第8話

 「さて、これからどうしたものか」


宿の予約は、まだ3週間以上残っている。


折角だし、三重全域と、近隣の県まで足を延ばし、ダンジョン内で転移できる場所を増やしておく方が良いだろう。


幸い、夜に電車やバス、タクシーで移動し、昼前にダンジョン内で転移すれば、一瞬で宿の近くの入り口まで帰って来れる。


大分強くなったとはいえ、何時いつまた大鬼のような強敵に遭遇するか分らない。


強いに越した事は無いから、どんどん能力を上げていこう。


豪華な夕食を食べながらそう考え、食後に、酷使した装備を念入りに手入れする。


パソコンを立ち上げ、先ずは三重県内にある入り口を完全制覇すべく、残り70箇所の攻略順を考える。


それが済むと、支度をして外に出た。



 71日後、1日1所を目安にした攻略で、三重にある全73箇所の入り口を完全攻略する。


1日15時間程度、『地図作成』によるマッピングで、前回の場所と途切れる所がないように気を配りながら、三重全域を歩いた。


1日余計にかかったのは、その日は装備の買い足しで、攻略を休んだからだ。


毎日連続でダンジョンに入ると、武器はともかく、防護服はずっと同じ物を着てはいられない。


なので、『ダンジョン内転移』を使って渋谷にある入り口付近まで跳び、そこから例の武器屋のお姉さんの店まで歩いて、新たに5着、ヘルメットを除いた同じ防護服一式を買い足した。


正直、暑苦しくて動き辛いので、既にヘルメットは被っていない。


その際、良い長剣を安く売って貰ったからと、300万円を別に渡してきた。


彼女には装備のランクが見える訳ではないので、最初はいぶかしんだが、この剣のお陰で命拾いしたと言うと、やっとお金を受け取ってくれた。


そして、この長剣が、彼女が探索者を辞めるきっかけになったことを教えてくれた。


詳しくは教えてくれなかったが、宝箱からこの長剣が出た時、パーティー内で争いが起き、3人の内の男性2人が殺し合って、その際、どちらも魔物に食われたそうだ。


勝者の景品として剣を持っていた彼女だけが生き残り、この店を始めてからも、暫くは売りに出さなかったという。


吹っ切れて、店に並べたその2日後に、俺が買ったという訳だ。


手鏡を拾った事といい、やはり俺は運が良い。


能力値の大幅な上昇により、移動速度と戦闘スピードがどんどん増していき、律儀りちぎに全ての魔宝石やドロップ品を拾っても、1日1箇所の攻略で、少し時間が余るようにまでなった。


【真実の瞳】のお陰か、所々で宝箱も見つかり、長剣1本と勾玉まがたま1つ、何かの刻印が施された1キログラムの金塊を30本手に入れる。


長剣は『SSランク。草薙剣くさなぎのつるぎ』で、海沿いにある、普段は海水に埋もれた洞窟の、隠し部屋から出てきた。


説明文には、『昆虫や爬虫類、両生類の魔物に効果増』とあり、通常の世界で伝えられている物とは少し違うようである。


勾玉は3センチくらいの大きさで、『SSSランク。使用すると光の魔法を習得する』と説明文にあり、早速さっそく使ってみると、『治癒』、『攻撃』、『属性付与』の3つの魔法を覚えられた。


『治癒』と『属性付与』は1種類しかないが、『攻撃』は2種類あり、『光弾』と『浄化』に分かれる。


勾玉は、使用すると消滅してしまった。


因みに、手鏡の方は、3つの扉を開けても消滅せず、単なる鏡として使用できた。


勾玉は、通常の世界では伊勢神宮の辺りにあったお社の内部、???のユニークモンスターが守護する部屋の隠し扉の中に在り、ユニークと言えど、あの大鬼を倒した今の俺の敵ではなく、生命力が2万、筋力が1970あり、猛毒を持つ大蛇であったが、難なく手に入れられた。


その際に、25センチ程の魔宝石と、『解毒(S)』の特殊能力も得ている。


???の魔宝石は、全てアイテムボックス内に終ってあるが、その他の魔宝石は、3日に1度、協会の施設に持参して換金している。


大体、1回につき魔宝石3600から4500個くらいを大きめの段ボール箱数個に詰めて持ち込み、その都度、3200万から5000万円くらいを受け取る。


単なる1施設にそれ程の現金など置いていないから、当然、口座振り込みだ。


金額の幅は、倒した魔物の強さが、入り口の場所によって異なるからだ。


あとは、サイクロプスを倒したかどうかで大分違う。


この辺りでは、???のユニークを除けば、あれが1番強いらしい。


ユニークとでは、比べものにならないくらい、弱いけれど。


人前でアイテムボックスを使うことはできないので、宿の女将さんに相談したら、旦那さんが市場に買い付けに行く際、一緒に荷物をトラックに積んで、同乗させて貰えることになった。


帰りは荷物がないので行きだけだが、ガソリン代やお礼を兼ねて、毎回3万円を支払っている。


『要らない』と言われたが、回数が多いので、『こちらが遠慮したくないからお願いします』と言うと、渋々受け取ってくれるようになった。


因みに、宿の宿泊予約は1つきごとに最初の月と同じ金額で更新している。


1泊2食(俺は夕食のみだが)、税込みで1万5000円の部屋に、毎月100万円支払うので、女将さんが俺の下着や防護服の洗濯までしてくれるようになった。


なお、俺が短期間で大量の魔宝石を持ち込むので、協会における、あの男性の評価がかなり上がったらしい。


『今回のボーナスは相当期待できるから、君には感謝しかない』と、半ば強引に握手された。


俺の方は、探索者カードの更新が年に一度なので、相変わらずFランクである。


三重県全制覇の翌日、再度伊勢神宮の内宮へお参りし、神様に丁寧にお礼を述べた。


そして、その足で社務所を訪れ、2000万円の寄付を申し出た。


この3か月足らずで相当稼がせていただいたから、この地に、魔物を倒して得た分の、その一部をお返ししたのだ。


高額寄付者として、何処だかに名前を載せると言われたが、それは丁重にお断りした。



 夕食後の宿で、これからどちらを攻略しようか考える。


名古屋方面にするか、それとも京都の方へ向かうか。


奈良という手もある。


京都の入り口は、全部で59個。


奈良なら47個か。


・・・もう直ぐ7月だしな。


夏の京都は暑いって言うし、奈良にしておくか。


そう決めると、攻略順などを考えて、今日はもう寝ることにした。



 『探索者チャット・日本語版』


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2082:ベテラン?


 なんかさ、三重のダンジョンに魔物がほとんど居ないんだけど、誰か理由を知ってる?


1524:俺様


 そんな田舎の事など知らん。


1604:私


 強い魔物も居ないの?


2082:ベテラン?


 寧ろ、強い魔物が全く居ないと言った方が良い。


居るのは、換金所で500円や1000円くらいにしかならない魔物ばかりだ。


それだって、数が異様に少ない。


893:堅気かたぎ


 噂で聞いたことがある。


ここ2か月くらい、数日に一度、換金所に大量の魔宝石を持ち込み、その都度3000万を超える金を得ている奴がいるらしい。


1524:俺様


 3000万!?


1604:私


 大量って、どれくらい?


893:堅気


 毎回4000個くらいだと聞いている。


1524:俺様


 4000!?


それってゴブリンやオークのか?


2082:ベテラン?


 三重のダンジョンに、ゴブリンやオークなど居ない。


少なくとも、俺は見た事がないよ。


ここは上級者向けの場所だからな。


東京や神奈川の軟弱地とは違う。


第一、それで3000万になんかなるかよ(笑)。


1524:俺様


 何だと!


1604:私


 それはちょっと言い過ぎだと、私も思うわ。


2082:ベテラン?


 ゴブリンなんて倒して、能力値が上がるのか?


魔宝石だって100円くらいだろ?


木刀で倒せるくらいだしな。


1524:俺様


 金持ちだからって、100円を馬鹿にするな!


税抜きなら、買える物は多いんだぞ!


ゴブリンは初心者の味方なんだよ。


2082:ベテラン?


 事実を言ったまでだよ。


お前さ、やけにゴブリンにこだわるけど、ランクは一体幾つなんだ?


1604:私


 他人のランクや能力値を公然と尋ねるのは、マナー違反よ。


1524:俺様


 そう言うお前のランクは幾つなんだよ!?


2082:ベテラン?


 少なくとも、お前よりは上だよ。


ゴブリン倒してないからな。


1524:俺様


 お前ムカつく。


三重に行ったらボコボコにしてやる。


2082:ベテラン?


 最初に喧嘩けんか売ってきたの、お前だろ?


第一、電車賃出せるのか?


1524:俺様


 馬鹿にするなー!!


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