第6話

 松阪牛のミニステーキまで付いた夕食を堪能し、今晩もまた、前回と同じ入り口から入る。


「ん?

・・魔物が見当たらない」


疑問に思いつつ、朝方に探索を切り上げた場所の辺りまで来ると、大型の熊のような魔物が居た。


その時まで、全く魔物を見なかったので少しだけ動揺したが、慌てず、剣の二振りで仕留める。


3センチ近い魔宝石を残して消えた魔物の向こうに、更にもう1体、同じ魔物が牙をいていた。


良かった。


ここからは今晩も大漁だな。



 一定の明るさはあるとはいえ、夜の森の中はかなり暗い。


【真実の瞳】を頻繁に使用しながら、植物か魔物かを判断する。


木の上から大口を開ける大蛇、枝から枝に飛び移り、攻撃の機会を窺っている猿型、ここにいる狼型の魔物は灰色をしている。


時々オーガも出て来て、更に奥に進むと、青い肌をした一つ目の巨人まで居た。


この巨人、棍棒の一振りで、地面を大きくえぐる。


当たったら只では済まないだろうから、下半身を切り裂き、倒れたところを剣で貫く。


その魔宝石は、5センチくらいあった。


6時間が経過しても、まだ森から出られない。


もうこの辺りでは、オーガなんて普通に出て来る。


3体目の巨人を倒した時、魔宝石の他に何かを落とした。


調べると、『ランクA。薬品。生命力を僅かに上げることのできる品』であった。


これは凄い。


嬉しくて、更に4時間戦い続ける。


出て来る魔物の種類が森に入り始めた頃に戻り、到頭そこで、一旦森を抜ける。


リュックが魔宝石でパンパンになっていた事もあり、今回はここで切り上げて、ダンジョンから脱出した。



 「う~ん、魔宝石の置き場がない」


たった2日で、女将さんから分けていただいた大きめの段ボール箱一杯に魔宝石が溜まっている。


今の宿泊客は俺だけのようだから、部屋に置いておいても盗難の心配はないだろうが、一度換金に行くか。


夕食後、装備の手入れをし、内風呂ではなく大浴場に入って身体のりをほぐし、ネットで協会の換金施設を探すと、ここから電車で7駅の場所にあった。


なので、今晩は探索を程々にして、明日の午前中に出かけることにする。


また同じ入り口から中に入るが、やはり魔物がいない。


約2時間、ひたすら走り続けてやっと今朝止めた場所の辺りまで来るが、その間1体も魔物を見なかった。


前日のように、探索を止めた辺りまで来ると、急に魔物が存在するのだが、一体何故なのか?


気を取り直し、魔物を狩りながら1時間くらい歩いた先に、入り江が見えた。


ダンジョン内にも、ちゃんと海があるのだ。


その砂浜と小岩が連なる場所には、大きなかにの魔物が多数居た。


1匹1匹が、大型犬くらいの大きさがある。


囲まれないように注意しながら、数十匹を倒しまくる。


そうして移動していた砂浜に、何か光る物が落ちていた。


安全を確保してから拾い上げると、それは小さな手鏡だった。


鏡の周囲は翡翠のような物でできていて、とても美しい。


【真実の瞳】を使うと、『SSSランク。翡翠の手鏡。隠されし3つの扉を開く鍵』と表示される。


「おお、何か凄いお宝がありそう!」


扉が何処なのかは全く分らないが、これは常に持ち歩くことにする。


更に歩くこと2時間。


海岸沿いに、大きな洞窟を見つける。


中はかろうじて視界が利く程度の明るさしかない。


普段は海水に埋もれているようだが、今は潮が引き、歩いて中に入れる。


罠に気を付けながら、【真実の瞳】を使い続ける。


途中で、魚の顔を模した魚人の魔物に何度も襲われる。


三つまたの槍で攻撃してくるが、動き自体はそれ程速くない。


ただ洞窟内なので、こちらもあまり自由に動けない。


身のこなしでかわせぬものは盾で弾き、カウンターの如く剣で首を刎ねる。


そうしながら1キロくらい奥に進むと、行き止まりだった。


がっかりするが、そこでひらめく。


【真実の瞳】で周囲を探すと、やはり隠し扉がある。


先程拾った手鏡を取り出すと、鏡自体が光を帯びていた。


鏡の面を、隠し扉に向ける。


すると、鏡から細い光が伸び、隠し扉を開いた。


その小さな空間の中に、宝箱がある。


罠がないことを確かめて、箱を開ける。


箱の中は真っ暗で、そこに文字が浮かんでいる。


『知恵と幸運、武力を備えたなんじに、更なる力を授ける』


文字が光るとそれが消滅し、俺の身体の中に何かが入り込んで来る。


ステータス画面を開くと、特殊能力の2番目に、『地図作成』の文字があった。


「マジか!!

これでもう、迷わなくて済む!」


喜んでいる俺の足下に、海水が少しずつ流れ込んで来た。


「不味い。

急いで引き返そう」


来た道を、全速力で走り抜ける。


魔物に出会わなかったせいで、どうにか膝が濡れるくらいで洞窟から出て来れた。


「何か精神的に疲れた。

今日はもう帰ろう」


『地図』を展開すると、幸運な事に、これまでに移動した範囲がマッピングされている。


それを見て手近な出口へ向かい、そこからダンジョンを脱出した。



 午前11時30分。


1階の食事処が開き次第、中に入って手捏てこね寿司を3つ注文する。


何故か知らないが、この県で食べた手捏ね寿司は皆サイズが小さいので、1つではとても足りない。


かつおの刺身や叩きが好きなので、同じ物を3つ食べても全くきない。


お腹を満たした後は、リュックを背負って段ボール箱を抱え、駅まで歩き、電車に乗る。


通勤、通学から外れた時間帯なので、電車の中はガラガラだ。


30分もかからずに目的の駅に到着し、事前に調べておいた道を歩いて行く。


協会の施設に入ると、東京とは違って、ほとんど人が居ない。


買い取り所に段ボール箱を置き、係の女性に声をかける。


「済みません、魔宝石の買い取りをお願いします」


「はい。

・・もしかして、この箱全部がそうですか?」


「他にも、リュックに入っています」


「・・探索者カードをご呈示願えますか?」


「こちらになります」


「F!?

・・失礼ですが、こちらは全てあなたが獲得した物でしょうか?」


「ええ。

間違いありません」


「少々お待ちください」


女性が奥に行き、上司らしい、30後半くらいの男性を連れて来る。


「待たせて済まないね。

ここには、一度にこんなに持ち込んで来る人なんて、まずいないからさ。

・・君はまだ、探索者になったばかりだね?

誰かとパーティーを組んでいるのかい?」


「いいえ、僕一人で活動しています」


「何か特別な武芸でもやっているのかな?」


「中学を卒業するまでは、日本のものは、一通りやっていました」


「・・査定をするから、少し時間がかかるよ?

物凄い数があるからね」


「大丈夫です。

お待ちしています」


リュックにある分も別に出し、それらを、担当者2人が判別機械のある場所まで運んで行く。


魔宝石の査定は、ゴブリンやオークなどの誰でも分る安物以外、基本的に2人以上で行われる。


魔宝石自体がかなり小さい上に、中には非常に高価な物もあるので、職員による盗難防止の意味合いも兼ねて、監視カメラが設置された場所で行われるのだ。


面白そうだから見ていると、上部にある投入口に魔宝石をジャラジャラ入れていくと、その大きさに合わせて複数ある排出口から魔宝石が出て来て、同じ大きさの物に選り分けられる。


その後、同じ大きさごとに別の機械の中に入れ、1つ1つの魔宝石が、どんな魔物の物であるかを判定していく。


どうやら、予め、今現在確認されている全ての魔宝石のデータを登録してあるらしい。


日本に存在しない魔物であったり、この国ではまだ討伐されていない魔物の物は、海外から借り入れて登録していると後で知った。


作業をしていた担当者達が、驚きの視線でデータを見ている。


全ての作業を終えた後、先程の上司らしい男性に、彼らがそのデータ用紙を見せていた。


「・・君、本当にこれを1人で倒したんだね?」


「ええ」


「魔宝石の中に、サイクロプスの物が複数あったのだが・・」


「あの1つ目の巨人ですよね。

結構強かったですが、動き自体は単調でした」


「・・・。

魔宝石の数は、全部で1804個。

買い取り金額は、サイクロプスの物が1つ30万するので、全部で702万円だ」


「有り難うございます」


「今まで見た事ないが、君はどの辺りに住んでいるんだい?」


「東京の渋谷区です。

こちらには旅行で来ています」


「・・君の事は覚えておくよ」


意味深な事を言う男性が奥に戻り、俺は受付でお金を受け取って、施設を出る。


それから直ぐに銀行に行き、自分の口座に600万を預け入れた。


俺は現金資産を2つに分けて管理していて、常々使う銀行には、7000万くらいしか入れていない。


もう1つ、普段は全く使用しないメガバンクの口座に残りの1億2000万を入れ、その通帳や印鑑を、両親から相続したニューヨークにある銀行の通帳(500万ドル入り)やカードと共に、大きな貸金庫の中に終っている。


そして、本当は現金は入れてはいけないらしいのだが、そこには両親が遺した100万ドル分のドル紙幣と、1キログラムの金の延べ棒が20本、一緒に入れられている。


住んでいる一戸建て(100坪)の固定資産税が、年に300万円以上かかるが、後見人に支払う手数料300万と合わせて、それらは株の売買益や配当で支払える。


両親が所持していたITやAI、ロボット関係の株式の時価は、現時点で約110億円あり、そのお陰で、俺は遊んで暮らせるのだ。


彼らの命日には、好きだった花とワインを持参して、きちんと墓参りしている。


そしてその部屋は、未だに整理する気になれない。


まだ宿の夕食には時間があるので、折角だから、伊勢神宮にお参りに行く。


貴重な特殊能力も得られた事だし、内宮で、感謝の祈りを捧げてきた。


平日なのに、ここには東京並みの人出がある。


それでいて、内部の空気は澄んでいるのだから、自然は偉大だ。


買えるものなら地球の熱帯雨林地帯を丸ごと買って、豊かな植生をはぐくみたい。


大自然の中では、人は大らかでいられるから。


宿に戻り、今晩の予定を考える。


今日は他の2つの入り口の、どちらか1つに入ってみようか。


もう大分強くなっているし、多分、大丈夫だろう。

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