運営②
部長と愛美は何度も音声ファイルを耳元で流し、やがて男の声に慣れて来た辺りではっとなった愛美。周りを見渡して他に人が居ないことを確認すると、部長の耳元に口を近付けた。男の話になると女性の本能か聴力がよくなったり謎のセンサーが働いたりするので、男の話をするときは周囲を確認することが必須だった。今日はザ・馬氏への対応で部長と愛美しか出社していないが念のため警戒する。顔をブンブンと振って二、三度気配を再確認すると口を開いた。
「ザ・馬氏の出演どうしますか? 多分ですけどザ・馬氏って男性ですよね。恐らく若い。男性をこうしたイベントに呼ぶのは男性保護法で警察などを伴わないといけませんし、恐らく収益の多くが男性保護で持ってかれて大赤字になりませんか? なのでどちらにせよやめておくのが無難な気がします」
「愛美の言う通りザ・馬氏は男性だろう。個人的にはザ・馬氏を見てみたいというのもあるが、収益的に考えると元々無理だった話だったのだ」
鼻から血が覗いている愛美が小声で喋る部長の言葉に頷く。油断してはならないと、耳を澄まして辺りを再び警戒し始めた。特に異変などないと感じた二人は、手元のスマホに視線を向けた。抱き合って密着する。
「問題はこの音声ファイルをどうするかですよね。ザ・馬氏の書き方からするとこの音声ファイルを使っていいということです。ザ・馬氏が男であるという事情とこの音声ファイルを公開すれば恐らくニクニク漫画に対する批判は起きないと思います」
「だが、そうした場合ザ・馬氏が可哀想だ。男とバレたザ・馬氏には蒸せた女共が群がるだろう」
「確かに!! 男性にそんなことをするなんて許せません。この音声ファイルは非公開にしましょう」
「そうだな。それがいい。男性を酷い目に合わせるなんて女のすることじゃない」
二人してガッツポーズを取る。元々二人にこの音声ファイルを公開する気はなかった。江馬が男とバレたら可哀想という思いもあるが、
考えていることが同じだった二人。今日ここに居たのが自分たちだけで本当によかったなと自分の運のよさに感銘を覚えると、元々仲が良かったが更に仲良くなろうと思った。
「お互いの気持ちを共有出来たのはいいんですけど、どうやって外野を納得させますか?」
「それが問題だ。……いっそのこと二人で退社して、責任逃れをするか? そうすればザ・馬氏との関係は私達で独占だ」
「この会社以外でも給料は下がるものの働けますしね。ありです」
二人して退社する計画を立てていると、階段を登るヒールの音が下から響いた。二人は黙ってヒールの音に集中する。そのヒールの音は確実に迫ってきていた。誰かがやって来たと、二人は保存した音声ファイルを何十と作ったファイルの奥底へとしまう。ヒールの音は近付くと、やがて止まった。
「頑張っているか、愛美と
愉快そうな笑みを作り黒いタキシード姿で二人に近付く社長。黒上のセンター分けとタキシードが良く似合っている。十九歳で起業した若い社長でまだ二十代。ボンキュッボンの見事なスタイルは同性の人気を誘っていた。
二人は会社に来てしまったのが社長なことに一瞬顔を曇らせる。
抱き合っていた二人は俊敏な動きで立ち上がると、二人の間に少し距離を作り社長に向けて礼をした。
「こんにちは社長。本日はお日柄もよろしいことで」
「お疲れ様です社長」
「……そんなに他人行儀にならなくてもいいと思うよ? 歳も近いし、もう少しフレンドリーになってくれると嬉しいな」
社長が微笑みながら少し腰を低くして二人に問いかける。同性ながら少し可愛いと思わされてしまった二人は悔しさを覚えながら「分かりました」と言葉を返す。
この若手社長は人柄と運で成り上がって来たところがあり、色々な感覚が他の人よりも優れていると評価している。飲み会の際に会社を十九歳で起業した理由を尋ねると「いけると思ったから」と返されて黙ってしまった経験を二人は持つ。人に好かれやすい人柄で運で成り上がったという憎まれそうな経歴なのに実際に憎まれているところは見たことがない。運の良さでいえば、最近ではザ・馬氏が初めてニクニク漫画に投稿したことで株価が高騰したということもある。そんな豪運の持ち主にはまだ男がいない。豪運の持ち主なのに男が居ないのはずっと違和感だった。
今回見つけた
「それで、頼んでいたザ・馬氏との交渉だけどどうなった? ザ・馬氏のニクニク漫画サミット出場は確約出来た?」
「それが、ザ・馬氏の身内による反対が大きいようで辞退されました。本人は出場の意志があるようですけど」
「……本人は出場の意志があったんだ」
愛美の言葉を聞いて考え始める社長。目には見えないが力強いオーラを体に帯びている気がした。
考えているところを邪魔してはいけないと二人が社長から離れる。
愛美と部長は再び二人で近くによった。愛美が小声で話し掛ける。
「どうしますか? 奪われる気がしてやみません」
「それは思った。どうする? 奪われたくないよ」
「ちょっと!! 今は大事なんですから、凹まないで下さい。」
奪われる未来を想像して机の下に潜り込もうとする叶を愛美が引っ張りだす。口調も弱弱しいものに変わっていた。
自分も奪われる気がして凹みたかったが、そうしたら慰め役が居なくなって社長に負けてしまうかもしれない。共倒れだけするのは避けたい。
「提案なんですけど、社長を仲間に入れませんか?」
「社長を仲間に入れる? ……社長は愛嬌もいいし、私達なんて相手にされなくなっちゃうよ?」
「……何でそこにちゃっかり私も入れるんですか。気持ちは分かりますけど。でも、社長の力を私達が借りられるというのは大きくないですか? ザ・馬氏には身内がいるようですし、身内と敵対する可能性を考えると社長の力は借りたいです」
「確かに」
二人で相談をすると、まだ考えている社長のところに近付いた。
叶が部長として事情を話そうとスマホを開く。
「事情を伝えたいと思います。……ですが、説明する前にこの声を聴いた方が早いと思います」
「ん? どうしたの?」
次の瞬間には社長の鼻から鼻血が高々く舞う。普段の社長からは考えられない甘い声も口から漏れ出した。タキシードには似合わないぐにゃりとした笑顔を浮かべていた。
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鼻血オチ二連続って酷いですね(白目)
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