3 婚約破棄と
ある日、伯母とマリアが来て、大層な剣幕でまくしたてた。
「お茶会に誘われて行ったら、下品だと言われたそうなんですけど。わざわざ虐める為にお茶会に誘うなんて、どうしてそんなに意地悪なのかしら」
「わたくしの食べ方を下品だと申されまして……」
マリアはハンカチを握りしめている。
ご挨拶もそこそこに、食べてばかりいらっしゃったし、その食べ方も汚くてお皿とテーブルが汚れて、お茶会を主催されたご令嬢にたしなめられたのだ。
「マリアの存じ上げない方の所に連れて行って、皆で意地悪をするなんて、どういう了見なのでしょう」
「皆様で意地悪な事を言われて、とても辛かったですわ」
マリアがお茶会に行きたいと言ったので、よさげな所を見繕って一緒に行ったのだ。皆さまのんびりおっとりした方々なのだが。
マリアはその後、プイと挨拶もしないで帰ってしまって、私は皆さまに謝罪のお品を持って謝って回って、大変な思いをした。
それなのに、近頃私にはじわじわと不名誉なうわさが流れていた。伯母とマリアがあちこちに出かけては流すのだが、それは不自然なほどに早く広まった。
私は意地悪な思いやりのない娘と言われた。
学校でも皆が遠巻きにする。ベルタもロザリアもどうしていいか分からないようで、気まずい思いをする。
* * *
「セラフィーナ、君との婚約は破棄させてもらう!」
学園祭のパーティで、とうとうダヴィードにみんなの目の前で宣言されてしまった。
「君は意地悪で、思いやりが無くて、理由もないのにこのマリア・コンセッタを虐めているそうじゃないか」
「ダヴィード様、本当にわたくし、ずっと辛かったのですわ」
マリアがダヴィードの腕に掴まって、その大きく育った胸を押し付け、ふるふると震えている。
小さい頃の丸々とした色黒の子はもういない。
マリアは可愛くて庇護欲をそそり、色っぽい女性に変身を遂げていた。
彼女に対抗できない。昔からそうだ。いつの間にか私が悪役になる。
もういい。この従姉妹と付き合うのは疲れる。
彼女はずる賢くて、口が達者で、思ってもみないことを言う。おっとりとした私には太刀打ちできない相手だった。
ダヴィードとの婚約はすんなり白紙撤回された。なかったことになったのだ。
正直に言えばダヴィードと結婚することは、あの髪留めを見つけた時に見た美女の所為で不安があった。だからといってマリアに婚約者を奪われ、皆に酷いことを言われて心が傷付かない訳はないのだけれど。
私が意地悪で、思いやりが無くて、マリア・コンセッタを虐げていたという噂が駆けずり回り、辛い思いをした。
皆、遠巻きにして味方は誰もいなかった。
二人はダヴィードが卒業してすぐに結婚をすることにしたようだ。
学校でこれ見よがしに仲良くする二人を見るのは辛かった。
私は逃げて、誰もいない校舎の屋上にひとりでいた。学園の校舎は三階建てで手すりから見下ろすととても高く思える。
(ここから落ちたら死ぬかしら)
人の心は傷付きやすく案外脆い。頬を涙が伝う。感情に左右されれば増幅してより以上に壊れやすい。
(とても辛い。私は逃げたい。ここから落ちたら、ここから落ちたら……)
「セラフィ!」
「ごめんね、ごめんね」
暖かい手が私を引き留めて抱き締めてくれた。
「ベルタ、ロザリア……」
二人を見てホッとした。私はとても追い詰められていたようだ。心がとても弱くなっていた。引き留めてくれる手がある事がありがたい。
いつもひとりでいる私の所に二人が戻って来てくれた。
ベルタは私をガードするように立って悪口を遮断する。ロザリアは寄り添うように後ろに立って大丈夫と励ましてくれる。
話が出来る、話が通じる人が側にいてくれてとても心強かった。
そんなある日、お母様が言った。
「セラフィーナ、頑張ったわね。辛かったでしょう」
そう言って私を抱きしめてくれたのだ。
「お母様」
温かい言葉に少し涙が出た。
お母様はずっと私の事を見守っていて下さったのだ。
「あなたのお祖父様がね、少し静養したらいいと別荘に招待して下さったの。一緒に行きましょうか」
「はい」
あの湖の側でのんびりすれば、きっと傷付いた心も癒せるだろう。
* * *
公爵家の別荘に行くと、金髪碧眼の青年が出迎えてくれた。昔、ボート遊びをしたあの子だろうか。背が高くて紳士的な物腰で、あの頃より素敵になっていて、ちょっと恥ずかしい。
呆然と彼を見る私に、お祖父様が驚くことを言う。
「こちらは、オルランド王太子殿下」
(王太子様ですって? 嘘……)
「また会ったね。私はオルランド・ジュゼッペ・ディヴレーアだ」
硬直している私に彼は爽やかに笑いかけた。
「モ、モランド子爵が娘、セラフィーナにございます」
ドレスを摘まんで挨拶をしたが噛んでしまった。
「留学している間にダヴィード・クレパルディ卿と婚約されて焦ったけれど、丁度良かったようだ。君は今フリーなのだから、私が結婚を申し込んでも問題ないね」
(はっ? 今、何を──? 恐ろしい言葉を聞かなかったか?)
固まる私を置いてけぼりにして話は進む。
「殿下、お気の早い」公爵様が窘めるが、
「遅すぎるくらいだよね」
そう言って殿下は頬笑まれた。
「養子の件は?」
「無論、書類はもう準備できておりますぞ。後はセラフィーナのサインだけ」
「そうか」
オルランド王太子殿下は私の手を取った。
「もう泣いても喚いても離してあげないよ」
(お母様! お母様は何処に行ったの?)
ああ、公爵様とお話している。
(私は静養するのではなかったの?)
「じゃあ、頑張ってね、セラフィーナ」
(そんな、待って、お母様、置いて行かないで! あうー!)
殿下にガッチリ引き留められた。
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