第2話  捨てられた……生後二週間で


 さて、どうしたものか……。

 一度、頭の中を整理しよう。





 遡ること、二週間前。


 私はこの世界に生まれた。それも、皇家の次男として。

 次男である以上、あまり問題(特に政治的な厄介事)にはならなさそうだと思ったのだが……。

 そんな矢先、事件が起こった。


 実母シズが、血を吐いて死亡。毒を盛られたのだ。


 犯人はわかっている。

 犯人は間抜けなことに、私が部屋にいるにも関わらず、犯行に及んでいた。


 犯人は――ファルガスだ。


 しかも、毒の調達など諸々、彼に入れ知恵した者が、最低でも一人はいる。

 でなければ……。



 ――私が人里離れた、こんな山の中に捨てられるはずがない。



 これまで、記憶に残っているだけでも九十六の人生を過ごしてきたが、こんな経験は初めてだ。

 おかげで驚きを通り越して、呆れている最中だ。


 しかし、仇は必ず取る!


 一緒にいた時間はかなり短いとはいえ、耐え難い痛みに耐え、私を産んでくれた(この世界では)唯一の存在だ。

 私に接する彼女には、確かに慈愛が満ち満ちていた。……良き母だった。


 おまけに、私を運んだ……捨てた者は、何かに襲われて死んだ。

 おそらくは獣だろう。こんな山奥なんだし。

 そいつが纏っていた魔力が消えたのをこの眼で確認したから間違いない。叫び声も聞こえたしな。

 

 幸い、魔力は城にいたときに習得していた。

 さらに幸いなことに、魔力は他の世界と大きな差はなかった。習得は容易だった。




 この世界の魔力を習得したあと、すぐに行ったのは自らの遺伝子の解析。

 そこから、私の成熟後の姿が数パターンほど予測された。


 背丈は様々。低くも高くもなる。成長具合に合わせて弄ればいいだろう。

 背は高い方が受けがいいが、戦闘に置いてはその限りではない。


 背が小さいと、間合いは狭くなるが、被弾面積は小さくなる。



 

 ――問題は筋肉だ。


 筋肉の性質は、主に『剛』と『柔』に分けられる。

 どうやら、私の遺伝子は『柔』の筋肉に傾いているようだ。『柔』は防御力……硬さこそないが、変則的な動きを可能とする。

 逆に『剛』の筋肉は硬く、一撃一撃が重い。だが関節が固くなるため、可動域は狭くなる。

 ボディビルダーとダンサーを思い浮かべれば、その違いがわかりやすいだろう。


 私は個人的には、動きやすさ重視の『柔』の方が好きだった。


 ちなみに、遺伝子解析の結果だが、知能も高いらしい。

 さすがは皇帝の血筋。

 まあ、天才というのは遺伝子の突然変異で生まれる可能性もあるから、血筋のせいだけとは限らないか。

 



 次に行ったのは、魔力を体中に張り巡らせることだった。

 これにより、戦闘向きの体に……成長に合わせて筋肉を弄ることで、思うままの体に成長させることができる。

 それに魔力を使い続けることで、魔力の修行にもなる。一石二鳥だ。


 そして次に行ったのは、私の魔力とこの世界の魔力の同調。

 これを怠ると、詠唱の違いから差別・偏見を生みかねない。しかし、完全に同調してしまうと、使える魔法も使えなくなる可能性がある。


 そう、ここまではいつも通り。……順調なはずだった。

 それなのに、こんな山奥に……。


 あのクソガキは絶対に許さん!





 さて、どうしたものか。

 幸い、私を喰らおうとする獣は追い払える。しかし、栄養補給ができなくては、いくら私でも死んでしまう。

 今の私には歯がない。それに体も未発達だ。まずい。大ピンチ。

 

 生命の維持のためには、有機物を摂取しなければならない。

 だが赤子の体では、それも満足にできやしない。




 ふむ……好都合。


 ガサガサッ


 草をかき分け、現れたのは……一匹の狼だった。

 これは本当に好都合だ。


 詠唱できないから無詠唱だが、この世界では魔力の波長が魔法となるらしい。詠唱、無詠唱は関係ない。

 何かしらの手段で音を立て、そこに魔力を特定の波長に変化させ、音に乗せることで、魔法を発動させることができそうだ。


 とりあえず…………泣くか。


「……ぉぎゃあ! おぎゃあ!」


 泣き声に乗せ、〈魅了チャーム〉の魔法を放つ。

 ……抵抗がほとんどない。私を喰らうつもりはなかったのか? ともかく、洗脳完了だ。

 

 まさか、この世界で最初に発見した魔法が〈魅了チャーム〉だったとはな。


 狼は鼻先を近づけ、私を……舐める。

 洗脳で、私を『愛でる対象』として刷り込ませた結果だ。下手に『子』として刷り込むより、リターンがいい。


 狼は私の服の襟を咥え、どこかへ連れて行く。

 洗脳する際、少々この狼の頭の中を覗かせてもらったが、どうやら群れに連れて行かれるようだ。最高だ。


 群れの狼全員に催眠を掛ける必要があるが……狼の群れは一心同体。

 わずかばかりではあるが、情報も共有されるようだ。この狼の脳内を覗いたとき、群れの狼の情報にまで干渉できた。

 おそらく、洗脳は容易になるだろう。多重展開が可能かどうかは怪しいがな。





 狼の群れは、かなり大規模だった。

 ボス個体はすぐに見つかった。他の狼が漆黒の毛並みの覆われている中、その一匹だけが、背中に一筋、銀の毛が走っている。

 それに、他の狼よりも二回りほども大きい。


 今の私では、一分と勝負できないだろう。

 先に他の個体を洗脳し、最後に洗脳するのが良さそうだ。


 私は手当たり次第に〈魅了チャーム〉を掛け続けた。

 最後にボス個体に掛けた。難なく成功。赤子の状態ではやはり、この世界に慣れていないせいもあるのか、魔法の練度が低い。


 群れで個となる種の狼で助かった。こればかりは、幸運だったとしか言いようがない。

 最初は猿で考えていたからな。


 狼の乳も、飲めないことはない。

 まあ栄養が足りなければ、いくらでもやりようはある。

 幸い、この山の植物は種類数が多い。食べられる植物もあるだろう。

 狼は肉食性だし、餌を分けてもらえば、タンパク質にも困らなさそうだ。




 ちなみに、父が助けを寄越すことはないだろうと踏んでいる。

 ――そもそも私を助けに来るような者は、誰一人としていないと思う。


 つまり、人目を気にしないでいいということ。ポジティブに考えればな。


 ある程度成長するまで、ここで過ごすのがよさそうだ。


『――お前はなんだ?』


 ――!?


 ボス個体が話しかけてきた?

 声帯に魔力を乗せ、唸ったのか?


 おまけに、魔力を向ける対象を私に限定したのか。

 この世界では普通なのか? 基準がわからない。


『我にあのような魔法が効くとでも思ったか? それで、何者だ? ただの赤子ではないだろう? 本当の姿を見せろ!』


 魔法が効かなかった?

 掛かったように見せかけ、実は抵抗に成功していたのか?

 だとしたら、優れた魔力操作技術だ。


 えっと……これでいいのか?


『……私は転生者だ。しかしどうする? 私を追い出すか?』


 おそらく、嘘は通じない。だからこそ、私は正直に話した。

 他にいい言い訳が思いつかなかったってのもある。


『…………いや、そのようなことはせん。……お前もなかなかひどい状況に置かれているようだしな』

『そうか』


 そりゃあ、赤子がこんな山に一人でいるのはおかしいからな。

 察してくれた。


 狼が同情してくれた。


『しかし……』


 ボス個体はそこで言葉を区切った。そして、続けた。


『お前をこのまま群れにおくわけにはいかん』

『心配するな。ある程度成長したら出ていくつもりだ』


 そう。私は出ていく。

 獣の世界では、私は生きられない。

 

 だがひとまず、この状況はいい。

 山は修行に最適な地形だ。


 とりあえず、今は……あの・・魔法を習得する方が先だ。

 波長を見つけないと。


 あればいいのだが……な。


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