「ずっと、不幸せだったのか。」

 問うてから、非情な言葉だったと、夕ははっとした。

 15で父に買われてきた藤。物心ついてからずっと不幸せだったとしても、おかしくはない。むしろ、それが当たり前なのかもしれない。

 「答えなくていい。」

 慌てて問いを取り消そうとすると、藤は薄っすらと笑みを浮かべた。

 「……あなたは、いつも優しい。」

 皮肉だと思った。夕はいつだって、藤に優しくなどなかった。優しくする方法が分からなかったし、それは今だって同じだ。

 今にも折れそうな柳が、嵐の中激しく揺れて乱れている。夕は、それをぼうっと突っ立って見ていることしかできない。

 ごめん。

 詫びる言葉は唇に虚しかった。

 藤は、驚いたように夕を見上げた。

 「なぜ、謝るのですか?」

 それで夕は、藤が皮肉など言っていなかったことを知った。夕の無神経な問いにさえ、藤は本気で優しさを感じている。

 そのことが、なぜだか酷く悲しかった。

 藤は、優しさに飢えている。飢えきって、優しさでないものまで、優しさとしてより分けている。

 ごめん。

 二度目の謝罪。膝から崩れ落ちそうだった。

 ごめん、ごめんな。

 繰り返される謝罪に、藤は芯から不思議そうに夕の顔を覗き込む。

 「……夕さま?」

 私に詫びる必要なんてないんですよ。

 子供をなだめるみたいに穏やかな口調で、藤は言った。

 「私は、詫びられたりするような、上等な存在じゃないんです。だから、もうなにも言わないでください。」

 重ねられる悲しい台詞に、夕は完全に負けた。

 藤の身体にすがりつき、謝り続けるしかなかった。

 すると藤は、困ったように眉を寄せ、眠りましょうか、と小さく提案した。

 「夕さまもお疲れでしょう。今日は、もう眠りましょう。」

 うん、と、夕は半分泣きながら頷いた。藤の身体を手放したら立ってもいられないから、肩を借りるみたいにして一つの布団に倒れ込む。布団を引き寄せ、藤が夕の身体を覆ってくれた。まくれた浴衣の袖から、真っ白い藤の腕が覗いていた。

 夕は、両腕で藤の背中を引き寄せた。

 女より固くて広い背中だった。けれど、そんなことは、もう思考の片隅にもなくて、ただ藤の浴衣の襟元に頬を埋めた。

 藤、ごめん、ごめん。

 いいんですよ。夕さま。いいんです。

 電気も消さず、そんなやり取りを無限に繰り返してるうちに、夕はいつの間にか眠りに落ちていた。

 


 


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