異世界とやらはわかりませんが、『魔界』で宜しければ。

紹介文を読んでから、お読みくださいませ

おや？どちら様でしたかな？

宅配便の方・・・ではないようですが。

申し訳ないのですが、このところトンと記憶が怪しくなってきておりまして、昨日の夕食もなんだったか怪しい有様でしてなあ。

え？

宅配便でも知り合いでもない？

ああ、あの男ですか。

ええ、存じ上げておりますよ。

あやつが何か、ありましたでしょうか？

まあ、立ち話もなんですから、宜しければお茶の一つも差し上げましょう。

どうぞお上がりなさいな。

とと、お待たせしましたな。

いつもは家内がやってくれるので、茶葉がどこだかわかりませんで。

男はどうにもダメでございますなあ。

家内でございますか？

今日は孫娘と買い物に出ておりましてな。

まあいいところ、財布がわりといったところですよ。

ところで、どういったご用事で？

はあ。異世界。

そういえば孫が遊びにきた時に、何やらアニメを見ておりました。

最近、流行っているらしいですな。

異世界の研究？

いやいや、そんなものしておりませんよ。

あの男から聞いたと。

間違いない話だと、そう言っていたんでございますな。

あやつめ、いい加減な事ばかり言いおって。

たまにいらっしゃるんですよ。

あの男の戯言に惑わされたお方が。

私どもが研究しておりますのは、異世界ではなくて魔界でございます。

ええ。

魔界でございますとも。

魔界研究学会というモノをご存知ですか？

おや、ご存知ない。

会員数も２００人を超えて、なかなかのメンバーが揃っておるのですが、認知度を高めるというのは難しいモノですなあ。

と言ったわけですので、お引き取りを。

はあ。

魔界でも良いから知りたいと。

ようございます。

では、我々の会の成り立ちから。

時を遡ること江戸中期、山田浅右衛門というものが・・

え？

その辺りは端折ってくれ？

まあ構いませんが、どう言ったことをお知りになりたいので。

魔界なんてあるのか？ですか。

ございますよ。

日本各地に現在までに３０ほど発見されております。

ハハ。随分多いと驚いていらっしゃいますな。

もちろん全てが本物というわけではございません。

我々は見つかった魔界が本物か、偽物か、それを研究しているのですよ。

まず魔界が見つかりましたら、イロハ順で名前がつけられます。

『魔界い』

『魔界ろ』

『魔界は』

のように名前がつくのでございますな。

ですから、最近見つかった３０番目の魔界は『魔界ま』と名付けられました。

なぜイロハか、でございますか。

さて最初の魔界の発見が江戸の頃でございますので、その名残というものでしょう。

次に、我々は本物の魔界を『本魔界』、偽物の魔界を『似非魔界』と区別しております。

ですので、

『似非魔界い』

『似非魔界ろ』

『似非魔界は』

などと呼んでおるのです。

エセばかりだが、本物なんぞあるのかと？

ええ。ございますよ。

２１番目に見つかった魔界こそが本物の魔界でございました。

うん？もうこんな時間ですか。

申し訳ない。

この後、町内会の寄合がありましてな。

まあ気になるようでしたら、またおいでくださいな。

・・・

・・

・

　あなたは狐につままれたような表情で、老人のマンションを後にした。

　５月の明るい陽射しのもと、駅に向かって歩いて行く。

「なんだ、あの爺さん。いい加減な事ばかり言いやがって。

　何が似非魔界と本魔界に別れているだ。

　勿体つけて学会だなんだと白々しい。

　２１番目の魔界が本物だとか言ってたなあ。

　いろはにほへと・・・２１番目は『な』だな。

　となると『本魔界な』か。

　うん？

『本魔界な（ホンマカイナ）』？

　爺さんめ！

　やりやがったな！

『ホンマかいな』とは、うまく揶揄われたもんだ！」

　あなたはひとしきり笑うと、馬鹿馬鹿しいとばかりに飲み屋に行き先を変えた。

　まだ明るいが、昼間からやっている酒場もあるだろう。

＊＊＊＊＊＊

玄関のドアが閉じられたその部屋は、窓にかけられたカーテンは開いているのに薄暗かった。

誰の姿もないのに数人の話し声が聞こえる。

ヤツめ！我らの世界を吹聴するとはなんたること！

人の世をふらふらとするモノが悪いのじゃ

わしはかまわんがのう

あの酒飲みを消しなさい

キエルモケスモオナジコト

我がすぐに奴の首をお持ちしましょう…

しばらくさざめいていたが、やがて声が消えた。

部屋は明るい光に満たされていた。