第2話
「これから述べる事は非常に大切で、皆さんの命にも関わってきます。
態度の悪い者には履修後のサインをしませんので、心して聴いてください」
講義担当の男性がそう前置きし、探索者の講習会が始まる。
そこで話された内容は以下の通り。
①ダンジョン内には金属製品が持ち込めない。
部品として、一部に使われているだけでも駄目である。
従って、内部で使用できる武器は、木製やセラミック、あとはダンジョン内で得た物に限られる。
ダンジョン内では、魔物を倒した際、
大体は魔宝石と呼ばれる、エネルギーの結晶体だけなのだが、時々その魔物が使用していた武器や装備、一定のアイテムなんかを落とすそうだ。
それは外部に持ち出せるので、要らない物は売ることもできる。
②ダンジョン内では、機器による一切の撮影、通話ができない。
負傷して助けを求めようとしても無理なので、くれぐれも無茶をしないこと。
③ダンジョン内は無法地帯なので、内部での事は、その全てが自己責任になる。
人を殺しても、女性を強姦しても法による処罰は受けないが、ダンジョン内には何らかの法則性があり、やり過ぎるとその者は魔物と化す。
現在確認されている事例としては、何の非もない女性を無理やり犯した者が、たった一度で魔物に変化したというものだ。
同様の事例が世界中で数百件確認され、この事は確定事項として各国に認知されている。
なお、殺人に関しては、正当防衛なら大丈夫だという事くらいしか分っていない。
④魔物は殺すと数秒で消滅し、死体は残らない。
人や動物の死体、持ち込んだごみ等は、24時間以内に消滅する。
人が死亡した際、その放置された所持品は、稀に宝箱の中身として出現することがある。
但し、ダンジョン内の、何らかの作用を受けていることもある。
⑤探索者にレベルという概念はないが、魔物を倒すと、その数や内容に比例して、何れかの能力値が上昇する。
能力値にどんなものがあるのかは、ダンジョン内でのみ見ることのできるステータス画面で、
なお、人を殺して能力値が上がったという報告は、今の所ない。
⑥ダンジョン内では魔法が使える。
その魔法は、特定の魔物を倒したり、ダンジョン内で得られるアイテムによって習得が可能となる。
条件さえ整えば、誰でも習得可能であるが、その威力や効果には個人差が出る。
今現在、魔法が使える者は、各国から送られてくる情報を信じる限り、世界中で500人いないそうである。
なお、魔法を習得しても、ダンジョンの外では使用できない。
これは、能力値の上昇による身体能力の強化が、外部でも継続するのと対照的である。
恐らく、ダンジョン内の何らかの要素が、魔法という非現実的な行為に影響を及ぼしているのだろう。
よって、魔法を使えるのは、能力ではなく資格だとも考えられている。
⑦ダンジョン内で受けた傷や
魔物には、現代医療ですら治療困難な病気を持つ物がいるので、負傷は極力避けるべきである。
なお、専門医が認めた場合は、その者は病気が治るまで隔離される。
⑧ダンジョンには階層がある可能性も残されているが、今の所、別の階層は見つかっていない。
⑨ダンジョンに現れる魔物には、法則性がないと言われている。
何処にどの魔物が出現するのかは、完全にランダムらしい。
但し、その魔物が涌き易い場所、その魔物が好む場所はあるらしく、別の場所に出現しても、移動することは多々ある。
魔物を倒すと、一定間隔(魔物の強さで異なる)で新たな魔物が出現するので注意すること。
⑩魔物は成長する。
ダンジョン内の魔物は、人を襲って殺すことで、その強さを増すらしい。
これは、人間が魔物を倒すことで能力が上昇するのと似ている。
なお、魔物同士は基本的に争わない。
魔物に食物連鎖が存在するかは不明であるが、魔物と人間が混ざっていた場合、必ず人間だけが襲われる。
⑪ダンジョン内の植物や水には、食用、飲用可能な物がある。
但し、毒があることの方が多いので、飲食の前に必ず調べること。
⑫ダンジョン内は治外法権である。
たとえ外国の領土から中に入っても、その内部に居る限り、③のルールが適用される。
⑬探索者ランクは世界共通である。
国によっては、高位ランク者に特典を与える所もある。
⑭探索者カード(免許証)は常に所持しておくこと。
途上国など、ダンジョン管理ができていない、或いは敢えてしない場所ならともかく、先進国では魔宝石の買い取りや、外部における武器の携帯許可などで、常に呈示を求められる。
特に魔宝石の買い取りは、探索者カードがあれば、一般人の2倍の額で買い取って貰える(逆に言えば、一般の買い取りは、それ程に安いということ)。
これは、犯罪者などが不正に利益を上げないように考慮された措置である。
先進国では、魔宝石を、国を通さず探索者と一般人との間で売買することは、法律で禁止されている。
⑮探索者は、ダンジョン内で得た品に関しては課税されない。
アイテム等を売買しても無税である。
但し、その資金を基にしたダンジョン外での営利活動は、当然の如く課税対象となる。
⑯探索者同士でパーティーを組む事ができるが、その人数は3人までが一般的である。
それ以上だと、ダンジョン内で通常より強い魔物に襲われる危険性が高まる。
その危険性は、組んでいる人数が多ければ多いほど、出現する魔物の強さとなって高まっていく。
なお、そうして現れた魔物は、他の探索者が側に居る場合でも、優先的に元凶となった探索者達を襲う。
正式登録なしにパーティーを組んでいた場合、その仲間について優先相続権を主張できない。
反面、正式登録していれば、死亡した仲間に身寄りがない場合、若しくは遺言状がある場合にのみ、国や親族に優先してその相続権を主張できる。
これには遺留分が適用されない。
但し、権利者自らがその相手の死亡に積極的に関与した事実が判明すれば、その者は、探索者資格と相続権を同時に失う。
最近では、この制度を利用した、性的少数者の事実婚が増えている。
たとえダンジョン内に一度も入らなくても、探索者登録をした上、パートナーとパーティーの正式登録をしてお互いの遺言状を提出すれば、毎年の更新料を支払っている限り、相手が死亡した際、その遺産を全額相続できる。
協会の更新料は、先進国でも年に1万円程度なので、その利用が進んでいる。
なお、ここで言う正式登録とは、協会に届け出たものを言い、探索の際、便宜上登録したものを含まない。
⑰ダンジョン内から通常の世界に魔物が溢れ出る事はない。
⑱探索者は、ダンジョン外でも武器を所持できる。
但し、ダンジョン内で使用する物に限る。
⑲パーティー登録なしに1体の魔物を複数で倒した場合、その戦闘参加者の何れにも、全く経験値が入らない。
しかも、倒した相手がユニークであった場合、それが所持していた特殊能力は、誰にも継承されない。
これは、パーティー登録をした上で魔物を倒した者達が、その貢献度によって経験値が与えられるのとは対照的である。
なお、ここで言う経験値とは、各能力値を上げるための基となる数字のことで、便宜上、そう呼んでいる。
⑳他者が戦っている魔物に、その者の同意なく手を出すのはルール違反である。
特に、権利者が居る前で相手の戦利品に手を付ける行為は、権利者がそれを犯した相手を殺害しても、ダンジョンの意思に正当防衛と見做される。
㉑3年以上、公共料金や税の支払い、各種口座での取引、免許更新、
約2時間に及ぶ説明を受けた後、質疑応答の時間が設けられ、それからやっと担当者からサインを得られた。
1階の受付にそれを持参すると、カード上に『講習済み』の表示を
時計を見ると、もう12時近い。
昼食を取った後、武器屋を覗くことにして、俺は施設を出た。
「いらっしゃい。
・・装備を購入するのは初めてかな?」
店内に足を踏み入れた俺に、30代くらいの女性店主が声をかけてくる。
「はい。
やっと今日、探索者に登録できたんです」
「それはおめでとう。
・・でも、中々思い切った事をするね。
君はかなり優秀そうに見えるけど、高校には進学しないの?」
俺の身なりと体つきをざっと眺めた店主は、不思議そうにそう尋ねてくる。
「探索者になるのは、僕の長年の夢でしたから」
「フフッ、嬉しい事を言ってくれるね。
実はあたしも、数年前まで探索者だったの。
うちの武器、剣や槍などの金属製品は勿論全部ダンジョン産だから、内部でもちゃんと使えるよ。
サービスするから、ゆっくり選んでね」
「はい、有り難うございます」
意外と広い店内を、じっくりと見て回る。
刀や剣が並ぶ場所で足を止める。
短剣と長剣が1本ずつ欲しいと思っていたのだ。
値段はピンキリで、1番安い物でも50万円以上する。
だから初心者や懐に余裕がない人は、とりあえず木刀や木製バットで済ませる人もいるのだ。
ゴブリンくらいなら、腕力次第で倒せるらしい。
俺は並べられた品の中から、好みに合った2本を手にする。
それから盾を見る。
木製の物もあるが、小さな金属製の品を選んだ。
手に取って重さを量るが、戦闘を邪魔する程ではない。
これも購入することにして、最後に防護服を見る。
服はここで買う必要はないのだが、折角だから、この店で全て揃えることにした。
黒で統一された、センスの良い品に目が行く。
防刃、防寒、防水に優れ、耐熱効果もあって、値段はブーツ込みで100万円。
これに同じ製作会社の同色のヘルメットを被り、やはり黒の軍用リュックを背負えば問題ないだろう。
全てをカートに入れ、レジまで持って行く。
「・・裕福な家の子だろうとは思ったけど、本当にお金持ちなんだね」
店主が驚いている。
「長剣が350万円、短剣は105万円、盾が80万円、防護服一式が100万円。
ヘルメットが5万円で、リュックはサービスするから、締めて640万円ね」
「カードより現金の方が良いですよね?」
「この金額だとカード会社に取られる手数料が20万円近いから、その方がうちは有難いね」
銀行なんかにある、お札を数える機械を目にしたのでそう言うと、案の定、喜んでくれる。
鞄の中から、予め用意していた100万円の束を7つ取り出して、支払いに充てる。
「これが剣や装備品の手入れ方法が載った冊子ね。
それから、気を遣わせちゃったみたいだから、手入れ用品もサービスするね」
試着室を借りて装備を身に付け、サイズなどの不具合がないかを確かめてから出てきた俺に、店主がそう声をかけてくる。
「有り難うございます」
「こちらこそ。
お節介かもしれないけれど、元先輩から一言。
ダンジョン内では、たとえ遭遇した相手が人間でも、決して気を抜いちゃ駄目よ?
・・頑張って生き残ってね」
明るい表情から一転して、最後は心配そうに俺を見つめる店主にお礼を述べて、店を出た。
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