第5話

 翌日、俺は最小限の荷物と装備だけを持ち、新幹線と電車を乗り継いで、三重県のとある場所に来ていた。


都会でなければ何処でも良かったのだが、以前、両親と訪れたことのある三重を選んだ。


昨日、初めて入ったダンジョンは、入り口が大都会にあったからか、その内部も普通の平野だった。


所々に樹木や岩があり、丈の短い草が生えている場所も多かったが、険しい山や、深い森林、巨大な湖などの大自然は存在しなかった。


人口が多い都市の入り口から入ると、どうもそれ程複雑な地形にはなっていないらしい。


そしてそこで活動する多くの探索者は、大体が自分達のテリトリーを持っていて、その内部でしか魔物を狩らない。


電子機器が使えないダンジョン内では、手書きで地図を作成するか、探索者達の情報を集めて作られた簡易地図を協会から購入する以外に、自分達が今居る場所を把握しづらい。


強い魔物が涌けば直ぐ逃げなくてはならない兼業探索者達には、出口が何処にあるかを常に把握しておくことが重要になる。


結果として、皆がある程度の場所に固まり易い。


他人と異なる事をしていれば、必然的に目立つ。


どんどん先へ進み、ガンガン魔物を倒したい俺としては、野次馬に付いて来られるのは迷惑でしかない。


色んな魔物を倒したいせいもあって、人にあまり利用されていない入り口を求めてここに来た。


温泉が出る地のようで、点在する民家の中に、2件ほどの温泉宿がある。


周囲に草の生えた空き地や、寂れた廃屋しかないような場所に、意外に立派な宿があった。


俺はそこに出向くと、フロントに声をかけた。


「済みません、予約なしでも宿泊可能ですか?」


「はい、可能ですよ。

今ならお部屋に空きがございます」


30代くらいの女性が、にこやかに対応してくれる。


「とりあえず1カ月ほど連泊したいのですが、大丈夫ですか?

部屋は1番下のランクで構いません」


「1か月ですか!?

・・うちはお部屋のタイプは2つしかなくて、お安い方でも、1泊2食付きで、お一人様、税込み1万5000円になります。

大変申し訳ありませんが、それ程の長期ですと、事前に半分ほどお支払いいただきますが・・」


「問題ありません。

最初に100万円をお預けします」


「!!

・・失礼致しました。

当旅館にようこそ。

女将の安西と申します。

お部屋にご案内致します。

お手続きは、そちらで・・」


荷物を持つと言われたが、さすがに遠慮して、彼女の後を付いて行く。


3部屋しかない2階に上がり、隅の部屋に案内される。


リュックから100万円の束を差し出し、宿帳を書いていると、それを数え終えた女将が、この宿の簡単な説明をしてくれる。


ここは夕食だけでも構わないらしく、ほとんどの客は、それ目当てで訪れるらしい。


食事をすれば、温泉に500円で入れる。


後で調べたら、ネットでは隠れた名店として知られていた。


食事は、宿泊客は部屋で取れるらしい。


昼食を取る場合は、別料金で、1階にある食事処を利用して欲しいとのこと。


身なりから、俺が探索者であることは分っているはずなので、少し我儘わがままを言ってみる。


「朝食は要らないので、布団を片付けるのは夕食前にしていただけませんか?

僕は探索者なので、夕食後にダンジョンに向かい、翌日の午前に帰って来て、お風呂に入ったら、そのまま夕食まで寝たいのです。

勿論、料金はそのままで結構ですから」


「それは構いませんが・・でしたら、お夕食時に毎日1しな、サービス致しますね。

成長期ですし、お仕事柄、しっかりお食べになった方が宜しいですよ」


「有り難うございます。

でも、却ってご負担にはなりませんか?」


「いいえ、全然。

ではまた後で、お預かり証とお茶をお持ち致します」


書き終えた宿帳と現金を持って、女将が下がって行く。


改めて室内を見回すと、8畳と6畳の和室に、トイレと洗面所、小さな浴室が付いて、窓際には、更に2畳くらいのスペースがあり、そこにも椅子とテーブルが置かれている。


木の温もりを大事にした、宿の外観同様、とても上品な部屋だった。



 女将が持参してくれたお茶とお菓子を頂きながら、夕食まで、部屋で調べものをする。


パソコンを使い、この宿周辺の入り口を探す。


行き当たりばったりでここに来たが、どうやら正解だったようだ。


半径5キロの円内に、1つずつ入り口があるものが3つ、宿を中心に隣接している。


その内2つは、滅多めったに人が入らない場所のようだ。


14年前、この付近の人達が中に入って、誰も戻って来なかったらしい。


周辺に廃屋や空き家が多いのは、そのせいなのかもしれない。


その後も、幾人かの探索者達が赴いたが、やはり誰一人帰って来なかったと、協会のサイト情報に記載があった。


強い魔物でも居るのだろうか。


不安より期待の方が大きく、豪華な夕食を堪能すると、直ぐに支度をして外に出た。



 初日の今日は、今でも時々利用されている入り口から中に入った。


もう夜なので、周囲に人の姿は全く無い。


ダンジョン内は昼夜を問わず、一定の明るさがあるので、見通しが悪い訳ではない。


入って直ぐ、都会との違いが目に付いた。


大木の林や森林が在り、遠方には入り江が見える。


地形の起伏が見られ、森林が在りながらも遠くまで見渡せる。


気に入った。


如何にもダンジョンらしい。


ゲームやアニメでは、ダンジョンと言うと閉鎖的な小空間で描かれることがほとんどだが、地球においては世界そのものが1つのダンジョンなのだ。


諸外国では、そのゲームやアニメみたいに、ダンジョン内に古城や古墳、洞窟などが多数存在し、そこでは正に迷宮感が味わえるらしいが、この日本では、そういう場所は、まだほんの数個しか探索されていない。


探索者の登録数においては、アメリカや中国、インドやインドネシアに次いで5番目である日本だが、活動自体はそれ程活発ではない。


実力次第で富と栄光を得られる場所ではあるが、そこには常に、死の恐怖が付き纏う。


通常の世界でも、サブカルチャーによって、ある程度のわくわく感は得られる。


死んだり障碍者になってまで、更に楽しもうとする人は、例外なのかもしれない。


歩き出して3分もしない内に、2体のオーガに出くわす。


これは運が良い。


せいぜい稼がせて貰おう。



 中に入って5時間が経過した。


現在は森林の中で、大蛇や大型の蜂、猿型や、熊のような魔物を相手に戦い続けている。


その間、僅かな水分補給だけで、ひたすら剣を振るう。


【真実の瞳】を得た後、この長剣と短剣、盾を調べたら、長剣にはAの評価が付いていた。


『ランクA。無銘。折れにくく、刃こぼれしづらい名品。使用者の精神力を糧にして、切れ味を増す』と表示されたのだ。


はっきり言って、俺が支払った額では全然足りない気がする。


短剣の方にもCの評価が付いていて、これまた『ランクC。無銘。中々の逸品』との表示が出ていた。


盾には只のE評価しか付いていなかったが。


その内、あの武器屋の女性店主には、何らかのお礼をしようと思っている。


戦っている最中にも、割と頻繁に能力値の上昇があり、ユニークから得た『自己回復(A)』のお陰で、数分おきに戦っているのに全く疲労を感じない。


楽しい。


魔宝石をリュックに入れながら、ハイになっている自分に気付く。


この日は、更に7時間程を戦闘に費やして、背中を丸々覆う程のリュックが魔宝石で一杯になると、渋々帰還した。



 宿に帰り、風呂に入って、寝心地の良い布団に包まれてぐっすり眠る。


朝の10時近くに宿に戻った際、俺を見た女将さんの顔に、安堵の表情が現れたのを、俺は見逃さなかった。


どうやら心配してくれていたらしい。


探索者なんて、何時いつ死ぬか分らない。


今はまだ客として心配してくれたとしても、俺にはそれが、少し嬉しかった。

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