第4話

 渋谷という街は、良くも悪くも人を集める。


若者の街というイメージが強く、何かのお祭りやイベントには、近隣の県からも沢山の人が集まって来る。


ハロウィンでバカ騒ぎすることは全国的に有名だが、今時、エイプリルフールで馬鹿をする奴がいるとは思わなかった。


まだ10代前半か、せいぜい高校生くらいだろう。


魔物の側に、幾つもの死体が転がっている。


損傷が激しく、手足がちぎれているものが多いので、頭の数だけで判断すれば、全部で8つ。


そこから少し離れた場所に、更に4つ。


木刀やバットも転がっているが、それは彼らの武器だったのだろう。


ダンジョンに入る際は、一度に3人まで。


法的拘束力はないが、これは今や常識である。


十分に実力を付けた探索者同士が、4、5名でパーティーを組むこともあるが、それでも、毎年その内の何割かは帰らぬ人となっている。


有名なのは、ダンジョン初期における、アメリカと中国の事例だ。


ダンジョンが出現して直ぐ、この両国はダンジョン内での覇権を争い、実に多くの戦力を投入した。


現実の戦争の如く、小隊、中隊を組んで内部に同時突入し、それによって生じたより強い魔物達に、兵士達は皆殺しにされたのだ。


魔物は、人を殺せば殺すだけ強くなる。


何百、何千、何万と、兵士達を殺し続けた魔物は、手が付けられない程強くなり、近代兵器が使用できないダンジョン内で、当時はほぼ無敵の存在になる。


結果として、陸軍兵士の4割近くを失った両国は、以後、ダンジョンというものに対して消極的になる。


当時はまだ魔法の存在も明らかでなく、ダンジョンから得られる物品も乏しかったから、暫く民間の自由に任せたのだ。


これが功を奏し、後に世界共通の探索者協会が生まれる。


ただ、その過程で各国が非人道的な事を繰り返したせいで、後に英雄やカリスマと称される者達が出るまで、この協会は、設立当初から人々の評判があまり良くなかった。


なお、『ダンジョンに4人以上で入ると、より強い魔物が出現するのは何故なぜなのか?』という疑問に対しては、『ダンジョンの防衛機能の一種なのではないか』という結論に達している。


屈強な人間が大多数で同時に攻略すれば、ダンジョン内の弱い魔物は勿論、中堅どころの魔物でも、割と簡単に倒せるかもしれない。


それにより、ダンジョン内で魔物の数が減り、自己生産すら追い付かなくなる可能性がある。


ダンジョンの製作者が存在すると仮定するなら、そのくらいの事は考慮に入れるはずである。


でないと、通常の世界で違法度の高い、殺人や強姦による人の魔物化が説明できない。


それらは通常の世界でこそ違法なのであり、無法地帯であるはずのダンジョンでは、罪とならないはずである。


本来は魔物が倒して、そのレベルを上げる糧とすべき弱者を、他の人間が殺してしまえば、魔物自体が強化される機会を失う。


それを恐れたダンジョンの意思が、余計な事をした人間に罰を与えていると考えればしっくりくる。


正当防衛なら魔物化しないのも、それまで罰しては、今度は逆にダンジョンを攻略しようとする者まで減らしてしまうからだろう。


映像や写真以外で、人の死体を間近に見たのはこれで二度目だが、これだけの数が散乱していると、さすがにこたえる。


目の前の魔物は、未だ悠然ゆうぜんと食事に励んでいるのだから。


勇気を奮い起こし、対象の魔物に【真実の瞳】を向ける。


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名称:???


生命力:4800


筋力:460


肉体強度:350


精神力:180


素早さ:190


特殊能力:自己回復(A)


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強い。


今までの相手とは格が違う。


ダークウルフでさえ、生命力は400くらいで、筋力は80弱でしかなかった。


おまけに特殊能力すら持っている。


名称が表示されないのはユニークだからか?


どうする?


精神力と素早さは俺の方が上だし、戦うか?


悩んでいると、相手が俺に視線を向けた。


あ、そう。


戦う訳ね。


別にがんをつけた訳じゃないんだけどね。


ゴリラだかオラウータンだか分らないような巨躯きょくの魔物が、食べていた物を放り投げ、俺の方に勢いよく飛び跳ねて来る。


そのまま攻撃を受ければダンプにねられるようなものなので、俺の方でも勢いをつけ、擦れ違いざまに胴を切りつける。


ざくりとした感触を得たまま直ぐに反転し、今度は首を刎ねようとするが浅い。


魔物が必死に繰り出した拳が、顔の横を音を立てて通り過ぎるが、気にせずカウンターの要領で、相手の心臓に剣を突き刺す。


体当たりの衝撃で、地面を踏みしめる両足が僅かに土中に埋もれるが、魔物の背中を貫通した剣を思い切り引き抜き、そのまま、今度こそ全力で首を刎ねる。


12センチくらいの魔宝石と、俺の身体に何かが入り込む感触を残し、魔物が消滅する。


余裕のようだが、結構ぎりぎりだった。


回復させないように、短時間で仕留めねばならなかったから、かなり無理をした。


それに、何だか身体が熱い。


能力アップは今日何回か経験したが、それとは微妙に違う。


ステータス画面を開くと、能力も大幅に上がっているが、固有能力の下に、特殊能力として『自己回復(A)』が増えている。


先程の魔物が所持していたものを入手したらしい。


こんな事、初めて知った。


色々と考える事はあるが、この場にいつまでも居るのは不味い。


死体の状況から、俺が疑われることはないだろうが、何か聴かれるかもしれない。


周囲を見回し、誰も居ないことを確認すると、魔宝石を拾ってさっさとこの場を離れた。



 更に5時間程、ダンジョン内を進む。


その途中で、合計十数名の探索者達と擦れ違ったが、どの人達も無色、或いは青色で、赤色に表示される人はいなかった。


ざっとステータスを盗み見たが、壮年の男性も居たのに、筋力が80を超える人は誰も居らず、女性では35の人も居た。


装備もせいぜい短剣か木刀だ。


恐らく本業ではないのだろう。


ゴブリンやオークなら向かって行くが、ダークウルフを見れば、さっさと出口付近まで逃げる。


お陰で獲物が重複する事も無く、俺はこの日だけでゴブリン41、オーク30、ダークウルフ358、オーガ2体ほどを倒して大量の魔宝石を手に入れた。


見つければ片っ端から倒していたので、それを見た3人の探索者からは、どん引きされていた。


ただ、オーガの魔宝石で1つ2万円、オークで150円、ダークウルフは1つ1200円ほどでしか売れないから、これだけ倒しても全部で48万円くらいにしかならない。


この辺りには滅多めったに涌かないというオーガを倒していなければ、44万くらいだった。


???の魔宝石は、売らない事にした。


最初に入った入り口からは、直線距離ではないにしろ、既に30キロ近く離れている。


なので、手近な出口から外に出て、タクシーでコインロッカーの場所まで行き、更にタクシーに乗って自宅まで帰って来た。


風呂に入り、家にある物で食事を取る。


武器と防護服の手入れをすると、いつもより早く眠りに就いた。



『探索者チャット・日本語版』


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1032:おっさん


 今日、凄いものを見ちゃった。


当分の間、飯が不味くなるかも。


1524:俺様


 何を見たん?


1032:おっさん


 10人以上のガキ共の、惨殺死体。


魔物に食い散らされた何本もの手足が、あちこちに散乱してた。


1524:俺様


 うえ。


さすがにそれは見たくない。


1604:私


 それ何処の話?


1032:おっさん


 世田谷の入り口から入って、2時間くらいウロチョロしてたから、正確な場所までは分らない。


それを見て、慌てて逃げ出した出口は、確か成城の辺りだった。


997:ひよっこ


 そう言えば今日、凄い奴がいた。


まだ高校生くらいなのに、めちゃくちゃ強かった。


たった1人でガンガン魔物を倒してたし。


1524:俺様


 どうせゴブリンかオークだろ(笑)?


997:ひよっこ


 自分が見たのはダークウルフ。


3体の群れを瞬殺してた。


1524:俺様


 ・・・。


997:ひよっこ


 やっぱり良い武器を買わないと駄目だね。


木刀やバットじゃ、ダークウルフは無理っぽい。


1524:俺様


 何だ、金持ちか。


・・木刀って、あんた何年目?


997:ひよっこ


 もう直ぐ3年。


1524:俺様


 ガハハ、それは酷いな。


せめて短剣くらい買えよ。


997:ひよっこ


 先立つ物があればね。


1032:おっさん


 何処も世知辛せちがらいね。


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