転移先は美女を選び放題の世界だった。
狼狼3
その男、転移
「お主を転移させてやろう。」
「え? 誰ですか?」
「儂の名は転神。最近流行りの転移と転生を司る神じゃ。転神と呼んでほしいの」
「ほっほっ」と愉快げに笑う爺さん。
銀髪の髭が胸元辺りまで伸びているが、それに反して髪の毛は産まれて少し経った小鳥の羽毛ぐらいしか無い。高い身長に、細い胴。肉が薄く骨がうっすらと見えている。仙人みたいな爺さんだ。
そんなことより、ここはどこだ。
真っ白の無機質な何もない空間。上を見ても空は無く、どこまでも白色が続いている。ライトのような光源はなさそうなのに何故か明るい。現実味の無い不思議な空間。俺はこんな場所に来た記憶は無かった。
「時間が経って頭が冴えてきたかの。死んでしまったお主は儂が呼び寄せたのじゃ。儂の世界に転移させるためにの」
「俺が死んだ? でも、俺はここに居る」
自分の体を見渡すも別に色が薄くなってなんていない。頬を触っても、触り心地のよくない自分の頬っぺたの感触がある。上を見上げて頭を確認してみても、リングのようなものは無かった。
別に死んでいるような痕跡はない。
「いや、お主は確かに死んだ。お主は大量に詰め込んだバイトと夏休みに出されたレポートで徹夜を続けており、疲労困憊じゃった。疲れをとろうと、お主は深夜にお風呂に入ることに決めたんじゃ。お風呂に入るまではよかったんじゃが、お主は何日ぶりに入る風呂で酷くリラックスしての。そのまま少しして寝てしまったんじゃ。態勢を悪くしたお主は、そのまま湯船に顔を付けてしまった。急に息が出来なくなったお主はパニック状態になって、冷静な判断が出来なくなったまま溺死してしまったんじゃ」
「――言われてみれば、そんな気も」
爺さんの言う通り四徹くらいしていた俺はとても疲労困憊していた。
風呂に入ったかどうかは覚えていないが、おっちょこちょいな俺は風呂で溺死した可能性が否定できなかった。動揺が隠せない。
そんな死に方したのか、俺は。
折角バイト頑張ってたのに。勉強もそれなりにしたのに。あぁ、彼女欲しかった。好きな子に告白しとけばよかった。死ぬまで童帝だったな。
「本題にいくぞ。お主には、儂の世界に転移して貰う」
「……どんな世界だ。監視社会の進んだディストピアの世界とか、人類が家畜になっている世界とか嫌だぞ」
「発想力が凄い男じゃの。まぁ、そんなことは無いから安心せい。お主が転移するのはズバリ、男が少ない世界じゃ」
「男が少ない世界?」
「まぁ、説明するからそんなに慌てないで聞け」
爺さんは凄いだろと言いたげなどや顔で、ムフンと鼻息を吐く。自分の作った世界に凄く自信がある様子で、俺に聞いて欲しいように見えた。
「儂はな、女子が大の大の大好きなのだ。転移と転生を司るという大きな力を持った儂は、男が少なくて美人の女子が多い世界を作った。むさ苦しい男が少ない儂自慢の世界だ。男にとっては美女を選び放題の夢の世界じゃろう。戦争や餓死で女子が簡単に死んでいくなんて許せなかったから、ベースは現代社会で技術が進んでいる。いい世界じゃろ? 」
「最高だ爺さん」
想像以上の世界に爺さんに抱き着きたくなる。
近付こうとした俺を嫌そうな顔で爺さんは手元の杖で頭を叩いた。
よくよく考えれば、爺さんとハグをするような趣味はないので引き下がった。
「だけど、問題があった。儂は漫画やアニメが大好きだ。しかし、男が少ないせいで漫画やアニメが全然発展しなかったんじゃ。人口の比重が女子に傾いていて男が少ないからほとんど恋愛しか描かれないし、その恋愛も男が少ないから実体験が少なく質も良くない。儂は恋愛も好きじゃが、ファンタジーやスポーツ系、ホラー系とかも好きなのだ。漫画やアニメを改善しようと思っても、儂好みの世界にしすぎたせいで改変する力はもうなかったんじゃ」
「なるほど」
「そこでだ。転移は私の管轄なのでほとんど力を必要とせず行える。やり過ぎると創造神にバレるのでほどほどがいいのじゃがな。お主は生まれてこの方漫画を描いたことはないようだったが、お主には漫画を描く天才的な才能があったのじゃ。歴史上の人物でいうと、アリストテレスやガリレオ、アインシュタインに並ぶ才能じゃ。お主にはその才能を生かして、儂の世界で漫画を描いてもらう。お主が漫画を描くことで、儂の世界で漫画やアニメが発展することを望んでいるのだ」
「是非、是非」
生まれてこの方努力してきたのが、運としてやっと実ったと思えた。
努力してきてよかった。
そんなこんなで、俺は爺さんの言う世界に転移することになった。
なった、のだが――
『日本における男女比の比率は前年に引き続き四パーセント程悪化し、ついに1:1000の大台を超えました。シミュレーション結果より早いペースで男女比の比率が悪化しており、このペースでいくと数十年後には現在の社会を維持するのは非常に困難になると考えられます。現在専門家が数日間に渡って緊急に会議を開き、問題の追求と改善に勤しんでおります。続いてのニュースは、寿司屋でテーブルに置かれた醤油差しを少女が舐めたという事件で――」
テレビのスイッチを切り、八つ当たりとばかりにリモコンを布団に投げる。あの爺さん、女子が多いと確かに言っていたが規模までは言ってない。
誰が男女比1:1000とか予想するんだよ。男が少なすぎて迂闊に外に出れない。気楽に近くのコンビニに出掛けたら、行くまでに目が血走った女性に見つかって奇声をあげながら追いかけられた。その後は必死で撒いて何とか家まで帰ってきたが、尋常じゃないくらいの恐怖体験だった。ホラーゲームをリアルで体験しているようだった。
お陰でずっとアマンソ頼みだ。宅配の時も声を変えて、部屋の外に置いて貰っている。だけど、最近は「減額するので対面でお渡ししましょう」や「人とコミュニケーションを取る時は目と目を合わせた方がいいんですよ」など宅配の際に言われ、この方法も危うくなってきた。どうしようかと、割と悩んでいる。
悪質な詐欺に遭った気分だ。
ああ、もうちょっとちゃんと爺さんに確認しとけばよかったなと思ったがもう遅かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます