地図を丁寧に塗り潰す方が、俺には合ってるな。


奈良県で初めて遭遇した魔物は、デカい熊だった。


三重といい、この辺りの魔物は強い。


初心者が狩るには無理がある。


信仰心のあつい土地柄が、魔物の強さに影響を及ぼしてでもいるのだろうか。


何にせよ、俺には好都合だ。


今回もせいぜい稼がせて貰おう。



 魔物の数が多い。


始めてから6時間、既に500近い魔物を狩っている。


珍しいところでは、猪や野豚、鹿、鼠などの動物が、大型化、凶暴化したような魔物が出て来る。


大蛇が多いのは、三重と似ている。


最近の俺は、盾を使わず、両手に剣を持った二刀流で戦っている。


能力値的にも、もう普通の魔物では攻撃されても傷も付かない。


だが防護服はそういう訳にはいかないので、きちんと防御はするが、今の俺の興味は宝箱やドロップ品の方に向いている。


『翡翠の手鏡』で、味を占めてしまったかな。


まあ、滅多にお目にかかれないからこそレアなのであり、SSSランクのお宝が、そうそうある訳ないのは理解している。


でも、まるでおまけのように魔物を倒しながら、【真実の瞳】をフル活用して、怪しい場所を調べている。


大きな岩の陰、大木の根元、意味深な建物の中など、ゲーム内で宝箱を探すように、わくわくしながら覗いている。


勿論、折角倒した魔物の魔宝石を、取り忘れるなんてことはしない。


売ればお金になる物だから、1つ残らず拾う。


それから、運が良ければ100体、悪くても700体に1つくらいは、魔物がアイテムを落とす。


東京でゴブリンやオーク、ダークウルフを狩った時には全く何も落とさなかったのに、ドロップ確率が魔物の強さに比例でもしているのだろうか。


落ちる物で1番多いのは武器や装備品で、偶に『HPアップ』や『毒消し』と名付けた消耗品が手に入る。


これくらいの魔物レベルだと、武器や装備は短剣や盾、希に長剣か槍、斧。


三重で落ちた物と合わせると、短剣216、長剣25、槍18、斧9、メイス1、盾62。


【真実の瞳】で調べた時、槍1本と斧4つがDランクで、あとは何れもEかFランク。


使えないのでアイテムボックスに放り込んであるが、今度東京に帰った時、あの武器屋のお姉さんに、売れるかどうか尋ねてみよう。


入って15時間が経過したが、あまりの魔物の多さに、今日の攻略はいつもの7割くらいしか進まなかった。


寝る時間がなくなるので、ここで切り上げて転移する。


部屋に戻り、風呂に入ると、さっさと寝た。



 夕食に出された卵焼きは美味しかった。


厚くて、ふわっとして、出汁の味が利いている。


大根おろしをたっぷり載せて食べれば、それだけで表情が緩む。


そんな事を考えつつ、今夜もまた、剣を振るう。


昨日の遅れを取り戻そうと、攻略スピードを上げるが、未だに1、2分おきに魔物と遭遇する。


この辺りに住む人達は、ダンジョンに入らないのだろうか。


狩り放題なのに、勿体ない。


今晩も15時間ほどマッピングしたが、まだまだ吉野山にすら届かない。


先は長そうだ。



 まぐろの刺身が絶品だった。


赤身、中トロ、大トロの三色が、船盛りの大半を占めていた。


それに、骨に付いた部分を、貝殻でこそぎ落とした身が山となって盛り付けられていたから、そこに醬油しょうゆで溶いた山葵わさびをかけて食べると、ご飯があっという間になくなる。


あんなに食べたのに、もう食べられそうな気がする。


休みなく両手の剣を振るいながら、そんな事を考える。


人によっては不真面目と怒られそうだ。


でも、このレベルの魔物相手では、戦闘は既に作業でしかない。


集中するのは、魔宝石を含めた何かを落とした時だけだ。


今晩で言えば、レッドオーガが斧を落とした時がそうだ。


おっ、と思って【真実の瞳】を使ったが、残念ながらEランクだった。


15時間が経ち、そろそろ戻ろうとした頃、朽ちた納屋みたいな建物の中に、奈良で初めての宝箱を見つける。


そこに居た魔物をさっさと倒して開けると、中身は腕時計だった。


『ランクE。腕時計。ダンジョン内で使える』


「ラッキー。

予備ができた」


黒いプラスチック製の安物で、今身に付けている物と似ている。


針が止まっているが、店で魔宝石を入れて貰えば動くだろう。


因みに、電池や燃料の代わりに使われる魔宝石だが、その内部に蓄えられたエネルギーが枯渇すると透明になる。


それらはごみとして出され、自治体が回収してダンジョン内に捨てられる。


一応、リサイクルにはなっているのかな?



 奈良に入って約3週間が過ぎた。


暦の上では既に7月に入り、通常の世界では半袖が主流になっている。


この日は久し振りに休みを取り、溜まりに溜まった魔宝石を換金しに行くついでに、買い物でもしようと考えていた。


三重を完全攻略した後、俺は魔宝石の換金を、これまでとは別の施設で行った。


何だか誰かに注目されているような気がしたのだ。


毎回大量の魔宝石を持ち込むから、ある程度は仕方ないが、必要以上に目立つのは嫌だ。


これまで手伝ってくれていた宿の旦那さんに事情を話し、別な手段を探そうとしたら、女将さんが、『元仲居さんで、今は茶飲み友達の近くに住んでいる女性が、短期のアルバイトを探しているから頼んであげようか?』と言ってくれた。


9月に高校時代の友人達と国内旅行を計画しているらしく、ある程度のお金を稼ぎたいみたいだった。


この辺りではそうそう良いバイトなどないので、片道1時間以上かけて、電車で街に出て仕事を探すつもりだったらしい。


紹介された女性は、女将さんと同年代で、気の良い、品の有る方だったので、お願いすることにした。


5日に1度、ライトバンを出して貰い、三重に近い奈良県の協会施設まで送って貰う。


片道だけだが、1時間くらいかかるので、ガソリン代込みで1回につき5万円お支払いすると言ったら、とても喜んでくれた。


奈良を完全攻略するには、この分だと約50日ちょっとかかる。


大体10回くらいお世話になるから、50万円にはなるはずだ。


国内旅行だから、それで足りるのだろう。


この日も5日分、段ボール箱にして6個の魔宝石を運んで貰い、協会施設前で別れた。


「こんにちは。

魔宝石の買い取りをお願いします」


受付でそう告げて、入り口に積んであった段ボール箱を中に入れる。


「今回も大漁ですね。

お預かり致します」


この受付嬢とは、初回から気が合った。


一応公務員なのに、気さくで話し易い。


査定に結構な時間が掛かるから、彼女が暇な時は、世間話さえする。


それに、1度に1万2000個近い魔宝石を持ち込み、その都度8000万から1億3000万円弱の金額を受け取っているのに、俺を見る目が変わらない。


約1時間後、担当者が査定し終わった結果を基に、支払いをしてくれる。


「今回は合計1万1026個で、総額9934万6000円になります。

お支払いはいつものように口座振り込みになりますので、お受け取りは本日の14時以降になります」


初めてここで換金した時、施設にある現金が全然足りなくて、口座振り込みをお願いされた。


探索者カードを作る時、マイナンバーを登録するので、それにひも付けられた俺の口座に、お金を振り込んでくれる。


俺は脱税している訳ではないから、所得を知られても別に困らないので、以後それでお願いしている。


現金で渡されても、人前ではアイテムボックスを使えないから、持ち運びが面倒だし。


「分りました。

有り難うございます」


明細書を貰い、施設を出て、久々にスマホを起動させる。


宿ではパソコンを使用するので、スマホの電源は普段落としている。


画面を開くと、留守電の表示が複数ある。


『しまった!』


咄嗟とっさに思い出す。


そう言えば、明日は彼女の誕生日だった。


後見人である片瀬理沙さんとは、お互いの誕生日に近況を語りながら食事をする仲である。


恐らくその連絡だろう。


最近はダンジョンにばかりかまけていて、すっかり忘れていた。


慌ててメールを入れると、程無く電話が掛かってきた。


『今何処に居るの?』


「仕事で都外に出ています」


『明日の件だけど、時間取れそう?』


「大丈夫です。

いつもの店で良いですよね?」


『ええ』


「ではこちらで予約を入れておきます。

時間は何時が良いですか?」


『19時でお願い』


「分りました。

では明日、店内でお待ちしています」


『ええ、宜しくね』


電話が切れる。


さて、色々と準備しないとな。

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