宅配員


「よくやったぞお主。儂は久しぶりに面白いと思える漫画を見たぞ。戦闘漫画は心を揺さぶるのぉ。イライラする鼻血漫画とは全くといって別物じゃった。ヒャウッホホホオオオオオ!! 儂の心が燃え上がるぅぅぅぅぅぅううううう!! オオオオオ!!」

「あーよかったですね。お茶をどうぞ」

「すまんの」


 発狂する爺さんに早く出て行って欲しいなと思いながら軽く応対すると、冷蔵庫からお茶を取り出し爺さんの湯呑に注いだ。高ぶっている爺さんが発狂を止めて、俺が注いだ湯呑を傾けてお茶を口に流す。これで八杯目。そろそろトイレに行きたくなる頃だろう。


 転神と名乗る爺さんがトイレに行くのかという疑問を持ちながらも、お腹を壊して帰ってくれるといいなと思って俺もお茶をふくんだ。

 


 今朝……と言っても午前十時の昼と言っていいのか朝と言っていいのか微妙な時間帯に俺は起きた。リビングの方で物音がするなと思いリビングへ行くと、爺さんが呑気な顔でお茶を飲んでいた。

 爺さんが居ることを忘れることにしてもう一度寝に入ろうとしたところ、爺さんが俺の考えを邪魔するように発狂し始めたので仕方なく爺さんに付き合っているというところだ。

 近所迷惑だし、何より俺がもの凄く迷惑なので早く帰って欲しかった。

 あー、ねむ。


 お茶を飲み切った爺さんは何かを思いだしたかのように、顔をハットさせた。


「そういえば、今日は漫画のことで来たんじゃないのだ。」

「漫画のことじゃない?」

「うーむ。忘れていたんじゃがの、お主は元々この世界に居なかったじゃろ? この家は元の人間が使っていたものじゃ。元の人間はお主がこの国に来る少し前に自殺を企てていて、この家は元々余っていたのだ。儂がお主を呼び寄せる為にどこかに放り出した訳じゃないから安心せい。元の人間は警察に見つかる前に儂が確保しておる。」

「少し気になっていたんだ、この世界で家を貰って普通に生活出来ていること。そういう訳だったんだな」

「儂に感謝するんじゃぞ」

「ハハー、転神さま。転神さまのおかげで生活が送れています。転神さまありがとうごさいます」

「それでいいのじゃ」


 言葉に合わせながら転神に江馬が平伏をすると、転神は嬉しそうに孤を描いた。

 転神の表情を平伏しながら覗いていた江馬は思わず「チョロいな」と小さな声で呟いた。


 この世界に来て三日経つまではこの家で生活が出来ていることに何も疑問を抱かなかった。爺さんなりの俺に対しての特典なのかなと思っていたのだ。

 しかし、三日経ってふと思いついた。

 俺はこの国でどういう扱いなのかと。

 

 この家には始めから電気製品をはじめとして、家具に食料や服などがそこそこあった。財布にも三十万近くが入っていた。インターネットは使えるし、電気も水道もガスも使える。

 電気製品に家具に食料に服とかお金は爺さんが用意してくれた可能性もあったが、インターネットに電気に水道とガスが無料で使える筈がない。それ以前に契約を結んでいないと使える筈が無かった。でも、俺は契約すらしていなかったし料金も支払った覚えが無かった。

 ネットで調べてみたところ男の場合は国が全て生活に必要な設備やインフラ負担しくれるらしい。でも、それにしてはこの国の政府の人が家にやってくることは無かったし、連絡を取ってくることも無かった。多分俺は政府に存在がバレていないのだろう。というか、そうであって欲しい


 通販が使えるということは住所も登録されている訳で、俺はずっと疑問に思っていた。……途中から考えるのが面倒臭くなって、なるようになれと半ば無かったことにしていたけど。

 数学の解け無かった問題が理解出来たような気分で凄く気分が良い。

 

 自殺者が使っていた家となると本当にここに住んでいいのかとも思うが、それだと政府に男であることを教えるしかない。政府に見つかっても碌なことなんてないと思うし、住み心地は悪くないと思うのでしばらくはこの家にいたいと思う。爺さんが教えてくれる前に帰らなくてよかった。


「それで、来るつもりじゃから準備をしとけよ。」

「分かった」

「ちゃんと準備しておくのじゃよ。――むっ。いい時間じゃの。お主がもうちょっと早く起きてくれればもう少し話せたんじゃが、まぁいいかの。は伝えたし帰る」


 来るというのは、今の十三時辺りに来ることに来る通販のことだろう。

 わざわざ教えてくれるなんて爺さんいい奴じゃないか。俺も忘れてしまうところだった。

 爺さんのことを少し見直しながら、転移をしようとする爺さんに手を振った。


 爺さんは俺が手を振ったのを見て、手を振り返す。そのまま少しして、元からそこに居なかったかのように爺さんは座っていた場所から消えた。

 最後悪巧みを企てる子供のような顔をしていたが恐らく見間違えだろう。男女比を騙されたことを引きずっているだけだ。


 時計を見ると短針は十一を指し、長針は七を少し過ぎたとこを指している。

 朝から爺さんがやって来たので、(昼)だというのにどこか重い疲れがある。もう一度寝に入りたいが、そこまで通販が来るまで時間が空いている訳ではないし爺さんとのやり取りで無駄にエネルギーを消費したせいでお腹がペコペコだ。

 

 炒飯でも作ってお腹を満たすか。


 江馬は大きく腕を伸ばして調理場へ向かった。



■■■■■■■■■■■■■■■■


 江馬が炒飯を食べてから一時間少し過ぎた頃。

 江馬が暮らす家のインターホンが鳴った。

 玄関に取り付けられたカメラをモニターで確認すると、見慣れた服を着た見たことのある背の低い女性が荷物を持って立っていた。茶髪の整った顔立ちの童顔で、ボーイッシュが良く似合っている。胸はそこそこ大きい。


 俺のことを男と疑って、男と思っている人だ。

 何故か一度この人が来て以来他の人が来ていない。一度担当したらその人がずっと担当するというシステムでもあるのだろうか。違う人に運んで来て欲しかったが仕方がない。

 

 男女比が女性に偏っていることを生かして俺でも簡単に彼女は作れると思う。

 極力男であることをバレないように家を出ていないので、関わりのある女性は宅配に来るこの人だけだ。

 将来的には彼女を作りたいが、まだこの世界に来てから少ししか経っていないのでもう少し様子を見たかった。時期尚早というところだ。



 江馬が何度か咳をして声の高さを調整すると、通話を開始するボタンを押した。


『こんにちは』

「どうもアマンソの宅配です。こちら頼まれた商品を運んでまいりました。」

『ありがとうございます。玄関の端の所に置いといて下さい。後で取りますので』


 俺が通話をきろうとしたところで、相手はその場に荷物を置きブンブンと手を振った。目の前の女性は身長が低く、あたふたとした姿はよく似合っていて可愛いかった。


「ちょっと待ってください!! 私とお話をしませんか? ほら、競技前のウォーミングアップみたいな風に会話をしてくれると荷物の置き方がよくなると思いますよ。ねっ?」


 ウインクをしてモニターに可愛い顔を見せつけるも、どこか不安げな表情。

 学生の頃同じクラスにいたら惚れてしまいそうな程可愛いが、表情に反して話の内容はおかしい。荷物の置き方が良くなるってなんだ。


 何を言っているんだろうと呆れながらも、このまま続けると面白いことになりそうなので直ぐに切るのではなく続けることにした。会話を続けても、家から出ない限り大丈夫だろう。


『少しならいいですよ』

「よっしゃぁ!! え、えーっと、こういう時はどうしたらいいんだっけ? 質問をすればいいのかな? ――あ、今のは聞かなかったことにして下さい。」

『何か言いましたか?』

「よっしゃ!! 気が付いてない。神は私に味方したんだ!! えーっと、好きなタイプって何ですか? 低身長美乳なら私いかがですか? それ以外なら低身長美乳以外の属性の女性を始末しに行きます」

『切りますね』


 慌てた様子は可愛かったのに、出てきた言葉が怖すぎたので即応答を拒否することにした。玄関では「何でなんでなのぉぉぉぉぉ」と女性が嘆いているが知ったことではない。シンプルに発言内容が怖いのが悪い。始末しに行きますと言っているところだけ、目が本気だったのも相まってリアリティのあるホラゲーに出てくるモンスターみたいだった。美人で可愛いけど、距離を取りたい。


「つ、通話を切っちゃうならこっちにも手がありますからね。荷物をまだ私は届けていないんですよ。あなたが家に居なかったことにして、もう一度お届けにくることにします。そうすれば、私はもう一度あなたの家にやってくることが出来ます。商品、今すぐに欲しいですよね? 通話をもう少し続けて、連絡先を交換してくれるなら商品を今すぐここに置きますよ。」

『ちゃんと仕事して下さい。アマンソの方に連絡しますよ?』

「ぐっ。悔しいですが、連絡されても困るのでここはいったん引きます。はぁ。」


 女性は玄関に荷物を置くと、悔し気な様子で玄関から離れていった。

 もうちょっとごねられると考えたが、意外と素直でよかった。自暴自棄になられなくてよかった。通話は続けるべきじゃなかったな。リスクが大きい。


 失敗したなと思いながら、漫画を描いて適当に暇を潰す。

 いいところまで描いたところで、女物の服に着替えてマスクをする。周りに女性が居ないか慎重に確認して、荷物を回収することにした。


 玄関の端に置かれた大きめの段ボールを持ち上げる。

 今回のは特に重く、十キロ以上あった。

 予想していた重さを超えていたので思わずふらついたが、踏ん張って箱を持ち上げた。


「重っ。あの人女性なのによく運んだな。」

 

 重いし女性が通り掛かっても面倒臭いので、早く家に入ろう。

 家に入り段ポールをそこらに適当に置く。

 靴を脱ぎ、扉の鍵を閉めようとしたところ。

 閉まっていた扉は開かれ、外から肌を撫でるような心地よい風が入り込んできた。



 その風は江馬の思考を吹き飛ばし、江馬はその場で固まる。

 固まった江馬の瞳には、アマンソとロゴの入った見たことのある女性が映っていた。汗で服が透け、艶めかしい容姿が透けて見えている。体からは男を誘惑する甘いフレグランスが発せられていた。


「今日という今日は男じゃないか確認させて貰いますよ!! 帰ったと思い込むなんて可愛いですね。疑わしきは襲えです。さぁ、男なのか教えて貰いますよ。ぐへへ」


 江馬に涎を出しながら近づく女性。

 状況を理解した江馬は近付いてくる女性に身構えるが、女性はその場で固まった。

 江馬の家に大きく溜められた男の匂い。

 一週間とはいえ江馬の体臭はこの世界の男と比べると強力で、濃密な匂いが女性の鼻孔に侵入する。


 それは酷く女の理性を壊し、誘惑した。


 嗅いだことのない濃密な男の匂いに、次の瞬間には鼻血を噴き出していた。


「#$&%?@#$%」


 そのまま女性は興奮のあまり平衡感覚を失い、その場で崩れてしまった。次には意識を無くす。




 またしても想像外の状況に江馬は固まると、少しして呆れたように漫画のことを思い出した。


「あの漫画で鼻血が出てくる描写は過剰だと思っていたけど、本当だったのかよ」


 侵入してきたと思えば、その場で鼻血を出して倒れる。

 しかも服は透け、女性特有の色香を撒き散らし、こちらの興奮を十分に誘ってだ。

 

 そんな気は無かったが存分に女を見せつけられ江馬は、下半身で生理現象が起きていた。

 


 襲われなくてよかったのか、それとも襲われたかったのか。

 

 どっちともはっきりしない微妙な気持ちと、鼻血を出して倒れる女性を見て江馬は嫌になった。

 


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