2 婚約


 別荘から帰るとマリアが来たのでお土産を渡した。すると翌日また伯母が来た。

「別荘に行かれたそうで、マリアは寂しくお留守番でしたわ。せめて一言誘ってくださるとかあっても良かったのでは。それを自慢げにお土産を差し出されたそうで、マリアは泣いていましたわ。可哀そうだと思いませんの?」

 別に自慢げに差し出したりしていない。


 公爵様の御招待だったし、いきなり来たマリアを誘えなかったけれど、それを言うと余計ややこしくなる。

「ごめんなさい」と、謝るしかなかった。

「もっと優しい、思いやりのある子に育てなくてはいけないわ」と、母様が叱られている。私の方が泣きそうだった。


 伯母様が帰った後で、「お母様、ごめんなさい」と、謝ったけれど。

「いいのよ」

 そう言って、お母様は私を抱きしめてくれた。



  * * *


 15歳になって、私は王都の学園に通う事になった。

 お姉様は婚約者であった方と学校を卒業して結婚している。お兄様も学校を卒業して、お父様のお手伝いをして領地経営を学んでいる。


 そして私にも婚約者が出来た。ダヴィード・クレパルディは候爵家の長男だった。私より一つ年上で、紺の髪の背の高い綺麗な方だった。

 私は相変わらずぼんやりと霞んだ容姿で、なんで私を選んでくださったのか、よく分からない。子爵家の財産とか、公爵家との繋がりとかだろうか。


「クレパルディ様は素敵な方ね」

 学園に入ってお友達になった伯爵家のベルタが言う。きりっとして身のこなしがきびきびとした、赤髪の美人だ。

「でもちょっと、皆様に親切過ぎないかしら」

「私はあの方ちょっと怖いわ」

 こちらはご近所の幼馴染のロザリア。栗色の髪の男爵令嬢だ。

 私たちは王都の学園の近くにあるカフェでお茶をしている。この後本屋に寄って、流行りの本を買ってタウンハウスに帰るつもりだ。


「私、このベイクドチーズケーキが好きだわ」

「セラフィーナ様は程々の甘さがお好きなのね」

「私はレアチーズの方が好きだわ」

「チョコレートケーキが好き。この濃厚な甘さとほろ苦さ。うーん」

 ロザリアはあっさり系、ベルタはほろ苦系がお好きのようだ。私はこの店のチーズケーキに入っている隠されたナッツがもたらす風味が好きなのだ。


「そういえば、オルランド王太子殿下が隣国からお帰りになったそうよ」

 この国の王太子殿下は隣国に留学して卒業された後、この国の周辺国を回って帰られたと、新聞に出ていた。

 この国より隣国の方が教育熱心だしレベルが高い。各国の王族も遊学していて社交もレベルが高いし、王族は大変だなーと呑気に思った。


 王宮で年頃の子息令嬢を集めてお茶会があったらしいけど、うちは子爵だし関係ない。でもベルタは伯爵家だし。

「ベルタ様は王宮のお茶会に行かれたの?」

「まあね」

「きゃあ、オルランド殿下ってどんな方?」と、ロザリアが聞く。

「そりゃあ、もうお綺麗でスラっとして背が高くて、物語の中の王子様そのものだったわ」

「へー、そんな方が実際にいらっしゃるのね」


 そう言えばマリアも伯爵家の令嬢だし、参加したと言っていた。

「王宮は素晴らしかったわ。王太子殿下も素敵だった。きっとわたくしを選ばれるわ。あなたのような薄ぼんやりしたヘイジィじゃなくてね」

 そう言って嘲るように嗤ったのだ。ああ、詰まんない事を思い出してしまった。


 流行りの本を買った後、ベルタが小さなアクセや小物などを扱っている、素敵なお店があると言うので行くことにした。

 お店の中を見ていると紺のステキな髪留めが目に留まった。そう言えばダヴィードから頂いたものは、お花とかお菓子とか差支えの無いものだった。


 こういうのは自分で買ってもいいのだろうか、とぼんやり考えながら外を見ると、ダヴィードがいた。見間違いではなかった。しかも、おひとりではない。綺麗な女性と一緒だったのだ。私は慌てて二人から目を逸らせた。


 私は友人と別れて屋敷に帰ってから、ひとり悶々として過ごした。

 ダヴィードは見目が良くて優しいので、婚約者が彼のような人で嬉しかった。

 将来の事も自分の頭で色々想像していたのだけれど、彼らを見てガンと頭を殴られたような衝撃を受けた。二人の様子はそれほど親密そうなものだったのだ。


 私の思う夫婦像は目の前にいる両親と、公爵家の祖父母だった。どちらも仲が良い。ダヴィードとは政略結婚として考えないといけないのだろうか。私が身を引くべきなのか。このままだと、あのような美しい女性を愛人として認めるのか。

 どうしたらいいのか。いい考えも浮かばず、踏ん切りもつかず、不安だけが黒雲のように湧き上がって来る。



 ダヴィードは人気があって、どの方にも平等に優しくしていた。それは私に対してもそうで、私はあれが見間違いであったらと心底思った。

 でもそれは、マリア・コンセッタが入学してくるまでだった。

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