第3話
着替えた服と持っていた鞄を大きめのコインロッカーに入れ、俺は早速ダンジョンに入ることにする。
ここから1番近い入り口は、渋谷の道玄坂上にある。
ダンジョンの入り口は、大体半径5キロの円内に1つくらいあり、ネットで検索することもできる。
探索者には、もし新しい入り口を発見した場合、国に報告する義務が課されている。
ダンジョンの入り口が生じたことは天災と見做され、私有地にそれができても、固定資産税の軽減と引き換えに、一般に公開しなければならない。
それが嫌なら、国がその土地の評価額で強制的に買い取る。
そうしなければ、もしそこから外部に出た場合、不法侵入になってしまう。
探索者の
「もしかして、久遠寺君?」
声の方に視線を向けると、同世代の女子3人組が居た。
「噂は本当だったんだね。
・・探索者になったんだ」
「ええっ、高校行かないの!?」
「普通は大学を卒業してからなるものじゃない?
就職できなかった人が就く職業だって聞いたよ?」
3人が好き勝手に言葉を紡ぐ。
よく見ると、中学で隣のクラスに居た女子達だった。
学生時代、何度か話しかけられた記憶がある。
「子供の頃からの夢だったからね。
大学を卒業するまで待てなかったんだ」
面倒なので、適当に話を合わせる。
「でもさ、ダンジョン内で殺し合いとかするんでしょ?
魔物だけでなく、人間とも・・」
俺が脇に差している剣を見ながら、そう言ってくる。
「久遠寺君、真面目な優等生だったのに、何か意外~」
「怖くないの?」
「人を殺すのは、あくまで例外。
相手から襲ってきた時だけだから。
普通は人間同士では争わないよ」
「それでも私ならできないな~。
久遠寺君、結構ドライなんだね」
「そうかもしれない。
急いでいるから、これで・・」
切りが無いので会話を止めて歩き出す。
探索者が、世間の人からあまり良く思われていないのは知っている。
その反面、成功した極一部の探索者は、まるでアイドルみたいに持て
一般大衆など、
以前、とある公共放送の施設があった場所まで来る。
そこにダンジョン庁の職員が管理する建物があり、その内部にダンジョンへの入り口があるのだ。
ほとんどは、ダンジョンの入り口という表示があるだけの、無人施設だ。
こういう場所は、有名人が宣伝のために利用したり、中に入る前に保険を掛けて、一定時間内に帰らなければ救助隊を差し向けて貰う、お金持ちの娯楽のためにある。
施設内には魔宝石の買い取り所もあるので、金持ち以外の探索者も使うのだが。
職員が管理している入り口は、もし何かあっても直ぐに相談できるので、初心者にも人気がある。
まだ少年でしかない俺が、一見して分る程の高価な装備を身に付けているので、『良いよな~、金持ちは』と、あからさまにやっかむ者も居た。
こういう奴らは口だけの負け組でしかないので、いちいち相手にしない。
「君は初心者かい?
念のため、探索者カードを見せてね」
装備が真新しいから、ダンジョンの入り口付近に座っている職員から、カードの呈示を求められる。
「うん、ちゃんと講習を済ませているね。
くれぐれも無理はしないように」
カードを返しながらそう言ってくる男性に頭を下げ、俺は到頭、ダンジョン内に足を踏み入れた。
「ステータスオープン」
入り口から少し歩いた所で、真っ先に自分の数値を確認する。
______________________________________
氏名:久遠寺 和馬
生命力:800
筋力:200
肉体強度:210
精神力:280
素早さ:190
固有能力:【真実の瞳】
______________________________________
良かった!!!
固有能力が付いている。
幼少より何らかの分野で精一杯励み続け、実績を残してきた者の中に、
これはダンジョンに入らないと授かれないので、自分に自信の有る者は、たとえ探索者にならなくても一度はダンジョンに足を踏み入れる。
ただ、その数は非常に少なく、今現在、世界中に10人もいないと言われている。
そしてこの能力は、初めてダンジョンに入った時にしか授かれない。
年齢も関係しているらしく、20歳以上で授かった人はいない。
その他の各能力値も軒並み高い。
スポーツや武芸に無縁の成人男性の平均値が、生命力で200から250、後は其々20から30くらいだと言われているから、これはかなり高い方である。
生命力が0になると死亡するので、この数値が常人の3倍以上なのは心強い。
生命力と精神力は戦闘行為などで消耗するから、睡眠や治療などで、常時回復させねばならない。
【真実の瞳】とはどのようなものか。
空間に現れた半透明の画面をタップすると、その能力の説明文が表示される。
『①あらゆるものの、真の姿を見ることができる。
②自分に対して敵意の有る者は赤く見え、友好的な存在は青く見える。
③相手のステータスを覗き見ることができる。
④対象が無機物の場合、名称や効果の他、その価値がアルファベットで表示される。
植物などの有機物の場合は、それに加え、その説明が付加される』
物凄く役に立つ能力だった。
ダンジョン内で生き残るには、これ以上ないくらいの力である。
浮かれる俺の耳に、何者かの足音が入る。
瞬時に戦闘態勢を取って周囲を見回すと、10メートルくらい先に、ゴブリンが涌いていた。
長剣を抜き、一振りで
魔宝石は、電力不足に悩む国々を支える、新たなクリーンエネルギー。
ダンジョンが出現してから2年で実用化され、今では普通に使われている。
ゴブリンの物だと1個100円(探索者カードがないと50円)にしかならないが、強い魔物の物だと、1つ数十万円以上で買い取って貰えるらしい。
初めて得た戦利品をリュックに入れ、歩き始める。
所々に樹木や草の生えている地面を、慎重に、かつ興味深く進んで行く。
100メートルもしないで、新たにゴブリン3体と遭遇する。
これも俺の相手にはならず、瞬殺して魔宝石を手に入れる。
歩きながら、試しに色んな物に【真実の瞳】を使用すると、視界に様々な情報が映る。
楽しくて、つい何度も使用したが、精神力は全く減らなかった。
更に進んで行くと、新たな魔物と遭遇する。
ダークウルフ。
狼に似た魔物が2体、こちらを睨んでいた。
初心者にはかなり敷居が高い相手なので、盾を構え、相手の出方を窺う。
2体同時に飛び掛かって来たので、1体を避けながら、もう1体を切り捨てる。
腕に結構な衝撃が伝わり、少し体幹にぶれが生じるが、どうにかもう1体に反応し、事なきを得る。
2センチの魔宝石を拾っている時、身体に熱を感じた。
ステータス画面を開いて調べると、生命力が190、筋力が18、精神力が26上がっている。
レベルに換算すれば、1つか2つくらい上がっているのだろう。
自分はこれまでに
長年憧れ続けた場所に来たのだから多少は仕方ないが、改めて気を引き締め直した。
中に入って約5時間が経過した。
本来なら、砂時計くらいしか使えないダンジョンの中で時刻が分るのは、ここの宝箱から出る特殊な腕時計による。
メタリックな高級腕時計ではなく、
ダンジョンで死亡した誰かが身に付けていた物らしいが、その内部構造がダンジョン内で変化して、魔宝石を電池代わりにした、ここでも使える代物となった。
ダンジョン内でそれなりの数が見つかり、結構種類も豊富だが、俺が気に入った黒いデザインの物は、専門店で250万円もした。
普通の時計なら、似たような物が3000円くらいで売られている。
俺には必要な物だと割り切って購入したが、内部に滞在する時間が短い人には猫に小判であろう。
これまでに、ゴブリン22体、ダークウルフ156体、オーク19体を倒し、1日にしては相当能力値が上昇した。
こんな感じである。
______________________________________
氏名:久遠寺 和馬
生命力:2060
筋力:301
肉体強度:304
精神力:440
素早さ:275
固有能力:【真実の瞳】
______________________________________
どうやら、レベルにして1上がるごとに、全能力値の内の1つか2つが上昇し、どれが上がるか、どのくらい上がるのかは、完全にランダムらしい。
ただ、上がり易いものはあるらしく、俺の場合、生命力と精神力がそうみたいだ。
まだ他人のステータスを覗いたことは無いので、俺の上昇度が高いのか低いのかは分らない。
そうなのだ。
中に入って5時間経つが、未だに他の人に遭遇しない。
もう15キロくらいは歩いているのにだ。
そしてその理由は、間も無く判明する。
数十メートル先に、資料でも見た事がない魔物が居た。
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