6話  多須奈と多須奈

鞍作くらつくりの里では多須奈たすな多須奈たすなに、ため息をついていた。

夜、眠っている間のことだ。


朝と夜のあいまいな境目のように、眠っている時と目が覚める間、そういうときに頭の中で、多須奈たすな多須奈たすなは話すことができる。


「どうするんだよっ」

 多須奈たすな多須奈たすなに叫んだ。


「子ができていたとはなぁ。まぁ、ねっちりといたしたからなぁ」

 もうひとりの多須奈たすなは、うろたえる片割れをおもしろそうに眺めている。


この二人は、身体からだを共有している。



二人は四つの時に出会った。

山へ木を刈りに行った工人の一団について行った多須奈たすなは、山中で迷子になった。


とっぷりと暮れた山の中で、幼子は恐怖に恐慌状態パニックになった。

そこへ現れたのが、もうひとりの多須奈たすなだ。


『落ち着け。息を。息の仕方を、思い出せ』

多須奈たすなの耳元に声が響いた。


はぁっ。すぅ。はぁっ。すぅ。


『木のうろがある。あそこへ行こう』

その声の通りに、する。


はぁ。すぅ。はぁ。すぅ。


『ここで、じっとしていよう。きっと、とぅさんたちが見つけてくれるよ』

多須奈たすなは膝を抱えると体を丸めて、夜の闇を見ないようにした。


はらが減っていないか。かぁさんが、ふかした玄米を干したのを持たせてくれたろ。それ、口に含め』

 そんなふうに、ずっと、その子は東の空が白むまで側にいてくれた。




多須奈たすなぁー。たすなーぁ」

「おーい」


父と工人たちの声がした。

多須奈たすなは助かったのだ。




それから、その子は多須奈たすなといっしょにいる。

眠りに入るとき、眠りから覚めるとき、その子と話した。


「名前は?」と、多須奈たすなが聞くと、

多須奈たすなだよ」と、笑いを含んで、その子は言った。


「同じ名前?」

「だって、お前だもの」




年経て、多須奈たすなは、その言葉の意味を知ることになる。


とある日、少し熱が出て寝込んだ日の翌日。

工人たちは一つの里に住み、工人の子供たちも、一つの共同体コミュニティを作っていたが。

なんだか、皆の態度が違う。


「もう、加減はいいの」

一つ上の子供たちの中心ボス的男子が、上目使いに多須奈たすなを見てくる。


「うん?」

 今まで、こんなていねいな話し方なんてされたことがない。

 通り過ぎるときに、いつも、小突かれるとか、そういうちょっかいをかけてくる男子だった。

 おかしい。


 切れ切れに、皆の言うことを繋ぎ合わせてわかったのは。

 昨日、いきなり、多須奈たすなが子供たちのところにやって来て、

「ん-と。言おうと思ってたんだけど、お前、うぜってぇんだよ」と、中心ボス的男子に一発くらわせ、のして帰って行ったという。


(覚えていない、けど)

多須奈たすなには心当たりがあった。

今朝、起きたら右手が痛くって。


黎明れいめいの刻に、また多須奈たすなは、もう一人の多須奈たすなに話しかける。

「お前が、やった?」


「んー、あいつ、うざったかったじゃん」

 やっぱりだ。


「勝手に、やんないでよっ」

「わりぃ」

 絶対、そう思っていない。




 そうして、多須奈たすなは自分の内に、もう一人の多須奈たすなを抱えてきたのだ。


「どうすんだよ。志乃布しのぶさんのこと」

他人事ヒトゴト~?」


「私は結婚できない。出家するんだから」

「ん-と。先に志乃布しのぶに、のは、お前だろ」

「……え?」

「今までだって、そうじゃん」

「そん、なこと」

 多須奈たすなの息が苦しくなった。

「そんなことだよ。お前、僧になるようなウツワじゃないって」

「うわぁぁぁぁ」


 多須奈たすなは目覚めた。

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