宅配員②


 

「あの、怒ってますか?」

「そこまで怒ってないですよ」


「怒ってるじゃないですか」と呟く目の前の女性を睨むと、女性は居心地が悪そうに眼を泳がせた。

 家に侵入し、鼻血をばら撒いで倒れる。しかも二回も。二回目はまだ風呂場だったからいいものの、それはもう規模の小さいテロといっても過言では無かった。この世界の女性が鼻血を出しやすいと言うのは納得したが、やられた身としては文句の一つでも言ってやりたかった。

 

 女性のそんな様子を見て、江馬は溜飲を下げた。


「私はこれから捕まりますよね? ……後生なんですけど名前を教えて貰えませんか? 男の家に強引に侵入するなんて大罪を犯したら良くて無期懲役、普通なら死刑。家族や友達もいない男と出会えない場所で延々と仕事をさせられるくらいなら死を選びます。死ぬときは男のことを考えながら死にたいと思っているんです。だから、名前を教えてくれませんか?」


 明るい時の様子とは比べて、真剣な様子で江馬に迫る女性。今までに感じたことのない異質な雰囲気。江馬はその女性の持つ異常性に一瞬で圧倒されていた。しかし、それはこの世界の女性にとっては珍しい考え方では無かった。


 女性は、江馬の家に侵入することを決めた時から死ぬことを覚悟していた。



 死ぬのを覚悟したといっても、死にたい訳じゃない。

 急に考えて行動したからお母さんや親友の舞とはまだ別れの挨拶が出来ていないし、まだまだ私は家族や仲のいい友達と一緒にこの世界で生きたかった。このまま死にたくない。でも、


 男と会うのは私の子供の頃からのだから。ここで襲わなければもう男と会える機会は無いと思って行動に移した。 お母さんや友人よりも、私の夢を叶えることを私は優先した。


 自分のことを最低な奴と罵ってやりたいが、長年の目標だった男を目の前に私の心臓は激しく鼓動していた。

 


「……そんな長々と喋って貰って悪いけど、別に訴える気はないですよ。嘘じゃないです。」

「え?」


 女性が江馬の言葉に呆ける。



 ちょっとは反省して欲しいけど死んで欲しいとは全く思わない。

 ていうか、『こんなことで死なれてたまるか』と言うのが本音だった。


 男の価値が高いからこういった思考になるのかなと思う。

 それ自体は認める。

 だけど、こんな形で死んで欲しくなんか無かった。

 男の価値が高いのは分かるけど、それでも女性の価値が低いという訳ではない。もっと命を大事にして欲しい。


 それに、死ぬくらいなら俺の女になって欲しいというのもあった。色気ムンムンの香りを漂わせ情欲を煽られ、着痩せするタイプで想像より大きく実っていたたわわに相棒は戦闘状態だ。据え膳食わぬは男の恥。見た感じこの女性は二、三歳年上。年上というのも悪くない。美人さんだし、散々煽られた童帝の俺に引くような気は無かった。

 


「家に侵入された時は驚いたけど、男女比が女性に一方的に偏っている関係上仕方がないと思う。たまたま女性に偏っていただけで、男の方に偏っていたら君のことは言えないし。それに俺を殺したいとかこの家から物を盗みたいとかじゃなくて、俺に会いたいから侵入してきたんでしょ?」

「……はい」


 女性は江馬の真意が分からなかった。

 別に確かめてみたかっただけで江馬を殺したいとか家に盗みに入ろうなんて考えてはない。そんなことを男にするなら女にするし、男と会ってみたかっただけだ。

 何を意図しているのか分からないけど、その通りだったので女性は微かに頷いた。


「だから、にするよ。こういうのって、合意なら別に問題ないんだよね?」



 その場で固まった女性は、少しして江馬の言葉を理解すると江馬を押し倒して馬乗りになった。


「……ほ、ほ、本気の本気で言っているんですかそれ!? 質の悪い冗談じゃないですよねそれ? 言質取りましたよ」


 女性は獰猛な肉食獣のような目で江馬のことを捉える。手で肉を与えたら、手まで食いちぎりそうな勢いがあった。

 表情こそ変わらないが、女性の鼻から血が出始める。仰向けの江馬の上に女性がいるので、鼻から出た血は重力に従ってぽたぽたと江馬の服に落ちる。ムードもへったくれもなかった。


 何とも言えないような顔で垂れた血を見ている江馬を見て女性は冷静になる。顔は少し青ざめていた。


「す、すみません。興奮して鼻血を出してしまって。止血丸飲みますから!! あの、鼻血出したからやめるとか言わないで下さい!! 」


 男性は気まぐれという。

 侵入したことも、行為をしてくれるのも気分なのかもしれない。っていうか、普通に考えたらそんな人聞いたことないので気分だったんだろう。敬語を使っているのも多分それだ。

 鼻血を出したことでこの人の気が変わってしまっては最悪だ。千載一遇で得た男性とのラブラブちゅっちゅが無くなったら、死んでも死にきれない。

 ずっと前に買ってそのまま入れっぱなしにしていた止血丸を鞄から急いで取り出す。開けた際に鞄の奥に眠っていた埃が鞄の中から空気中へと飛び出した。


 女性は水で止血丸を体の中に押し入れると、江馬の顔を窺う。飲んで直ぐに効果が出てくるわけも無く、鼻からはまだ血がぽたぽた垂れていた。本人は血が垂れていることに気が付いていなかった。


 空気中に舞った埃は女性の鼻孔を刺激し、肺に入っていた空気が排出される。気付いた女性は急いで鼻に手を当てた。江馬には当たらなかったが抑えた腕には鼻血が付着し、そこから垂れ落ちた血が江馬のところに落ちる。

 

血がぽたぽたと垂れ続けていることに気が付いていなかった女性は、今のくしゃみで江馬の血だらけになった服が生み出されたと勘違いをした。


 やってしまった。

 江馬から顔を背ける。顔は怖くて窺えなかった。


 

「……止血丸が効くまで、とりあえず話でもしませんか?」

「……はい」

「そっちを向いていたら話が出来ないよ。顔をこっちに向けて。」



 心配そうな表情で慎重に江馬の方を向くと、江馬が吹き出す。

 笑われた本人は訳が分からず、ポーっとした。


 

 

 

――――――――――――――――

 

 ※江馬が敬語を使っているのは臆病なのと女性が年上だからです。


 用語の説明や補足です。

 よかったら見てください。


 ・止血丸

 止血丸とは、女性が行為に至る際に興奮で血を出し過ぎることで貧血にならないようにするために作られた一定時間血を出しづらくする丸薬。多くの女性が性に興味を持った頃に購入をするが、そのまま使わずに消費期限が来て捨ててしまうことが多い。無駄に服用し止血丸が減ったのを見せて「処○を卒業した」と自慢する人もいる。なお、直ぐに下着破かれてバレる。

 


・男性に対して行われる女性の刑罰


酷く厳しいものとなっている。無期懲役や死刑になることが多い。女性に比べて男性の価値は重く、男性を守る為にこうなっている。

MAN WAR と呼ばれる男を巡る戦争が何度も起きた。国家間で男に対しての利害関係が生じることも多々ある。男を酷く扱う国も一部あったのだが、そういう国は『男を救うため』という名分で攻められて滅んだ。

個人的な関係だけではなく、政治にも大きく関わりのある男を保護する為には男に対する犯罪を厳しく裁く必要があった。なお、ここまで刑が重くても年に何百回も起こる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る