2
立ち上がった夕は、腕を伸ばして藤の身体を抱いた。
腕は、震えていた。藤にもはっきりと伝わっているであろうくらい、がたがたと。
この人を腕に抱ける日が来るなんて、思ってもみなかった。
あまりにも遠すぎた、幼い日々の憧れ。
「身体だけなんかじゃ、ないよ。」
声すら震えた。みっともないくらいに。
藤は黙っていた。じっと夕に抱かれたまま、身じろぎもしなかった。
不思議なくらい、体温の通わない抱擁だった。藤は、見た目通り石膏でできた人形なのではないかと思うくらい、その身が冷え切っていた。
「……寒かったか。」
「……ええ、ずっと。」
交わした言葉も冷たかった。どこにどう体温を乗せたらいいのか、お互いに決めあぐねているみたいに。
なにか、ここに必要な言葉があるのに、と、夕は思う。
ここに、必要な言葉があるのに、その言葉に手が届かない。側面さえ見えはしない。
それでもなにか、言葉を吐き出そうとした唇を、藤のそれが塞いだ。
夕は驚いて、硬直していた。
長い口吻になった。夕も、藤も動かないから。
夕はその間中、届かない言葉を探し続けていた。藤が、空気のひどく薄いどこかで必死にもがいているように見えて。
ずっと好きだった。
事実だけれど、多分、それでは藤になにも届かない。
愛している。
それは、事実どうかさえ、分からない。夕はまだ、人を愛したことがない。
一緒に来てほしい。
それでもない。それでもないけれど、多分一番近い言葉はそれだった。
一緒に来てほしい。
夕がその言葉を口にする前に、藤が口吻を解いた。
「……一緒に死んで。」
耳元で囁かれた言葉。冷たい、毒。
夕はびくりと自分の体が反応するのを感じた。
これだったのかもしれない。届かなかった言葉の正体は。
いいよ、と、答えようとした。
今度その唇を塞いだのは、陽子の面影だった。
ここまで夕を連れてきてくれた陽子。あの、幸せごっこなどという寂しい言葉を口にした少女。彼女だったら、いいよ、と答えた夕を、きっと許さない。
「……なんで、」
なんで、死にたいのか。なんで、俺なのか。なんで、一緒になのか。
なにを問いたいのか、自分でもわからないまま、溺れるように言葉を口にした。
「……なんで?」
ふわりと、至近距離で藤が微笑んだ。
ああ、この人は、あまりにもうつくしい。
夕はその表情にぼんやりと見とれた。
「もう、私はここまで来てしまったんです。……行くところなんてかったはずなのに、あなたが連れてきてくれた。……もう、ここ終わりたいんです。私は、せめて幸せなまま死にたい。」
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