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見えたよ。
夕はそれだけ言って、陽子の表情をうかがった。
彼女はまだちょっと驚いたような顔をしていたけれど、やがてじわじわとその表情を溶かし、そうかもしれませんね、と呟いた。
「陽子は大丈夫じゃないかもしれません。でもそれって、自業自得なんです。だから、陽子は大丈夫です。」
「……自業自得?」
「陽子は父親を捨てましたから。たった一人の親を、捨ててここまで来ましたから。」
でもそれは……、
夕は、父親の話をしたときに、陽子から漂った女の匂いを思い出す。
自業自得なんて言葉は、陽子のあの匂いを知ってしまえばどうにも彼女には当てはまらない。
それを上手く陽子に伝えられないまま、夕が言葉を探しあぐねていると、陽子はにこりと唇を微笑ませた。
「本当に、ぽいって捨てたんです。なにも持たないで、真っ昼間に、思い立ってすぐ捨てたんです。それで電車をいっぱい乗り継いでお屋敷の前まで来て。そうしたら、たまたま旦那さまがお庭に立っていたんです。……どうしたのかって、聞かれました。だって、陽子は裸足だったから。それで、行くところがないんだって、父親を捨ててきたんだって言ったんです。そうしたら旦那さまは、仕事と住むところをくれました。」
ねえ、夕さま、と、陽子の華奢な手が夕の膝頭をぽん、と打った。
「あのときからずっと、陽子は捨ててきた父親のことを考えない日はありません。……多分もう、お酒の飲み過ぎで死んでしまっていると思いますけど。……だから、夕さまには、藤さんとちゃんと会ってほしいんです。」
その時ちょうど、二人の目の前に電車が止まった。きれいな山吹色をした電車だった。
夕と陽子は、同時にベンチから立ち上がり、電車に乗り込む。
電車はガラガラに空いていて、夕と陽子は進行方向左側に並んで座った。駅員に、海が見えるのは右側、と聞いていたからだ。
夕は黙ったまま、陽子の膝頭をぽん、と打った。
言葉が見つからなかったのだ。
陽子は少しだけ笑って、見つかりますよ、と言った。それは、神様の託宣を告げるみたいにきっぱりとした調子で。
「藤さんは夕さまに会いたがってるんですから、必ず見つかります。」
夕はその時たしかに、陽子の言葉を信じたい、と思ったのだ。
膝の上に置いた千代紙の箱に両手を添えて、夕はじっと窓の外を見つめた。
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