第3話 差別が当たり前の世界

 俺はメイド少女に案内される形で馬車を待たせている場所まで移動した。

 馬車は華美な装飾が施された屋根付きの籠馬車で、いかにも貴族趣味といった感じのものだ。

 そいつに乗り込み、お屋敷とやらに戻る。



 その間にメイドからできるだけの情報を手に入れることにした。

 まずは俺のこと。

 

 名前はシオン=ポリトス=ゼルフォビラ、十四歳。

 豊かな農地と海を領土として治める、ゼルフォビラ伯爵家の令嬢だそうだ。

 俺は馬車の窓ガラスに自分の姿を映す。


 青み掛かった黒の直毛の長髪に、青が溶け込む黒の瞳。瞳は丸みを帯びていて愛らしい。

 十四歳の割には出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいる。

 将来が楽しみな肉体だ。


 口を閉じてガラスに映る様は、儚さが漂う深窓の令嬢。


 ガラスに映るシオンお嬢様を見つめて思う。

(美人じゃねぇか。そして伯爵の令嬢。何が不満でこいつは崖から飛び降りたんだ? 復讐を依頼するとか言ってたから、そいつが何か関係してんだろうけど……)



 依頼主は詳しい依頼内容を言わずに報酬だけ置いていきやがった。

 報酬を受け取った以上、依頼を果たすつもりでいるが、その内容から調査しなければならないと思うとかなり面倒だ。

 

 その調査のために、目の前に座るメイドからいろいろ情報を聞き出していくとしよう。



 メイド――こいつの名前はルーレン。ドワーフだそうだ。


 ルーレンの話によると、ドワーフというのは人間ではない種族で、人よりも背が低く長生きで力持ちなのが特徴。主に鉱山地帯に住んでいて、金属の採取・精製・加工などの冶金やきんが得意なんだそうだ。

 こんなのがいるということは、つまりここは地球ではない世界というわけだな。

 


 このドワーフメイドのルーレンから聞いた話はざっとこんなものだ。


 世界の名前『アルガルノ』

 国の名前『皇国サーディア』

 その皇国に所属する領地の地名『ダルホルン』

 領主はシオンの父。今は俺の父親に当たるセルガ=カース=ゼルフォビラ。


 でだ、シオンは久しぶりに遠出をしようとルーレンに声を掛けて町から外へ。

 途中、馬車から降りると、シオンはルーレンにその場で待てと命令。

 しかし、いつまで経っても戻らないシオンを心配してルーレンが探す。

 すると、崖前に立つシオンお嬢様の姿。

 

 ルーレンが慌てて声を掛けながら駆け出すも、シオンは崖から身投げ。

 すぐさま、崖から降りられる場所を探し、落ちたシオンに近づいてみたら、シオンに乗り移った俺とご対面というわけだ。


 基本情報とシオンが飛び降りるまでの流れはわかった。

 あとは、なんでシオンが命を賭してまで俺に依頼をしようとしたのかだが……そいつについても朧気だが、ルーレンから聞き出すことに成功した。



「ルーレン。わたくしが崖から飛び降りることになった理由はお分かりになるかしら?」

「えっと、それは……」

「話しにくいことなの?」


 こう問い掛けても、ルーレンは視線を下に向けて、小さな拳をぎゅっと握るだけ。

 よほど言いにくいことのようだ。

 しかし、これでは埒が明かない。


「ルーレン、何も咎めるような真似は致しませんから教えてくださる? それがわたくしの記憶を取り戻すきっかけになるかもしれませんから」

「あの、その……シオンお嬢様は……」

「わたくしは、なに?」

「ご家族との仲が……申し訳ありません、これ以上は」

「……そう、わかったわ。ありがとう」



 命を絶った理由は家族の問題か?

 となると、復讐相手は家族?


 とりあえず、シオンの家族がどんなもんか見定めてから今後の方針を立てるとするか。

 最後に、家族構成を聞き出す。

 

 両親健在。双方の祖父母は別の土地に住んでいる。

 兄が三人。姉が一人。双子である弟と妹。

 シオンを含めると、七人兄妹。実に子沢山だ。


 情報収集はここまでにして、あとは屋敷についてからにしよう。




――シオンの父セルガが治める領地『ダルホルン』。その首都『港町ダルホルン』



 金融と商業と貿易を中心とする港湾都市として名高く、人口も多い大規模の町。

 メインストリートは全て石製の道が敷かれ、石造りの家々が立ち並び、木造の住宅は余りお目にかかれない。

 だが、ここはあくまでも町の目玉となる大通り。

 だから清潔で豊かそうに見えるが、商業が盛んな都市というだけあって勝ち負けがはっきりしている部分はどこかに転がってるだろう。



 馬車は途中、三叉路に分かれたメインストリートの右を進み、丘陵きゅうりょうを登って屋敷へ到着。

 町を見渡せる丘に屋敷は建っていた。


 景気が良さそうな町なだけあって、領主の御屋敷の見た目はとても立派。

 屋敷というよりもコンパクトな西洋の城の様相をしている。

 白の壁にオレンジの屋根が乗っかる。

 周囲は高い壁に囲まれ、出入り口は穂先が鋭く尖がる金属製の巨大な門。


 ルーレンの話では、この正門以外に裏門と横門があるそうだ。

 今回は馬車に乗車したまま正門を通り、やたらと立派な玄関へ向かう。

 そして馬車から降りようとしたのだが、その時ルーレンが奇妙な反応を見せた。



 先に馬車から降りたルーレンは木製の小さな階段を馬車の出口そばに置く。

 それに対してお礼を込めて、右手を軽く上げた。

「ふふ、ありがとうですわ。ルーレン」

「――――っ!!」


 彼女の身体が一瞬だけ固まった。

 だが、すぐに頭を下げて言葉を返してくる。

「いえ、当然のことですから……」



 俺は今の反応について考える。

(ありゃあ、いじめや虐待を受けてる人間の反応だな)

 何気なく上げた手に過剰な反応を示す。

 それは普段から何者かに暴力を振るわれている証明。


(身分差が激しそうな世界だと感じたが、この様子だとここは貴族様が下々に対して些細なことで暴力を振るう世界ってことか)


 俺は心の中でため息を漏らして、ルーレンに案内されるまま屋敷へ入る。

 出迎えてくれたのは広々としたエントランス。

 そこから向かって右に伸びる長廊下を歩いて、屋敷お抱えの医者の診療室へ向かう。



 木製の扉を開けると早速病院独特の消毒液の匂いが鼻についた。

 白髪交じりで馬面をした白衣の老年の男が声を掛けてくる。

 彼の名はマーシャル。三十年以上、ゼルフォビラ家に仕えている医者だ。


「おや、シオン様。どうされました?」



 ルーレンが彼に子細を伝える。俺に配慮してか、自ら飛び降りたことは隠して。

 すると彼は、崖から落ちて記憶を失ったという大事おおごとに驚き、メイドを一人呼んで急ぎ家族へ知らせに行かせた。


 俺は彼の質問に受け答えをしながら、屋敷の情報を聞き出す。とくにルーレンが口をつぐんだ家族関係について。


「それでは、マーシャル先生はおじい様の代からのお付き合いで?」

「ええ、先代のコウデン様から懇意にさせて戴いております。先代様は伴侶ユア様と共に、この港町ダルホルンから南西にあるカルドランドという町で隠居されておりますよ」

「そうなんですの。その……ご祖父母とわたくしの仲はどのようなもので?」


「えっ?」

「ルーレンから記憶を取り戻す手掛かりを得たく色々と尋ねたのですが、何やら話しにくそうだったもので。ですから、マーシャル先生から……」


 この言葉に、彼は瞳を俺からずらしてルーレンへ移す。

 瞳を向けられた彼女はバツが悪そうな表情を見せていた。

 マーシャルは白の鼻髭を鼻息で揺らし、淡々と述べる。



「私如きがお話しするようなことではございませんが、あまり良い関係ではございません。ご両親とも、ご祖父母とも、ご兄弟とも……」

「そうですか……理由は?」



「それは…………その……」

 マーシャルは言い淀む。

 貴族の家族内のこと。三十年間仕えてきた医者と言えども、不用意な発言はしにくい様子。

 しかし、彼は淀んだ言葉をはっきりと形にして続きを答えてくれた。


「……このゼルフォビラ家は多くの人々の上に立ち、導く責務を背負っておられます。そのためには誰よりも優秀でなければなりません。常に己を磨き、数多の王侯貴族の方々との競争に備えなければなりません」


「なるほど、ゼルフォビラ家は誇り高き貴族をかがみとして己を磨き続けていると?」

「ええ……ですが、その競争相手は何も他の貴族方だけではありません。ご兄弟の間でも……」

「兄弟間でも? そうですか、ふむ」


 

 どうやらゼルフォビラ家というのは、典型的な特権意識を持ったエリート家系のようだ。高みを目指し続けて、優秀であり続ける事。他者にそれを見せつける事。

 そのために厳しい競争に飛び込み、勝ち続ける事。

 たとえそれが血の繋がった兄弟であっても……。


 だから、兄弟間の仲が悪い。彼らは家族であるが、それ以上にゼルフォビラ家を背負っていくライバルでもあるから。

 これらに加え、シオンと両親の関係。

 仲が良くないということは……。



「記憶を失う前のわたくしは、あまり優秀ではなかったのですね」



 この言葉に、マーシャルとルーレンは無言で答えを返した。

 シオンが命と引き換えに依頼を頼んだ理由――それは苛烈な競争に晒された末によるものか?

 とするならば、復讐相手は家族?


(いや、まだ判断材料が少なすぎるか。ま、関係の悪さがどの程度かは実際に会ってみて、ッ――!?)


 突然、背中に痛みが走る。

 崖から落ちた時も痛みが走ったが、落ちた時に打ちつけたのか?

 俺は背中の痛みをマーシャルに訴え、それを診てもらおうとした。



 そこに、一人の女性が訪れる。

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