第3話 豊かな池

 真っ白な部屋にポツンと現れた日本庭園の一角は、

異様すぎる光景なのに、俺は同様すらしていない。


銀行員の女性は、石造の池の横に立ち、笑顔で手を振りながら

「こちらに、来ていただけますか〜?」と手招きしている。


「こちらが、最新式 循環『豊かな池』です。」と言って

手をかざした先にあったのは、鯉が泳いでいるような小さな池じゃなかった。

向こう側が見えないほどに無限に続いている、池というよりも巨大な湖。

カコンと音をならす竹筒も、高層ビルのように巨大化している。

そして、気持ちのいい風が吹く、見晴らしのいい大自然の中に俺はいた。


「この、最新式プランは、現在ご利用になられている旧式とは異なり

水は溜まっていく一方で、一生減ることはありません。」


突然『ザーッ!』

雲一つない青空から、竹筒に向かって大量の水が落ちてきた。


「うわっ!びっくりした!」


「あ!驚かせてすみません。

まず、この『豊かな池』の仕組みを説明させてください。

旧式は、あなたを取り巻く、あなたの外側で起きることに、

幸せのメーターをつけていましたが、

最新式では、あなたの内側が要となっております。


先程の大量の水が、どうして落ちて来たのというと、

『心の動き』があったからです。

喜び、悲しみ、怒りなどの感情による『心の動き』から水が流れ出てきます。

涙って心の汗っていうじゃないですか、そんな感じです。


どんな感情の水であろうと、一旦、竹の鹿威しに落ちます。

そして、三浦様が、その感情を納得し受け入れられるようになるまで、

水は、竹の中で綺麗に浄化され、自分に落とし込める状態になった時に

「カコン」と音鳴らして豊かな池に流れ落ちるのです。

だから、この豊かな池は、あなたの心を豊かにする水しか受け付けません。

枯渇しないこの豊かな池は、豊かな水を循環し続け、

あなたを一生、潤わせ続けてくれるのです。


旧式のように、水量が減ることを常に恐れながら、

体を小さく丸めて入る浴槽ではなくて、

この無限につづく最高に気持ちがいい池で、自由に泳ぐことができるんです。


長い人生、生きてるだけで、水の上を軽やかにスキップできる日もあれば、

深海の冷たくて真っ暗な、重たい海の中を這うように進む日だってあるのです。

その波打つような心の動きが、私たちの人生を豊かにするのです。


考えて、みてください。

何にも困ることはないけれど、好きも嫌いもない。

いいことも悪いことも起きない。

心に動きがなかったら、あなたの人生はつまらないものにならないでしょうか?

心を動かすことが、あなたの人生を豊かにしているのです。


三浦様がネガティブと捉える感情、

例えば、怒りが、あなたの心を動かした時でさえも、

竹の鹿威しは、「あなたは、怒っていますね。

いいんです。それもあなたの一部なのです。受け入れましょう。」と

浄化して豊かな池に豊かな水を落としてくれます。


だから、いいんです。

「辛い」と思っている感情もどうぞ落としてください。

「辛くていいんです。それもあなたの一部なんです。」


「あ、そうだ!池の中、のぞいてみますか?」と言われ、

返事もする間もなく、スッと懐中電灯を渡された。

すると、急に日が落ちて、あたりが真っ暗になってしまった。


「どうぞ、ご覧になってください。」


「え?まっくらで何も見えないんですけど。」


「当たり前ですよ。懐中電灯でどこを照らしているんですか?」


「え?」ふと、手元を見てみると、湖の向こうのはるか遠くだ。


「三浦様は、まだ旧式のメーターをご利用ですから、

遠くの池の外側ばかりに光を当てているのです。

そしてあなたの足元にあるはずの『豊かな池』は闇です。

あなた自身を闇に置き、遠くを一生懸命に光で照らし、

そこに幸せを見つけようとしているのです。」


「三浦様、どういたしますか?池の中みたいですよね?

今すぐ、最新式にアップデートしましょうか?」


「あ、はい、じゃあ、おねがいします。」


「ありがとうございます。では、さ。。。」

銀行員の女性の声に、突然、雑音が混じり、聞こえづらくなってきた。


『ブルルル、ガァー、ブォーン、チュンチュン』

車の音や鳥の鳴き声が混ざったような音が聞こえてくる。


そして、「遼太郎、もう起きなさい。風邪引くわよ。」と、

俺を起こす母親の声が聞こえた。


はっと目を覚ますと、誰かが俺の肩を力強く揺らしている。


「兄ちゃん、こんなとこで寝てたら風邪ひくよ。起きろ。」


「え?」


作業着を着た、中年のおじさんが俺の肩を揺すっていた。

眩しい朝日が照り付け、うっすらしか開かない目で、周りを見渡すと、


「え?あれ?なんで、こんなとこで寝てるんだ?」


ここは、ウチの近くの、赤提灯が目印の銭湯。

そこの入り口前の5段しかない階段の上で寝ていた。

しかも、靴は一段めに綺麗に揃えて置いてある。




中年のおじさんは、

「これ、キミの電話か?そこの電柱の横に落ちてたぞ。」と

俺に手渡して、「早く家に帰れよ。」と、

右手を上げながら去っていく後ろ姿は、

なんだか、昔みたことがあるような懐かしさがあった。


「あ、ありがとうございました。」と、遠ざかっていく背中に向かっていうと、

『カコン』と銭湯の入り口横に置かれている小さな石鉢に

オモチャみたいな小さな竹の鹿威しから、水が流れ落ちた。

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幸せ貯金 横山佳美 @yoshimi11

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