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[ザ・馬氏からはまだ連絡が来ていません。かなりの好条件で誘ったのですが、まだ返答が来ておりません」

「……ユーザーからはザ・馬を呼べという意見が沢山出ている。我々はそんなこと一言も公表していないのに何人かのユーザーが嘘をついてソーシャルネットワークサービスに投稿したところ多くのユーザーがその嘘を信じ込んでしまった。ザ・馬の作品には過激な信仰者が多い。デマだと公表したら何をされるか分からん」

「あっ、ただいま連絡がやってきました」

「なにっ!! 見せてくれ」


 愛美から携帯を受け取る。

 断るなんてことはしないでくれと思いながら画面を見ると、左上にお母さんと書かれたトーク画面が開いていた。トークの最後には『今日のご飯は何にする?』という平和的な言葉が見える。明らかにザ・馬氏ではない。

 愛美を目に捉えながら目に力を込める。愛美に携帯画面を見せると「あっ」と抜けた声をあげた。


「ごめんなさい部長。緊急なのでザ・馬氏以外からの通知は切っていたんですけど、お母さんのだけ切り忘れてました。ザ・馬氏からは連絡が来てないです」

「……そうか。まぁ、そんな時もある」


 愛美がしゅんと悲し気な子犬のように言い終わる。愛美は基本的にスペックは高いのだが、時々抜けている。資料作成が速かったりや声が男に近く低いので対談の成功確率が高かったりするのだが、その分こうしたことが起きることがよくある。愛美のメンタルは丈夫でないのでこういう時は慰めてやる必要があった。

 愛美の頭を撫でて慰めた。


 最優先事項がザ・馬氏のニクニク漫画サミットへの勧誘なので相手から連絡がない以外やることが無い。そのまま愛美の頭を撫でて続ける。

 短針が少し動いた頃、愛美のスマホから着信音がなった。私に髪を撫でられて眠そうに眼を細めている愛美の頬を引っ張って目を覚まさせると、スマホを愛美に渡す。スマホの着信音に気付いていなかったのか、何だかよく分かってなさそうな顔で愛美はスマホを見る。すると、興奮したようにその場でジャンプをした。

 これはいい報告だったに違いない。

 そう思った私は、愛美の報告を待った。


「ザ・馬氏から連絡がありました。誘っていただけたのは非常に嬉しいことらしいのですが、身内が参加するのに強く反対したため不参加らしいです」

「悪い報告なのにはしゃいだりするな!!」

「ふぇぇ、すみません」


 何でわざわざはしゃいだりしたんだ。紛らわしいなまったく。

 私が怒ったことで再びしょんぼりしている愛美の髪を撫でながらザ・馬氏を誘う方法は他にないか考える。

 本人の参加は無理でも、リモートでの参加か最悪声だけの参加は出来ないだろうか。ザ・馬氏の出演方法の詳細なんて誰も言ってないし、別にいいだろう。

 早速思い付いた私は愛美からのスマホを借りて、ザ・馬氏に連絡を送る。愛美が再びうとうとし始めた頃に着信音が鳴った。私はスマホを見る。


 二度と連絡するな。


 ひとつ前の文章はこちらを気遣うような丁寧なものだったのに、人格が変わったかのような言葉遣い。その文章は私に沈黙を強制させた。もしかして連絡を送り過ぎたのがザ・馬氏の機嫌を損ねてしまったのだろうか。天才は難しい性格をしていると言うし、何か気に障わらせてしまったのかもしれない。

 ザ・馬氏をニクニク漫画サミットに誘う難易度が急上昇したことに部長はへこたれた。そんな部長を見て愛美が不思議に思った。


「どうしたんですか部長? もしかして、違う案も断られましたか?」

「そうじゃないんだ。ザ・馬氏の機嫌を損ねてしまったのか拒絶されてしまってね。二度と連絡するなと言われてしまったんだ」

「ちょっと見せてください」


 愛美にスマホを見せると、愛美が口を開く。


「ザ・馬氏ではなく彼女の家族が返信したんじゃないでしょうか? 流石に態度が急に変わりすぎです。一つ前の連絡のやり取りを見るとザ・馬氏はそこまで拒絶感はありませんでしたし。凄く違和感を感じます」

「そうか」


 愛美の肩に顎を乗せてスマホ画面をもう一度覗くと、愛美に言われたようにザ・馬氏の家族が言っているように思えた。ザ・馬氏本人に嫌われていない可能性が出て来て少しばかり活路が見えてくる。ほんの少しの希望が現れたことんい部長の折られた心が少しばかり元気を取り戻す。

 ふっと部長が息を吐くと、愛美の手の中でスマホがぶるぶると震えた。


『身内が失礼極まりない返信をお送りしてしまい大変申し訳ございません。私自身としてはそのような考えを御社に対してお持ちではありません。不快にさせる文章を送ってしまったことを深くお詫び申し上げます。誘って頂き本当に申し訳ないのですが、この度のニクニク漫画サミットへの参加は辞退させて頂きます。非常に身勝手ですが、録音した音声を御社にお送りします。もしよろしければお使い下さい』


 愛美はスマホの内容をざっと確認すると、部長にスマホを手渡した。


「部長。さっきの連絡はザ・馬氏の身内が行っていたみたいです。ザ・馬氏から謝罪の連絡が来ました」

「本当か!?」

 言葉を聞いて愛美のスマホを奪い取ろうとする部長の手を愛美が躱す。


「ちょっと興奮しないで下さい。続けますよ? ザ・馬氏は参加する意思はないようです」

「そ、そんな!?」

「……ちょっと凹まないで下さいよ。部長も私のこと言えないんですからもう」


 現れた活路を見事に塞がれた部長がデスクの下に体育座りになったのを見て、愛美が部長をひっぱり出してそのまま抱きしめる。部長は愛美に抱きしめられると瞳を軽く潤わせながら愛美の母性の象徴に顔を埋めた。似た者同士はよく集まるというが、部長も仕草はキリっとしているものの精神は丈夫で無かった。部長が凹んだ際には愛美がよく慰めていた。


「朗報といっていいのかわかりませんが、ザ・馬氏から録音データが送られてきました。聞いてみますか?」

「……愛美の体温あったかい」

「……流しちゃいますからね。いいですね?」


 温かいと部長に言われて照れた愛美は照れを隠すように録音データを流した。録音データがスマホから流れる。低音ボイスを聞いた耳が快楽物質を生成し脳に快楽物質を送った瞬間、二人の呼吸器から赤色が飛び出す。二人だらしない顔に変えた。


「て、低音!? ……この声、すきぃ」

「脳が蕩けるぅぅ」


 二人は仕事の仕事なんて忘れて、ひたすら録音データを再生し続けた。


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