彼は私の泣き顔が好きだと言う

綾南みか

1 従姉妹マリア


 私にはひとつ下の従姉妹がいる。

 小さい時は、背が低く、丸々と太って、鼻ぺちゃで色黒だった。マリア・コンセッタ・ダルボラという伯爵家のひとり娘だ。

 王都では近所のタウンハウスに住んでいるので、時々我が家に遊びに来る。

「このお菓子わたくしが作ったの。気に入らなければ、どうぞそこらへんにでも捨てて下さい」

 このどうにもへりくだった言い方には慣れない。私は首を傾げて曖昧に頷いてそのマリアがお菓子という物体を受け取った。


 私はセラフィーナ。モランド子爵の次女で、上に姉と兄がいる所為か、のほほんと甘やかされて育った。

「まあ、ありがとうマリア様。美味しそうですわね」

 フライパンでべちゃっと焼いたようなソレは、あまり美味しそうに見えなかった。一応受け取って侍女に渡したけれど。


 マリアはしばらく遊んで帰ったが、翌々日くらいに彼女の母親が来て、

「せっかく作ったお菓子を捨てられてしまったと、マリアが泣いて困った」と言われ、びっくりした。

「セラフィーナ様はお口が肥えていらっしゃるのかもしれませんが、それにしてもひどいじゃございませんの?」


 ああ、まただ。このパターンが結構多い。

 この前もマリアが来て、人形遊びをして帰った後、伯母さまが来て言った。

「せっかく遊びに行ったのに、綺麗なお人形を見せびらかされたと、泣いて帰って来た」と。


「捨ててはおりません」

 侍女が犬のエサにしてしまったのだ。犬がしばらくぐったりしていたので、どうしたのかと心配して獣医を呼んだりして小さな騒ぎになった。

 母が睨むので「ごめんなさい」と謝る。


 私の母はマリアの母の妹で姉より先に結婚した。恋愛結婚でお相手は公爵家の三男で、母と結婚してモランド子爵となった。伯母はそれが気に入らないのか、時々突っかかって来る。伯母の方が伯爵家で身分が上なのだが。


 モランド子爵は領地に鉱山があって、水が綺麗なので繊維産業も起こしていて、割と裕福なのだ。

「なるべくあの方を怒らせないようにね」

 伯母が帰った後で、母がそっと言う。

「分かりましたわ、お母様」

 後で犬に謝って、お肉をあげよう。

 マリアは私が最近お菓子作りを始めたのを見て、自分も出来ると自慢したかったのだろう。多分。

 この頃の私は12歳、ほわほわと甘やかされた少女だった。



  * * *


 春になって薔薇が綺麗だからと、湖の畔に立つ公爵家の別荘に一家で招待された。王都では何度か伺ったことがある公爵家だが、別荘は初めてだった。

 お姉様やお兄様と大はしゃぎで、荷物を作って、ドレスを着て馬車が来て、さあ出かけようという時になって、マリアが来た。


「どちらへお出かけなの? わたくしも行きたいわ」

 みんな馬車に乗って、乗っていないのは私ひとりだった。

 どうしようと固まった。

「セラフィーナ、どうしたの? 早く乗って」

「はい」

「ごめんなさい。お土産持って帰りますね」と、マリアに言って、馬車に乗り込んだ。マリアが物凄い顔で睨んで怖い。

 マリアや伯母たちとどこかへ出かけたことは一度も無い。

 たまに来たら、泣いて帰ったと後で言われて辟易していた。



  * * *


 別荘はとても大きくて立派だった。

 現公爵であるお祖父様と、お祖母様が出迎えて下さった。

 公爵様はとても気さくな方で、「大きくなったな、セラフィーナ。もう立派なレディだね」と、私の頭を撫でてくれた。


 次の日、三つ違いのお兄様と同じ位の男の子が二人来た。従兄弟のジュリオとその友人の金髪碧眼の少年で、彼はオ―リと名乗った。私たちはすぐに仲良しになった。


 別荘はコの字型になって三階建てでとても広かった。誰かが別荘を探検しようと言い出して、私達はぞろぞろと別荘の中を歩いた。

 豪華な大広間を見て、ここで舞踏会をするのだと感動したり、大理石の立派な像を口を開けて見上げたりして、三階へと進む。


 通路に肖像画がずっと並べてあるのを、従兄弟のジュリオが説明をする。

「この方はお祖父様のお母様だ」

 私と同じプラチナブロンドに薄い水色の瞳。

 この方は綺麗だけど、私はどこもかしこもぼやけてぼんやりと見えるらしい。

 マリアが「あなたって薄ぼんやりしておぼろ月みたいね」と、言うのだ。ぼんやりして霞んだ私をヘイジィと嗤う。マリアは黒髪黒目だった。


「君と似ているね」

 突然話しかけられて見上げると、隣にいた金髪のオ―リがにこりと笑う。

 私の薄い髪と目と肌の色は、親戚にはあまりいない。親兄弟は茶色の髪だった。従兄弟のジュリオも茶色の髪だ、確か彼のお父様がプラチナブロンドで青い瞳だった。似た感じの女性の肖像画に、血が繋がっているのだと少し嬉しくなった。


 通路を出て少し行ったところに鎧がずらっと並べられていた。

 銅像のように槍を持ったり剣を持ったりして、まるで中に人が入っているようだ。私は少し怖くなって、隣にいたオ―リの服のすそを持った。オ―リが気付いて私と手をつないでくれた。

「怖くないよ、セラフィ」

 それで、皆がこちらを見たので、恥ずかしくなって手を離してしまった。

 別荘の探検はそれで終わりになった。


 翌日は、湖でボート遊びをしようという事になった。

 私と一緒にボートに乗ったのは金髪のオ―リで、ボートをわざと揺らすので、怖がってぎゃあぎゃあ泣いたのは、いい思い出なのだろうか。ものすごく泣いてしまって、恥ずかしくて仕方がなかった。

 後でこっそり、お詫びと言って、お花とクッキーをくれたけれど、すっかり拗ねてしまって、お兄様やお姉様にくっ付いて隠れてしまった。

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