連絡


「大人気になってたぞお主の漫画。やるじゃないか。儂が連れて来た甲斐はあるの」


 朝の十時くらいにセットした目覚ましで目を覚まし、洗面台で顔を洗っていると鏡の後ろで爺さんが突然現れた。気分のよさそうな爺さんの顔が俺の右上で鏡に映る。爺さんの斜め下には苦い顔の俺が映っていた。

 

「こんにちは。……また来たんですね」


 毎度のごとく突然訪問する爺さんに俺は皮肉で返すと、扉を開く音が後ろでする。雅の声がすぐ後に聞こえて来た。


「こんにちはお爺ちゃん。どうぞ、ごつろぎ下さい」

「おおっ、みーちゃん久し振りじゃの!! メイド姿じゃないけど、その姿も似合っておるぞ」

「そうですかね? 嬉しいです」


 雅は熊の可愛らしい絵が描かれたパジャマを着ている。平坦ならば可愛らしい熊が映っていただろうが、雅の熊は凸があり本来の姿とはかけ離れた姿をしていた。雅が爺さんに向かって嬉しそうな表情で胸を張る。ぷるん。のほぉという耳障りの悪い声が鼓膜を揺らす。鏡には鼻穴が開た顔のだらけた転神の姿が映っていた。この爺さんの言い方だと雅にはメイド服を着させていたということだよな。気持ちは分かるが年齢を考えろ。雅に何をさせてるんだ。


 嫌味以外に文句の一つ、二つを言おうとしたが、思いの外雅が楽しそうなのでやめておく。見るだけなら別にいいだろう。手を出されたら止める。

 転神と雅をつまらなげに見る江馬の姿が映った。


 転神と雅が談笑を少しの間する。

 話が一度途切れたところで、転神は思い出したかのようにぽっけから紙を取り出す。雅はその紙を不思議そうに首を傾げ、江馬はあのテロップの続きじゃないだろうなと眉を顰めた。

 雅が転神の出した神を指差す。


「この紙は何ですか?」

「これは江馬に課す目標の紙だ。儂がやってもらいたいことが書いてある。儂は命令されるのがすっごく嫌いだから、あまり命令するのは好まないのだ。その目標を達成したらご褒美を与えるから、頑張ってくれ。一項目ごとの達成でいいからの」

「へぇ、ご褒美ですか。いいですね」

 

 転神に渡された紙を開いた。


――――――――――――――――――


 江馬に課すタスク一覧


・年内に十人以上と関係を持つ。

・恋愛の大作漫画を作って、この世界の

恋愛作品をボコボコにする。恋愛作品を

恨んでいる訳でないぞ。決してな。勘違

いするんじゃないぞ!!

・五分以上のアニメを作る。多ければ多

い程よし。十本までご褒美をあげるぞ。

・儂が尋ねた時に雅にご飯を作らせる。


備考

ご褒美には儂のポロリがあるかも……

この紙は儂が作った魔法の紙。儂の気分で

項目は追加されるから、話すのも面倒だし

見てくれ。


―――――――――――――――――――


 ざっと内容を確認する江馬。

 紙の最後に爺さんのポロリとか書いてあるけど冗談だろうな。流石に爺さんだとしてもそんなゴミをご褒美で渡してくる筈がない。そうだと信じてる。報連相が出来ない爺さんでも、最低限のモラルはある筈だ。

 紙を見る前は少し楽しそうだったのに、紙を見ると微妙な表情になった江馬に雅が気になって手紙を覗く。雅に見えるように、雅に手紙を寄せると爺さんに止められた。爺さんが江馬の耳の近くに口を寄せる。


「儂が渡したその紙じゃが、出来ればみーちゃんには見せないでくれないかの? みーちゃんは儂のことをイケメンで筋肉質でいい匂いで話が面白いクールな人間と思っている。この紙を見せたら、もしかしたらみーちゃんの儂の人物像を変えてしまうかもしれない。それはよくないことじゃ。すっごく良くない」

「それは良くないことですね。分かりました」


 雅の爺さんに対する人物像は絶対におかしいと思ったが、振り向くと爺さんの目が血走っていたので怖くてそのままスルーした。触らぬ神に祟りなしだ。ていうか、みーちゃん呼びキモイな。

 爺さんと俺がこそこそしたのを気になった雅が尋ねて来る。


「二人で何を話しているんですか?」

「この紙なんだけど、実は男以外が見るといけないらしいんだ」

「えっ!? ……よかった、見なくて」

「そうじゃ。説明不足でごめんなみーちゃん」


 恐怖に染まるところ以外は天然なところがある雅は簡単に騙された。雅が素直に

騙されたことにちょっと罪悪感を感じた。

 安堵の表情を浮かべる雅が爺さんに声を掛ける。


「これよりご飯何ですけど、お爺ちゃんもいかがですか? 簡単なものですけど、準備出来ています」

「おおっ!? それは本当かの!? もちろん頂くぞ。みーちゃんのご飯は美味しいからの。よっしゃぁぁあああああああ!!」


 ガッツポーズを取って耳に痛い声で発狂する転神。

 いくら天然でもクールとは絶対に思えないと思った。とんでも無い量食べるのかと思ったが、爺さんは意外に小食だった。


★★★★★


 雅のご飯を食べて満足した爺さんが帰った。

 今日も少し漫画を描くかとアプリを開くと、ニクニク漫画から連絡が来ていた。


『今度の来週の×月×日に行われるニクニク漫画サミットでゲストとして緊急で出演して頂くことは可能でしょうか。出演料はニクニク漫画サミットで得られる収益の十五パーセント前後を考えております。一部時間のみの出演も可能ですので、お時間に余裕がありましたら出演して頂けると嬉しいです』


 何だこれ。

 丁寧な文字で書かれて送られてきたのは、ニクニク漫画サミットとやらの出演願いだった。そもそもニクニク漫画サミットが何か分からないが、多分ニクニク漫画の作家が集まる場ってことだよな。

 ニクニク漫画サミットで検索をすると、直ぐに出て来た。三万人くらいが入るドームでニクニク漫画で人気のある作家に集まって色々と企画に挑戦してもらうものらしい。ドームに客を呼ぶ以外に、どうやら複数の動画投稿サイトで生放送をするらしい。開始されたのは三年前で、チケットは殆ど完売するほど人気があるようだ。


 ちょっと面白そうだなと思ったが、俺は参加しない方がいいだろうなと思った。


「俺は男だし、大人数の前に姿を現すのは止めておいたほうがいいよな?」


 俺が女なら出ているかもしれないが、俺は男だ。リスクが大きすぎる。

 試しに雅に聞いてみると、「絶対にダメです」と虚無の表情で迫られた。凜に聞いても同じような反応をされた。

 

 

 

 



 

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