第3話 〈成長〉~10
ふむ……どうするか。
私が生きてきた、魔法のある世界。その三分の一にあった魔法。
それぞれ名称は違うが、〈自分の体を急成長させる魔法〉がある。
まずはこの魔法を習得せねば。
どこの世界でも、効果に見合わずに魔法のレベルは初級だった。
魔法が波長であるこの世界だ。すぐに見つかるだろう。
▼
そう考え、早や三ヶ月。
私はついに、〈自分の体を急成長させる魔法〉――〈
あってよかった!
私は声帯に魔力を乗せ、泣いた。
魔力の波長を〈
魔法の気配を察知したのか、狼のリーダーがやって来た。
『遂に完成か』
『ああ。おそらく、代償で私は数日、眠るだろう。だが、口の中に入った栄養分を飲み込むことぐらいはできるはずだ』
『承知した。栄養は適当に補給させよう。それでは、無事を祈る』
そして私の体が、緑色の光に包まれる。
これで私の体は、必要最低限の活動しか行わない。
つまり、私の体は長らく無防備な状態となる。
だが、狼たちが守ってくれるはずだ。そう信じている。
…………見捨てるなよ?
▼
二週間後。
私の体を覆う緑色の光が消え去った。
成功だ。
見た目十歳前後だろうか。実年齢はまだ生後四か月だが。
生えかけだった髪の毛も伸び、手足もスラリと伸びている。
髪の色は黒。母──シズの遺伝子だ。
とりあえず、この伸びきった爪だけでもどうにかしよう。
『できたようだな』
「あ゛……あ゛ー、あ~~。……ん゛んっ!」
私は喉を整え、再び〈
言語はまだ怪しい。魔法による自動翻訳に頼らなければ、まだ話せない。
『……ああ、おかげさまでな。おっとぉ……?』
上手くバランスを保てない。
それもそうか。ハイハイをすっ飛ばしたんだ。
こんな経験も初めてだ。
生後二週間で山の中に捨てられ。
狼に育てられ。
……こんなに初めてが続くのも珍しいな。
『徐々に慣らせばいい。好きなだけ群れにいるといい』
『悪いな』
片膝で両手を突いて何とか……ハイハイで進む。
逆戻りだ。
体……肉体の構築は大成功と言っていいだろう。
あとは魔力の流れを整え直す必要があるが……とにもかくにも、これでようやく、『気』の習得に入れる。
『気』とは、すべての生物に共通して存在するエネルギーだ。
明確に言葉にするのは難しい。微分積分よりも難しい。
論理というより、感覚由来の力だからな……。
ちなみに〈
つまり、寿命は減らないと見てよさそうだ。
肉体の
こうなると、他の魔法の効果も、私が思うよりも別の効果に変化している可能性があるな。
しかし、フル〇ンというのは些か締まりが悪い。
当たり前だが、着ていた服は破けた。赤子用で、皇族であることを隠すためなのか、安物だったしな。
ふむ……波長はこんなものか?
『――〈
私は近くにあった、肌荒れしないであろう植物を引きちぎり、繊維をほぐし、編み込み、簡易的な服を作り出した。
とりあえず、なにかしらの動物の皮が取れるまで、これで持ちこたえさせよう。
▼
そして一か月後。
私は『気』を習得した。今は山の中で、狼たちと狩りの最中だ。
気を習得した『柔』の筋肉を持つ私は、自在に体を動かすことができるようになった。
〈
植物よりも着心地が良いからな。
私自身の魔力で保護しているため、防御力は折り紙付きだ。
そして、今回の獲物――体長三メートルはあろうかという大熊の左側面に回り込み、回し蹴りを加えた。
「がぁッ……」
足をもつれさせた大熊はそのままバランスを崩し、ごろごろと転がった。
その喉元を狼たちが噛み千切り、大熊は絶命した。
▼
『どうだ、大分慣れたか?』
食事中、ボスが私に話しかけてきた。
さすがに生肉を食べる文化は、私にはない。
私は薪に魔法で火を点け、肉を焼いて、香草と合わせて食べている。
この火は、魔法と呼べるような代物ではない。
『ああ。おかげ様でな』
私は咀嚼音に〈
口の中に食べ物が詰まっている。
マナーは大事だ。特に食事中のマナーはな。
そもそも言語は怪しいしな。
五十音を一度ずつ、肉声で聞けば、基本は習得できるはずだが……。
『で、どうする? ここは人里から離れた山の中だ。それに、この辺りは我々の支配下だ。侵入者はないぞ。どうやって人間の元へ戻るつもりだ?』
やはり、か。
道理で人の気配がない――自然が豊かすぎるほど豊かなわけだ。
『であれば、暴れればいい』
『どういうことだ?』
『私がこの山でド派手に暴れ、討伐隊を向けさせればいい。そこで拾ってもらえばいいだろう』
『ほう……理にかなっている』
この山が、この狼たちの支配領域であるのはわかっていた。それも、侵入者がないほど、この狼たちの存在は人間たちに知れ渡っているのだろう。
だからこそ、だ。
問題は、許可を貰えるかどうかだな。
『どの山まで支配下にある?』
『そうだな……。まず、この大山脈は、四つの支配領域で成り立っている……』
ボス曰く、ここは山脈の東側。
確かに――ここを東側とするなら――私は東から来た。
そして、それぞれに王が存在する。
東の王――銀狼。
西の王――巨王。
南の王――魔蛇。
そして、北の王……かつ、山脈の主――白竜。
その東の王に当たる銀狼こそ、この群れのボスだ。
そして、この群れそのものを現す代名詞でもある。
東に帝国がある。
だが、ボス……銀狼曰く、西に行けばティシザス帝国と同規模の領土を持つ国……リスガイ王国があるらしい。
行くならそこだ。
帝国に戻っても、急成長した私を第二皇子だと認識できる人間はいないだろう。
しかし、遺伝情報はそのままだ。
その血筋特有の何かがあれば、余計面倒なことになる。
それこそ、殺されかねない。殺される筋合いも、黙って殺される気もないが。
『……であれば、巨王か。うむ、確かにあそこは……』
『殺した場合、どうなる?』
『山脈の均衡が崩れるな。山脈は大混乱。人間たちも大混乱』
銀狼はそこで言葉を止める。
ふむ。言葉を止めるのが好きなようだな。可愛いところがあるじゃないか。
『…………殺すなよ?』
……ひょっとして、笑いを誘っていたのか?
『……この山脈を四つに分ける境界線がある。それは、山脈を走る交易道だ。ちょうど、縦に長い山脈を、こんな形に切り取っている』
銀狼は縦長の楕円を描き、そこに『エ』の字を書いた。
それが、この山脈の支配領域区分だそうだ。
『月に一度、隊商がここを通過する。我ら山脈の主とその群れは、隊商を襲ってはならないという不文律がある』
『と、言うと……西の魔獣を焚きつけて、隊商を襲わせればいい、と?』
何てことを考えるんだ、この狼は。
まあ確かに、問題はなさそうだが……西側の評価がガタ落ちするのは間違いない。
『いや、西には山賊が住んでいる。それがたまに隊商を襲うらしい。……が、巨王とその配下が隊商を守っているため、成功はしないがな』
ああ、そういうことか。
『私が山賊を倒せばいいのだな? しかし、巨王にどう話を付ける?』
『直接交渉すれば良い。案内をつける。行ってこい』
結局は丸投げか。まあ、私事だから……しょうがない。
私は食事を済ませ、〈
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