第3話

あれはそう今日と同じようなよく晴れた土曜日だった。

あの頃は土曜日も学校は午前中は授業があって小学一年生の恵子も登校していた。

「お母さん、ただいま!」

ピカピカのランドセルを背負った恵子が帰ってきたのは二時ごろ。恵子の通っていた小学校は土曜日でも給食がでて、それを食べて掃除をした後、帰ってくるのだった。

満面の笑みで帰ってきたあの日の笑顔は今でも忘れられない。

「お母さん、早くいこ!」

部屋にランドセルを置いてきた恵子が手を引っ張ってきた。あの日は学校から帰ってきたら、一緒に買い物に行って好きなお菓子を買ってあげると約束していたのだった。

「ごめんね、タカちゃんが熱出しちゃってね、買い物いけなくなっちゃったのよ」

「えー?」

途端にガッカリした顔になる恵子。

「タカちゃん大丈夫なの?」

それでもすぐに貴子の心配をしてくれる。本当に優しい子だった。

「大丈夫よ、すぐに良くなるよ」

「分かったお母さん、私一人で行ってくる」

「え?」

「私、買い物行ってくる。 いいでしょ?」

私はちょっと考えた。 でも近所の同じぐらいの子でもお使いにいっているし、子供の足でもそんなに疲れない距離だから大丈夫だろう。そう思った。

あの当時は子供を一人でお使いに行かせても、誰も咎めたりしなかったし、むしろお手伝いできるいい子なんて言われたりしていた。

「うん、いいよ」

「やったぁ! そうだタカちゃんにも何か買ってくるね。何がいい?」

「なんでもいいよ。ケイちゃんの好きなもの買っておいで」

そういってお金を渡した。

「じゃ、行ってきまーす」

「いってらっしゃい。あまり遅くならないようにね」

「はーい」

元気に手を振って、小走りで出かけて行って恵子。伸ばしかけの一つに結んだ髪がぴょんぴょん跳ねていたっけ。

土曜の午後は早く帰った子供たちが、あの店に集まる。田舎の小さな商店。でも、子供にとってはお菓子などが置いてある、数少ない楽しい場所だったのだ。

同級生とあったら元気な恵子の事だ、道草を食ってくるに違いない。暗くなる前に帰ってくるように忠告はしておかないと。

恵子を見送り、貴子の様子を少し見た後に洗濯物をとりこみ、本当は午前中にするはずだった家の掃除をはじめた。

貴子に熱があると気づいたのは恵子を学校に送り出して、保育園にいく準備をしようとしていた時だった。

私は専業主婦だったけれど、田舎で近くに幼稚園などはなく、その当時、その地区の子供たちはみんな保育園にかよっていた。

 最近はどうなっているのかは分からないけれど。

貴子を送って行ってからやるつもりだった午前中の家事を慌ただしくやっていた。途中、目を覚ました貴子に水を飲ませたりしていて、ふと気が付いたらすでに夕方の五時近くになっていたのだった。

「まったく恵子ったら。早く帰ってくるように言ったのに」

友達との遊びに夢中になって恵子の帰りが遅くなることはよくあった。 だからあの日もそうだと思っていたのだ。ある意味、のどかな時代だったのかもしれない。だから私もそれほど心配していなかった。

 あの瞬間までは……。

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