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暴れる華奢な体を無理やり抱きしめて、細い顎を掴み、肩越しにキスをした。だいぶ無理のある体勢だから、すぐに振り払われるかと思ったが、藤はそれですとんと大人しくなった。
1、2、3、と数を数えて4秒目、唇を離す。
あなたに飼われたかった。
藤が、ごく静かに囁いた。
絶望的な台詞だと思った。
それでも夕は、喜んでいる自分がいることを、認めないわけにはいかなかった。
「喜んでお父様に飼われているわけではないと、それだけ示したかったんです。……あなたには、どうでもいいことかもしれないけれど、私にとっては、それが重大だったんですよ……。」
まだ、藤は泣いていると思った。涙は流れていなかったけれど、まだ泣いている、と。
「……知ってたよ。……だってあんた、いつかは帰りたいって言ってたじゃないか。」
だって、と、藤は笑った。涙の雫がまだ絡みついている白い頬で。
「あまりにも、古すぎる記憶でしょう。……いつか、あなたに飼われる日が来る。でもそのとき、私はもう老いていて、あなたには必要とされない。……いいえ、老いる老いないの前に、お父様に飼われていた私をあなたは嫌う。……そう考えたら、急にいても立ってもいられなくなったんです。」
もう、手遅れなのに。
ごく静かな藤の言葉に、夕もいても立ってもいられなくなる。
だって、手遅れなんて、そんなことは決してないのに。夕が藤を嫌ったことなんて、一度たりともないのに。
それだけのことが、ここまで一緒に逃げてきても、まだ伝わっていない。
そのことが、夕を焦らせた。
いっそ抱いてしまおうか。藤が望んだ通りに。
そんな考えが過ぎらないわけではなかった。ただ、そうしてしまえば自分も父親と同じところに落ちていくと分かっていた。ただ、藤の肉体を利用するだけの男に。
「……一緒にいよう。」
自分も泣いてしまいそうになりながら、夕は必死で言葉を探した。
「ずっと、一緒にいよう。あんたが、俺を信じられるまで。」
信じられない、と、藤は首を振った。
いつの間にか、藤の両腕は夕の背中に回っていた。
「そんな幸せが、私なんかのもとに訪れるなんて、絶対に信じられない。」
いいよ、と、夕は藤の背中をきつく抱きしめた。
「今は信じなくていいよ。これから先も、信じられないならそれでいいよ。信じられるようになるまで、俺はずっといるから。」
声は掠れた。情けないくらいに。
藤の涙がぽつりと畳に散る。
「……ずるい。」
藤は、泣きながら夕を振り返った。
「そんな条件、私は乗らないではいられないのに。」
うん、ありがとう。
夕は、藤の髪に頬をうずめて瞼を閉じた。
しんしんと降り積もる雪がすべてを埋める頃になったら、この宿を出て藤の服を買い、陽子に電話をかけなくては、などと思いをめぐらしながら。
藤 美里 @minori070830
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