第7話

 「・・何だか雰囲気が悪い気がする。

ダンジョンって、もっと明るい場所じゃないの?」


昨日までとは別の場所にある入り口から中に入るや、どんよりとした、じめじめした空気がまとはり付く。


存在する魔物も、軒並みレベルが高い。


三重に来てから、ゴブリンやオークなんて1体も見ていない。


現に、目の前ではレッドオーガが斧を振り上げている。


今の俺の敵ではないが、これは先が楽しみだ。


【真実の瞳】をフル稼働しながら、いつもより慎重に先へ進む。


所々地面が湿っていて、気を付けないと足を滑らせる。


山椒魚さんしょううおを巨大化したような魔物や、大蜥蜴(おおとかげ)の魔物が頻繁に襲ってくる。


蜥蜴の魔物というと、リザードマンを思い出すが、ここのは二足歩行ではなく、四つん這いで歩いている。


道の周囲に広葉樹の大木や丈の長い雑草が多く、視界が狭い。


草むらに潜んでいた大百足おおむかでのような魔物に剣を突き刺し、木々の間から襲って来る、大型の蟷螂かまきりに似た魔物の胴を真っ二つにする。


そうして7時間が経った頃、かなり大きな洞窟を見つける。


進んで行くと、それ程の奥行きはなく、30メートルくらいで行き止まる。


問題は、そこに居た魔物だ。


牛蛙を40倍くらい大きくすれば、こんな魔物になるかもしれない。


如何にも毒々しく、グロい。


俺を見ると、いきなり体液を吐いてきたので飛び退すさる。


元居た地面が、まるで強酸でもかけられたように、シュウシュウいっている。


もっと広い場所で戦うべく、一旦入り口まで走って戻ると、運良く追いかけて来てくれた。


ここからは本気だ。


何故かって?


それはあの魔物が強過ぎるから。


______________________________________


名称:???


生命力:16500


筋力:1430


肉体強度:1380


精神力:440


素早さ:750


特殊能力:毒耐性(S)


______________________________________


今の俺なら勝てない相手ではないが、油断すれば間違いなく死ぬ。


左手に持っていた盾を投げ捨て、長剣を両手で構えて、思い切り斬りかかる。


一直線の攻撃は、奴の体液の良い的になるから、左右に鋭く跳ねながら、切り裂いては直ぐ距離を取る、ヒットアンドウエイの戦法で戦った。


切り刻むこと数分、周囲に異臭が立ち込める中で、やっと止めを刺す瞬間が訪れる。


弱った奴の背後から、渾身の力で剣を突き刺した。


確かな手応えと、体内に侵入してくる何か。


20センチの魔宝石を残して消滅した魔物に安堵して、ステータス画面を開くと、案の定、特殊能力の所に『毒耐性(S)』が表示されている。


握った拳を、高々と突き上げる。


「よし!」


魔宝石と盾を回収し、もう一度、洞窟の奥に足を踏み入れる。


【真実の瞳】を用いて周囲を隈なく探すと、やはりあった。


リュックから例の手鏡を取り出すと、そこから光が伸びて、隠し扉が開かれる。


そこに鎮座するかのように置かれた宝箱の蓋を開けた。


箱の内部の暗闇に、文字が見える。


『知恵と幸運、武力を備えた汝に、更なる力を授ける』


文字が消え、それと同時に俺の中に何かが入り込んで来る。


本日2度目の幸運に、身体が震えた。


ステータス画面には、特殊能力として『アイテムボックス』が追加されている。


「はは、・・あっはっは!」


これまでで1番大きな声で笑った。



 宿に帰り、風呂に入って泥のように眠る。


今の俺の活躍を喜んでくれる人がいないせいか、両親が褒めてくれる夢で目が覚めた。


後見人の女性弁護士には、探索者の活動については何も知らせないつもりでいる。


今日の夕食も凄く豪華だ。


朝方遅くに帰って来た時、2つも特殊能力を得たことで機嫌の良かった俺は、女将さんに、『お預けしているお金のことですが、あれ、お釣りも返さなくて結構です。その分、夕食に何か付けてください』とお願いした。


だからか、通常のメニューの他に、今晩はあわびのステーキと、伊勢海老の御作りが添えられている。


そのきもとバターを混ぜたタレで焼いた鮑は絶品で、伊勢海老もぷりぷりと歯ごたえがしてたまらない。


ご飯は御櫃おひつで運んでくれるので、好きに食べられる。


美味しくて、毎回ほぼ空にしている。


食事を終えたら装備の手入れをして、パソコンを起動させる。


今晩、もう1か所の入り口にチャレンジしてみるか。


俺の予想では、そこに最後のお宝があるはずだ。


これまでの経験から、それがとんでもない価値の有るものだとも分っている。


探索者ネットで色々と調べたが、『地図作成』も『アイテムボックス』も、世界中で俺以外には誰も持っていなかった。


公表していないだけかもしれないが、どちらも凄まじい幸運と実力なしには決して入手できない能力だ。


決めた。


やはり行ってみよう。


ステータス画面で『アイテムボックス』をタップした時、その説明文に、『容量は、精神力の成長と共に増加していく。なお、能力所持者が死亡すれば、その中身は消滅する』とあったので、大事な物は全てそこに入れておくことにした。


手鏡や、生命力を増加させる薬(検索しても出なかったので、便宜上、『HPアップ』と名付ける)、???の魔物が落とした魔宝石などだ。


夜の消灯時間が早いこの辺りの闇に紛れて、俺はダンジョンへと向かった。



 「ダンジョン内で家屋を見るのは、これが初めてだな」


魔物を倒しつつ、入り口から8キロほど奥に進むと、廃屋が幾つも点在する場所に出た。


木造の、朽ちた平屋の家々が、薄暗い空間の中で更にわびしさを醸し出している。


不意に現れた魔物を見て、一瞬気がゆるむ。


『鬼がいるんだ』


自分に襲いかかって来る魔物は、どう見ても昔話に出て来るような鬼だった。


『まあ、しま々パンツは穿いてないがな』


棍棒を避けて首を刎ねる。


この後、出て来る魔物の半分以上は鬼で、その中の1体が、鉄製の棍棒と言うより、6角形のメイスに見える物を落とした。


『ランクD。殴打武器』


喜んでアイテムボックスにしまう。


でもこれ、普通の人じゃ重くて持てないな。


恐らく、60キロ近くあるぞ。


倒した魔物が500を超え、中に入って8時間近く経過した頃、一際大きく立派な屋敷が見えてきた。


この屋敷だけは、辛うじて人が住めるくらいには原形を留めている。


確信を持って中に入って行くと、道場のような場所に、漆黒の大鬼が居座っていた。


これまで倒してきた鬼は、どれも赤鬼か青鬼、たまに緑鬼だった。


でもこの鬼は、色だけでなく、威圧感が他の物とはまるで違う。


戦い慣れていなければ、戦闘前に勝負がついてしまう程の殺気を放っている。


俺を見て、鬼が笑った気がする。


ゆっくりと立ち上がり、彼が得物を構える。


______________________________________


名称:???


生命力:26500


筋力:2360


肉体強度:2130


精神力:980


素早さ:1080


特殊能力:魔法耐性(S)


______________________________________


ステータス画面を覗いた俺自身が信じられない。


この強敵に、物理だけで戦えなんて酷過ぎる。


まあ、俺はまだ魔法が使えないけどね。


攻略順番を間違えて、昨日この相手と戦っていたら、間違いなく死んでたな。


今の俺なら、生命力と筋力、肉体強度以外、負けていない。


3つも負けていれば勝機は低いが、精神力と素早さでは、大幅に上回っている。


相手の攻撃を1発でも食らえばかなりのダメージになるから、基本、カウンターとヒットアンドウエイだな。


・・いざ、勝負!


相手の棍棒が、避けた場所の床をぶち抜いた隙に、背中に一撃入れて外に逃げる。


自由に動ける足場を確保したら、ここからは長期戦だ。


傷を付けた俺に怒りを向ける相手の大振りを慎重に躱し、無理をせず、一撃ずつ入れては離れる。


大振りとはいえ、(野球における)一流の強打者の素振りなんかより数倍も速いから、風圧が直に肌に感じられる。


上段からの攻撃には難なくカウンターを取れても、横殴りの攻撃からは、先ず躱すことを優先する。


戦い続けること25分。


大鬼の身体からは大量の黒い血が流れ、その眼は、最初の余裕が失われて、焦りを浮かべ始める。


一方の俺も、無傷とはいえ、相手にダメージを与えるために、一撃一撃に相当な力を込めているので、『自己回復(A)』がなければ息切れしていただろう。


剣を強く握り締めねば、相手の身体を切った時、その衝撃で剣が飛ばされる。


手首に毎回のように大きな負担がかかるが、これは武道ではなく、殺し合いなのだ。


甘い事を考えた方が死ぬ。


人の身体と違って、この大鬼の肉体は、鋼のように固い。


急所を突けば死ぬような、弱い相手ではないのだ。


地面の所々に開いた穴に足を取られた振りをして誘いをかけると、奴が渾身の力で大振りしてくる。


その隙を逃さず、脇を抜けながらありったけの力で胴を切り裂く。


互いの勢いがぶつかり、猛スピードのダンプ同士が正面衝突したような衝撃が、身体を襲う。


体内に何かが入って来るような感触と共に、大鬼が消滅した。


「はあ・・はあ・・」


身体に感じる熱量が半端ではない。


思わず膝に両手をついて、息を整える。


剣を落とした先には、30センチくらいの魔宝石が落ちている。


その大きさが、何だか誇らしかった。


大鬼が居た場所に戻り、【真実の瞳】を使うと、神棚のような場所の下に隠し扉がある。


光を帯びた手鏡を取り出して向けると、そこから細い光が伸びて、扉が開く。


中にあった宝箱を開けると、いつものように、暗闇に文字が浮かんでいる。


その文字が消え、俺の体内に何かが流れ込んだ後、ステータス画面を開いた。


______________________________________


氏名:久遠寺 和馬


生命力:9400


筋力:2280


肉体強度:2310


精神力:3830


素早さ:2150


固有能力:【真実の瞳】


特殊能力:『自己回復(A)』『地図作成』『毒耐性(S)』『アイテムボックス』  

     『魔法耐性(S)』『ダンジョン内転移』


______________________________________


きっと物凄い能力だろうとは思った。


だけど、まさか転移とは・・。


文字をタップして説明文を読むと、『一度行ったことのあるダンジョン内なら、何処でも跳べる』と書いてある。


通常の世界では使えないが、例えば、外国に行ってそこのダンジョンに一度入れば、そこから自宅の直ぐ近くにあるダンジョンの出口付近まで、一瞬で戻れるということになる。


事実上、通常の世界でも使えるのと一緒だった。


偶然拾った手鏡を頼りに、俺はこの数日でとんでもない能力を手に入れた。


協会に報告するつもりなんてないし、余程の事がない限り、人に教えるつもりもない。


色々と考えねばならない事もできたし、今回はここでダンジョン探索を終えた。

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