会議


「こちらへどうぞ」

「……失礼します」

「どうぞ座って下さい」


 リビングに入るとこの女は座れるほどの幅を椅子を引くことで作り出した。椅子の表面に画鋲など露骨な嫌がらせが無いことを確認して私は椅子に座る。私が椅子に座ったのを確認すると、この女はテーブルを挟んで私の目の前にある椅子に座った。

 テーブルの上にいくつかの茶菓子とペットボトルに入ったお茶を雅が出す。雅の茶色の瞳には口をぎゅっと閉じた凜の姿が映っていた。 

 雅が口角を上げて凜に笑いかける。


「とりあえず、軽い自己紹介からしませんか?」

「……いいですよ」

「私は伊藤雅です。仕事は江馬さんの漫画を描く補佐です。ちなみに、江馬さんとは体の関係を持ちました」

「――ッ!! 匂いで分かっていたけど、やっぱりそうなのね」

「そういうあなたも、江馬さんと関係を持っていますよね?」


 早速睨み合う両者。

 鋭利な刃物のような視線をお互いに向ける。両者江馬を大切に思う者であり、激突は必須だった。沈黙の緊迫した空間が現れる。どちらも相手を怖がらせて自分の立場を上にしようという魂胆があった。しかし、似た者同士考えは一緒で引く気は一切無い。

 少しして雅は凜も同じような考えを持っていると判断すると再び微笑む。凜は雅が笑ったことに気が付くと、微笑み返す。笑顔とは威嚇の一種であった。

 雅は肩をすくめて、口を開いた。


「このまま睨んでいても仕方が無いと思います。互いに江馬さんと関係を持っているということは江馬さんと結婚して妻になる可能性が高いですよね? 色々思うことはあっても敵対するのはよくないと思いませんか?」

「諭されるというのは納得がいかないけど、確かにその通り。私の名前は鈴木凜。仕事は配達員をしています。何故か既に知っているけど、江馬と関係を持っています」

「配達員なんですね」

「……ところで一ついいですか?」

「どうしましたか?」


 凛は右の人差し指を上げて雅の前で左右に揺らす。何の意図かは分からないがその姿は可愛らしく、動きに合わせてよく実った果実も揺れるので眼福だった。

 雅は警戒をしつつ凜の言葉を待った。凜の人差し指は揺れるのが止まると、凜は雅の盛り上がっている部分を人差し指で指した。


「雅さんって大きいですけど、盛ったりしていませんよね? 私と同じくらいのサイズだと困るんですけど」

「え?」


 凜は驚くほどのスピードで席を立って近付くと、雅の果実を指先に力を入れて掴む。荒々しい手付きに雅は同性ながら高い声を上げた。雅はそのことに屈辱に近いことを覚える。


「私のより全然大きいな。服の上からでも大きく見えるけど、実際はもっと大きい感じ。うんうん。質感も違うしこれは属性が違うな。……それにしても大きいな」

「ちょっと勝手に揉まないで下さいよ。離れて下さい」


 雅は凜の手を払おうと、凜の手を掴む。

 凜は頭を下げると元の席についた。凜は雅が同属性じゃないことにとりあえず安心を覚えると、雅が出した茶菓子の袋を上げていくつか食べ始める。出されたお茶も開けて飲み始めた。茶菓子の甘い匂いが部屋に広がる。

 雅は雅が胸を揉んだことを本心で行動したと判断した。さっきとは明らかに緩やかな表情で食べ進める凜。その自然な姿や直ぐに謝られたことで嫌気が薄れた雅は「これくらいの方がいいのかも」と溜息をつくと、凜に一足攻め込んだことを質問することにした。


「私も一足踏み込んだことしますね。あなた……凜さんはどっちなんですか?」

「どっちってどれを指してるんですか? 性別なら女ですよ」

 

 凜が思い付きで的外れなことを答える。雅は「そんなことは分かっていますよ」と直ぐに突っこむと、口を動かし続ける。


「……江馬さんと関係を持っていると言っていましたけど、凜さんは攻撃か防御ならどっちですか?」

「攻撃と防御って攻めと受けのこと? それならどちらかといえば受けかな。私から攻めることもあるけど」

「実はおじいちゃんから貰った茶菓子が大量にあるんです。ぜひ、食べて下さい」

「あ、ありがとう?」


 凛はどちらかといえば受けで、雅はどちらかといえば攻めだった。凜が危機感を覚えるのが体型だとしたら、雅が危機感を覚えるのは趣向だった。

 雅の突然の対応の変わりように凜は戸惑ったように言葉を漏らす。気分がよさそうに席を立つと、茶菓子を取りに機嫌よく足取りを進めた。


★★★★★★★


「うーん? あれ、俺って寝てたっけ。……寝落ちしてたのか。凜が夕方頃に来るって言っていたけど、凜怒ってないよな」


 夕方をとっくに過ぎ、ただいまの時刻は八時過ぎだった。

 寝起きの頭も時間が経てば冴えていく。

 江馬は自分がやらかしたことに気が付いた。


 雅には凜が夕方に来ることをさらっと会話の中で伝えただけだし、雅が忘れてたら凜のことを追い返している可能性がある。凜には雅の説明をしてないし、鬼のように凜から連絡が届いていてもおかしくないよな。相当俺の家に来るの楽しみにしてたし、宥めるの大変だろうな。


 しまったなと江馬はスマホを手にして、通知を見る。しかし、予想していた通知は全然来ていなかった。電話も掛かってきてない。もしかして雅が凜のことを入れてくれたのか。玄関に向かうと、凜が履いていた靴が整って並べてあった。鍵は凜に渡して無いし、雅があけてくれたのだろう。雅ありがとう。


 一つ問題は解決は出来たが、新たな問題が生じた。


 あの二人に言うことは出来ないが、二人とも男に対しての思い入れは強い。片方は大罪になることを覚悟して侵入し、もう片方は男に会えないのはこりごりと自殺未遂をしている。二人だけにするということは名剣と名剣をぶつけるようなものだ。二人が暴れていてもおかしくはない。

 

 リビングには電気がついていた。電気は通常の明るさだった。少なくとも照明は壊れていない。二人が居るとしたらここだろう。

 恐る恐るリビングに近付いて、少し隙間を開けた扉から中の様子を窺う。二人は顔が赤く楽しそうに会話をしていた。テーブルの上には缶ビールや酒が出ている。隙間からはふわっとアルコールの匂いがした。


「このプレイってやりたかったんですけど、一人だけじゃ出来なかったんですよ。でも、二人なら出来ます。どうです、やりませんか?」

「そのプレイいいね。楽しそう」


 どうやって仲良くなったんだ二人は。

 スマホを見ながら妖艶な表情を浮かべる二人に、まだ疲労感の残る江馬はそっと扉を閉めた。

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