発狂する爺さん

「あああああ 漫画、漫画が読みたぃぃぃぃ!! 儂にクオリティの高い漫画を読ましてくれ。男とキスしただけで、女子が鼻血を出すシーンは飽きたんじゃああああああ!! 鼻血シーンばっかり作るんじゃない!! いくら男が少なくて興奮するからって、一冊の半分近くが鼻血シーンとかふざけてんじゃねぇぞマジで」

「……静かにしてくれ爺さん。ウザい。人格崩壊してるぞ」

「年寄りは大事にしろって習わなかったのか馬鹿者。漫画、漫画ぁぁぁぁぁぁ」


 狂ったように頭を窓ガラスに頭突きを続ける爺さん。ゴンゴンと重苦しい音がテンポよく部屋に響く。完璧にヤバい奴だ。こんな奴と同じ部屋に居たくない。ケツを蹴飛ばして、早くこの部屋から追い出したかった。神様らしいが、こんな奴神様扱いしなくても罰は当たらないだろう。俺に男女比のことについてちゃんと説明しないのがいけないんだ。


 ていうか、そんなに酷かったんだなこの世界の漫画事情。


 爺さんに言われた世界に転移してから数日。

 特にネタも思いつかなかったので、ダラダラしながら暇つぶしにこの世界の情報を調べたりしていた。

 そしたら突然爺さんが俺の部屋に侵入して来て、癇癪を起こしているといった感じだ。

 

「漫画ああぁぁぁぁ!! 漫画ああぁぁぁぁ!!」

「分かった分かった。描いたことないけど、描いてみるよ漫画」


 爺さんがうるさい。

 俺のくつろぎ空間が爺さんで汚染されるのは耐えられそうになかったので、爺さんに漫画を描いてみることを伝えると、抱き着かれ激しく肩を揺さぶられた。

 よぼよぼとした見た目のわりに力が強く、激しく揺らされて胃から喉に異物が上がって来る。頭も何だかずきずきとしてきた。俺は昔から車酔いや船酔いに直ぐなってしまうからその類いかもしれない。

 可愛い女の子じゃなく、爺さんだったのも相まって不快感は更に上がった。

 

「本当か!! 本当なんじゃな!!」

「本当だから、肩を揺さぶるのは止めてくれ。気持ち悪くなりそうだ」

 

 俺の答えに満足したのか、脱兎の如く身軽な動きで俺から離れていった。少し離れたところで胡坐をかく。表情を見るととても満足そう。俺の視線に気が付くと、可愛くもないのに悪戯娘のように舌をペロッと出した。自分を五歳くらいの子供だと勘違いしているのだろうか。

 

 その舌引っこ抜くぞ糞じじい。


 この世界に転移させられた――田中江馬は、満悦の表情の転神とは対照的な表情で背を伸ばすと胡坐になった。


「……それで、爺さんはどんなジャンルの漫画が読みたいんだ?」

「えーと、ちょっと待ってくれるか。今取り出すからの」


 取り出すってなんだ?

 何を取り出すんだと江馬が転神を見ていると何もない場所から突然黒い革製の鞄が現れる。そのまま黒い鞄は自由落下し、転神の膝の上に乗った。黒の鞄なんてそこには無かった。爺さんは転神と言っていた。俺を転移させたように、その鞄を転移でもさせたのか?

 魔法に興味があった江馬は転神を凝視する。転神は江馬に見られていることなど気にしないといった様子で、鞄のチャックを開いて手を突っ込んだ。色々入っているのかもぞもぞと鞄を動かすと、一枚のA4くらいのサイズの紙を取り出す。

 取り出した紙をテーブルの上に広げた。

 

 江馬は乗りだして、その紙を覗く。

 そこには、お世辞にも綺麗と言えない字で紙を埋め尽くすように名詞が並んでいた。

 いやな予測が思い浮かぶ。

 

「まさか、これの内容を全てつぎこんで描いてなんて言わないよな?」

「いや、そのまさかじゃよ」


 転神が即答する。

 江馬は転神が取り出した紙を今すぐにでも破りたくなった。


 こんなの描ける訳が無いだろ、ふざけんな。

 紙に羅列されている名詞の一番上の段を取り上げるとこれだ。『チート、ハーレム、宇宙人、復讐、女騎士、二十二世紀、戦艦、ゾンビ、世界滅亡、ボクシング』

 同じように名詞が羅列されている行が後三十以上あった。要素がありすぎて手が付けられない。言うならばカオスだ。江馬は二行目の最初の方を見て、それ以上先を見るのを止めた。

 誰がこんなのを掛け合わせて描けるんだよ。


 江馬は転神を睨むと、転神はふんふんと鼻穴を開いた。


「儂はな、地球の色々な漫画を読んで気が付いてしまったんじゃ。儂が読んできた漫画の全ての要素が入った漫画を描いたら最高に面白いんじゃないかと。その紙は儂が最高の漫画を作るために吟味して作成した最高のプロット。どうじゃ。羨ましいじゃろ。こんな考えが思いつく儂が」

「」

「お主は特別に、それを使って最高の漫画を描いていいぞ。儂はそろそろ仕事があるのでな。楽しみにしておるからの。さよならじゃ田中。儂はカエルでの。グワー」


 転神は自慢げに紙を江馬に押し付けると、鞄を胸に抱えて鞄を転移させたようにどこかへ転移してしまった。白目で紙を持ったまま固まること少し。転神が帰ったことに気が付いた江馬は、盛大な溜息をついた。そして、大きく口を開く。


「あの爺さんが帰った、帰ったんだ!! あの爺さんとはもう会いたくない。そうだ。あの爺さんにまた来られても困るから漫画を描いてしまおう。そうしようそうしよう。それがいい」


 江馬はそうと決まればと、秘められていた漫画を描く才能を生かしてペンタブレットで漫画をスラスラと描いていく。漫画を描く才能というのは絵の上手さだけでなく内容の面白さ、漫画を描くスピードの速さというのも含まれており、漫画を描く練習をしても中々上手くならない人を嘲笑うかのような伝説級の漫画をものの数時間で作ってしまった。



 漫画を描き続けて数時間後。


 ぐーっと、固まった背中を柔らかくするように伸ばす。久し振りにここまで集中した。

 東から上った太陽は、いつの間にか南を通り過ぎ西をも通過しようとしていた。時計の短針は六を指していた。


「おいおい、もうこんな時間か。漫画を描いたのは初めてだったけど、意外と漫画を描くのって面白いんだな」

 

 江馬は久しぶりの労働に程よい疲れを感じると、そのまま布団に潜って眠りにつく。

 


 転神から渡された紙は結局使わなかった。





 


 

 

 

 

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